15 - 繋がり2
次の日。
館長室にて。
「なるほど……。つまり、魔法の制御ができなくなって止むを得なかったというわけだ」
柔らかそうな椅子にふかぶかと座る館長が俺を見てそう言った。
遠くから見た時は、頼りないちょび髭のおじさんという印象だったが、こうして間近で見ると、なかなかどうして堂々とした立ち居振る舞いだ。偉い人オーラが出ている。
俺がなぜ館長室にいるかについては、もはや説明は不要だろう。
魔法の暴発で敷地の一部を消し飛ばしたのだから仕方がない。
事の重大性は理解しているつもりだ。
人のいない丘だったからよかったものの、魔法の着弾先にあったのが宿舎だったらと考えるとゾッとする。
今回の件に関しては、大人しく処罰を受ける他ない。
「なに、そんなに硬くなることはないよ。私は別に君を責めているわけではないんだ。ただ、この施設を預かる身として状況だけは把握しておきたくてね」
そう口にする館長の目付きは相変わらず鋭いままである。
まるで俺を値踏みするかのような視線。そんなものを向けられてリラックスしろというのが無理な話だ。
「といっても、今回は事が事だけに状況把握だけってわけにもいかないだろ」
優しい言葉で全てを聞き出してから、態度をコロッと変えるつもりに違いない。俺は知ってるんだ。
「そんなことはないさ。君がどれほどの責任を感じているのかは知らないが、私には昨日の件で君に罰を与えたり償いをしてもらおうなどと、そんなつもりは欠片もないよ。君に悪意があれば、そもそも魔法を使うことすらできないんだ。取り繕った見掛け倒しの言葉なんかより、”これ”はずっと信頼できる」
館長が自身の首をトントンと指で叩く。
無論、館長の首になにかがあるわけではない。
俺達奴隷に付けられた奴隷の首輪を指しているのだろう。
「――それにね。本音を言わせて貰うと、私は嬉しいんだ。あのリディア王女を夢中にさせる君の実力を垣間見れただけでなく、それを周りに知らしめる確固たる証拠ができたんだからね。私も現場を見てきたが、あそこまで強力な魔法を扱える魔法士はそうはいない。破壊力という面から見れば、君は間違いなく世界でも上位3人に入るだろう。後は、この事実を私が上手く宣伝して集客と評価に繋げるだけさ」
館長が「ふふふ」と腹黒い笑いを見せる。
「宣伝って……。一歩間違ったら死人が――」
「出ていないだろう? 実際には」
「いや、まあ、それはそうかもしれないが……」
だからといって素直に『お咎め無しだ、やったー』と喜べるほど俺の頭はお花畑ではない。
俺にいくらかの魔法の才能があることはわかったが、今はとても浮かれる気分になれなかった。
「夢や仮定の話で時間を潰すのはナンセンスだよ。そんなものを持ち出したら、話はずっと平行線だ」
「だからといって、俺が大事故を起こしたことに変わりはないだろ? それなのに何のお咎めもなしってのは虫がよすぎるんじゃないか?」
「勉強熱心な奴隷が遅くまで自室で勉強していた……それだけだよ。君は館内の決められているルール内で行動をしていたんだから何も悪くないさ。それとも君は、『魔法の練習に失敗をするな』、などと馬鹿げたルールを作って欲しいのかい? それが魔法を一切使うなというルールと同義になるとしても」
その言葉に反論しようと口を開こうとして俺はやめた。
もっと魔法関連には慎重になるべきだと言いたかっただけなのだが、俺自身、具体的な解決策があるわけでもない。
元々、魔法をこういった施設で教えるには無理があるのだ。性質や才能にばらつきがありすぎて、教える側にしても手をこまねくことが多いという話なのに、それを一人で複数人も面倒を見ろというのだから。
「……いいかい? 裁くのは私だ。君じゃない。この館の最高責任者である私がいいと言うんだから、それ以上の議論は無意味なんだよ」
ゆえに俺はその言葉に従う他なかった。
