14 - 繋がり1
図書室でリディアが去った後、俺は時間ギリギリまで図書室で魔法の勉強をした。
以前から合間合間に読み進めていた甲斐もあって、なんとか区切りのいいところまで読み終わったわけだが……。
「ああ、なんだろ。緊張するな……」
真夜中の自室。
俺はついに魔法の実戦練習に入ることにした。
本当はもっと広いところで練習したかったが、人前に出るとなにかと話題になってしまう身ゆえ、選択肢がなさすぎた。
密林地帯など人目つきにくいところで練習するにも、こんな真夜中じゃ暗くて危ないし、だからといって明るくなるのを待つにも、この胸の高鳴りを前にして我慢できそうにない。
「よっしゃ! やるか!」
大丈夫。難しいことはない。
魔装具――リディアから貰ったこの指輪があれば、俺にだって魔法は使えるはずだ。
魔法には、初級、中級、上級、最上級と等級があり、中級までは才能に関係なく努力次第で誰でも使えるようになれると本にあった。初級ならば努力すらいらないとも。
「ん? 今、声が聞こえたような……。おい! ニート!! そこにいるのか!?」
――っとと、いけない!
静かにしなければ。
ドアの向こう側には、剣聖シェラがいる。
『外出中、起こさないで下さい』と貼り紙はしてあるのだが、一向に戻る気配のない俺に痺れを切らしたようで、部屋の前で俺が戻るのを待ち構える作戦に切り替えたらしい。
図書室から帰ってきたら、剣聖が俺の部屋の前――ドア横の壁に背を預けて眠っていたのだから、心臓が飛び出しそうになったものだ。
優しい俺は、当然、起こさぬように、抜き足差し足忍び足で自室に戻ったので、シェラは俺が部屋にいることを知らない。
剣聖にもなれば気配がどうとかいって気付けそうなものだが、これが意外とバレてないっぽい。
「……気のせい、か。いかんな、疲れているのかもしれん……。そういえば、ここ2日間、ろくに寝ていないからな。はあ……、早く闘ってみたいものだ……」
まるで、どこかの乙女のように「ニート……」と人の名を呟くシェラ。
真意を知る俺としては、まったく嬉しくない。
さて……、気を取り直して。
なんちゃって乙女に構っている暇はない。
魔法の練習をしよう。
月夜が照らす薄暗い部屋の中で、俺は手の平を上にして左手を正面にもっていく。
イメージするのは炎。
別に他のものでもいいが、水とか土なんか出したら部屋が汚れちゃうし、風とかいわれてもいまいちイメージしづらい。
よって炎だ。ライターやマッチくらいの火力なら室内でも危険はないだろう。
上達速度は魔法属性の適正によって変わるらしいが、自分に何の適正があるかすらわからない状況なので、そこら辺を見定めるのはまだ先になる。
いよいよだな……。
本で読んだことを思い出す。
まずは、周囲に溢れているマナを身体に取り入れる(イメージをする)。
次に、取り入れたマナを魔力に変換する(イメージをする)。
最後に、魔法を撃ち出す(イメージをする)。
……うん、まあ、全部イメージするだけなんだけどね。
ようは、しっかりと三つの工程を意識することが重要らしい。
よくわからないし、物は試しだ。やってみよう。
「まずはマナを取り入れるイメージか」
確かなイメージを自分の中に作りだす、だったかな。
俺の妄想力があれば余裕だろう。
できるできないは置いといて、志は高くいこう。
大袈裟に、そして極端なイメージ。初っ端から最上級魔法を使う心持ちだ。
ふう……。
リラックスして――
マナを身体に取り入れる。
周囲――部屋の外にあるマナまで全て取り込む勢いで。
…………。
えっと……、これでいいのか?