所詮は俺もこの施設に飼われる奴隷なのだ。俺にとやかく言う権利はない。
そう自分に言い聞かせることにした。
「さて」と男が仕切りなおし、カップに注がれた紅茶を飲む。
「――話は変わるが、君はリディア王女のことをどう思っているのかね?」
「は? リディア王女?」
「そう、リディア王女だ。予想外な質問というわけでもないだろう」
「……タイミング的には予想外だったけどな」
いつか聞かれるとは思っていたが、こんな直球でくるとは。
変に探りを入れてくるよりはよっぽど好印象ではあるが。
「前々から気にはなっていたんだよ。なかなかタイミングが掴めなかっただけでね。実を言うとリディア王女に君を呼び出すのを止められていたんだ。しかしまあ、今回のようにリディア王女と関係のない理由で、君を呼び出さざるを得ない状況になってしまったのなら”あり”だろう?」
「いや、俺に聞かれてもな……」
判定なら本人に聞いて欲しい。
「それでどうなんだい? 君が望むのなら奴隷の館は全力で支援してもいいと思っているのだがね」
「支援?」
「そう、支援だ。より好条件でリディア王女の下で働けるよう協力してもいいと言っているのだよ」
「ん? あー、そういう話なら遠慮しておくよ。悪いけどそっちの期待しているような感情は俺にはないんだ。なんとなくリディアとは仲良くなれそうな気がするってのはあるんだけどさ。それは友人としてであって、あいつの下で働くとかそういうのは、まったく考えられないな」
腹を割って話してきているであろう相手に俺も本音を打ち明ける。
リディアはぶっ飛んだ奴ではあるが、憎む気にはなれない不思議な魅力のある奴だ。出会って日は浅くても、理屈では語れない何かが、あいつとはなんだかんだで上手くやれると俺に告げている。そこに、リディアが王女だからとか、リディアの下で働きたいという気持ちはない。
「誰もが羨む富と名誉が目の前にあるというのに、君はそれに興味がないというのかね?」
「大袈裟だな」
「大袈裟ではないさ。リディア王女がこの国のトップに立つのは時間の問題だろうし、王女は同時に世界でも5本の指に入るほどの資産家でもある。現在、過去、未来、全てを含めてこれ以上、好条件の雇用先はないと私は思うが、君には不服があると?」
責任が重い。拘束時間が長そう。命の危険が伴う仕事である。
というか、そもそも俺は働きたくない。
高収入だけど超激務な仕事と、低収入だけど楽な仕事。俺は迷わず後者を選ぶ人間だ。
加えていうなら、低収入だけど楽な仕事と、無収入だけど生活が保障されそれなりに楽しく暮らせる奴隷ニート。これも俺は迷わず後者を選ぶ。
仕事量と収入における理想のバランスには個人差があるだろうが、今の奴隷ニート生活は俺の理想といえる。いくら好条件の雇用先だといわれても、俺には今の生活の方がずっと輝いて見える。
とはいえ、まさか『俺は働きたくないんだ』とは言えないよな……。
この施設の最高責任者にそんなことを言う勇気は俺にはない。
「うーん、不服があるとかそういうのじゃないんだよ。なんて言えばいいのかな」
「他にやりたいことがあると?」
「そう! それだ!!」
俺は奴隷ニート。それ以上でもそれ以下でもない。
「……なるほど、そういうことなら致し方ないか。君にはよっぽど大事な夢があり、それを成し遂げようとする心もあると、そういうことなのだね」
俺は館長の言葉に頷き、そうだと返事をする。
きっと館長の考えているような崇高な夢ではないが、俺にとって大事なことに違いない。
そんな俺の言葉に対して、館長もまた「そうか」と頷いて深い溜息をついた。
「『友人として』、か……。そんな君だからこそリディア王女も君を気に入ったのだろうね」
館長は呟くように言うと、椅子の背もたれにゆったりと背中を預ける。
そして何かを思い返すようにしながら、再び口を開いた。
「私は以前、リディア王女にこう聞いたことがある。『どのような奴隷をお探しですか』とね。どんな答えが返ってきたと思う?」
「んー、あの女は予想の斜め上をいくからな。普通に考えれば、護衛が務まる強さとかだよな」
まさか護衛にメイド的なスキルを求めたりはしないだろう。
「今でもはっきりと覚えているよ。『心身ともに強く、心身ともに裏切らない人物。そして、私を私として見てくれる人』。そう言ったんだ」
感慨深そうに語る館長の言葉に、俺は「お、意外と普通だ」と心の声が僅かに漏れてしまう。
心身ともに裏切らないってのはよくわからないけど、なんだかまともっぽい答えだ。
「まさに君じゃないか。君ほどリディア様の求める人物像に近い人間はいないと断言するよ」
「いやいやいや! どこがだよ! どんな強引なこじつけをしたらそうなるんだよ!」
過大評価にも程がある。
10年、20年と付き合いのある人間に言われたならまだしも、今さっき初めて話したような人物に俺の何がわかるというのか。
「魔法の才に恵まれ暗殺者ラシッドを退ける実力者。金や地位には目もくれず、己の信念を貫こうとする強き心。家族を含めて、付き合いの長い知人もいないからこそ、誰かを人質にとられて傀儡になることもないだろう。何より君のさっきの答えだ。一国の王女に対して友人として仲良くやっていけそうなどと、王女を王女として見ない君だからこそ出てきた答えじゃないか」
「……お、おう」
スラスラとそれらしいことを口にする館長。
都合のよすぎる解釈と激甘な採点に俺はドン引きだ。
「しかし、そんなに持ち上げられても、俺自身、リディアの下で働くつもりはないんだから、どうしようもないぞ」
「もちろんそれはわかっているさ。私もそんなつもりで言っているわけではないよ。ただ、立ち回り方を考え直さなければとね。リディア王女が、この先どう君を口説いていくのか検討もつかない以上、こちらにもそれなりの準備がいる」
「口説いていくって……まあいいや。それより、俺にそのつもりがないってのに、何を準備することがあるんだ?」
「色々だよ。奴隷の館は慈善事業ではないからね。国から支援はあるといっても、利益を蔑ろにすることはできないさ」
悪そうな顔だ。良からぬ気配がする。
だが、館長の言うことももっともだ。利益を考えるのは経営者として当然だし、色々とあるのは事実なのだろう。
「……これ以上聞くのは無駄っぽいな。まあいいや、どうせ俺に止める手立てなんてないし、なんでも好きにやってくれ」
そんな半ば諦めに近い気持ちで俺は言い放った言葉に館長の返事はなく、僅かに唇をほころばせるだけである。
これ以上、話が発展するとも思えないし、かといって別の話題もなさそうだ、無駄に長居して墓穴を掘るのも馬鹿らしいので、ここいらが頃合だろう。
「他に話もなさそうだな。それなら俺はもう行くぞ」
そう言い残すと俺はドアへと足を運んだ。
「そうだ、最後に――」
館長の声に俺は振り返る。
「私が君をリディア王女と本契約させようと企てていると考えているのなら、それは大きな間違いだ。私が考えているのは、いかにしてリディア王女に貸しを作るかだよ。重要視しているのは、結果ではなく過程さ。なぜなら、私は、君が最終的にリディア王女と本契約することを疑っていないからね」
「何が言いたい?」
「忠告さ。今のうちに環境の変化に備えておいた方がいい。君がどう足掻こうとリディア王女には通じないだろうからね。彼女の興味を惹いた時点で、君の選択権は失われてしまったんだよ。選ぶのは君ではなく、リディア王女だ」
なんだろう。ここまで言われると、意地でも逆らいたくなるのは俺の性格が悪いからだろうか。
リディアにしても、館長にしても、どこからその自信が沸いてくるのか俺にはわからない。
この徐々に攻略されていってる感が落ち着かないな。
『最終手段は、なんと……拷問です!!』とか言われたらどうしよう……。
リディアボイスで容易に再生できてしまうのが恐ろしい。