まったく上手くいってる気がしないな……。
それっぽいイメージを頭に思い描いてみたが、身体に変化はない。
とりあえず、一つ目と二つ目までが上手くいけば、詠唱が発生――変換ロスが光として周囲に散布されるはずなので、そこで判断しよう。
次、マナを魔力に変換する。
身体にある分どころが、周囲のマナも全部魔力に変えちゃうような勢いで。
…………。
――あ、なんか身体がポカポカしてきた気がする。
気のせいじゃないよな?
どんどん身体が温かくなってきた。
これは勘違いでは済ませられないレベルだと思う。
ただ、詠唱が発生していないので、どこかで失敗しているということになる。
身体が温かくなってきたのは、一つ目だけが上手くいってるからだろうか。よくわからない。
――え、ってか、やばくないか?
温かいを通り越して、どんどん身体が熱くなってきている。
初めての感覚なので、これが正しいかわからない。
だが、これはなんだかやばい気がする。
「なっ!? なんだ!? このとてつもない魔力は!?」
部屋の外からシェラの声がする。
げ、気付かれたか!
――って、そんなこと言ってる場合じゃないぞこれは!
シェラの反応から、俺が魔力を生み出すことには成功していることはわかった。
気掛かりなのは、詠唱が発生していないことだ。
室温まで上がってきたし、何かやらかしてしまったのではないか。
「ニート!! やはり部屋にいるんだな!? 出て来い!! 何をしている!! まさか一人で決闘をしているんじゃないだろうな!?」
シェラが俺の部屋のドアを叩く。
「――待て! 今は駄目だ!! 開けるから! 開けるからちょっと待ってくれ!!」
『一人で決闘』とかいうパワーワードに気をとられそうになるが、今の俺はそれどころではない。
早くこの事態を収拾しなければ。
ないとは信じたいが、このまま身体が破裂でもしたらと、嫌な予感が頭をよぎる。
「あわわわわ!! やばい!! 絶対これやばいって!!」
俺の部屋がまるでサウナだ。
身体の発熱も止まらない。
特に左手の発熱が顕著で、生肉を置けば美味しい焼肉ができそうな気がする。
火傷する熱さとはまたベクトルが違うようにも思えるが、そんなこと検証してはいられない。
「そうだ! 放出!! 魔力を放出だ!」
魔法を使おうなどと言っていられない。
早く身体から魔力を放出しなければ。
「くッ、どうすりゃいいんだ!? これもイメージか!?」
イメージするだけで身体に取り入れられたんだから、イメージするだけで放出もできるはず。できなきゃ困る。
すぐさま部屋の窓を開けて、左手を外に向ける。
「誰もいないよな!?」
窓の外は見晴らしのよい丘。背丈の低い草地になっており、視界を遮る木々もない。
「大丈夫……。大丈夫だ」
こんな時でも、周囲の安全確認を怠らなかった俺を褒めてやりたい。
魔法を使うわけではないが、異常な事態に予期せぬことがないとも限らないのだから。
「――やばいやばいやばい!!」
もう限界だ。
思い描くのは、身体にたまった魔力を左手から一気に出し尽くすイメージ。
頼む!! 全部出ていってくれ!!
「――うおおおおおおおお!!」
間髪入れずに左手から青白い”何か”が出てくる。
辛うじて球体状と呼べるだろうか。表面はグニャグニャとうねり、そこから電気のようなものが凄まじい音を立ててはしっている。
炎にしては形が整いすぎているし、何より、熱さを感じない。
電気にしても似たようなことがいえる。
恐らくは、この”何か”こそが魔法というものなのだろう。
炎であって、炎ではない”何か”。それでも俺にはこれが炎の魔法だとわかった。
そして、俺は直感した――
あ、これは野に放ってはいけない類のものだ。
束の間、俺の左手から魔法が放たれた。
全てをかき消すような轟音が、俺の思考をクリアにする。
「……ああ、よかった」
――外に誰もいなくて。
窓の外に映っていた丘が、抉り取られたかのように消え去ってしまったのを見て、俺は心底そう思った。




