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異世界奴隷ニート、ここに極まる ~絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女~  作者: 萩野知幸
1章 絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女
14/27

13 - 宣戦布告4

「ふぁぁ、それにしても、今日はよく寝たなぁ……」


 昨夜、どこかの剣聖に起こされた反動だろう。寝すぎてしまった。

 だからといって、もう眠くないわけじゃないというのがまた不思議なものだが。


 部屋のドアに『外出中、起こさないで下さい』と貼り紙しておいた成果か、掲示板で俺の嘘に気付いたであろうシェラが部屋のドアを再び叩きに来ることはなかった。

 とりあえず貼り紙をそのままにして部屋を出てきたわけだが、あんな謎の貼り紙を残してくるのはちょっと恥ずかしいし、明日にでも剥がそう。

 


 時刻は13時。

 ランチタイムの朝食を済ませ、俺は図書室に向かっていた。


「おはよう、おばちゃん」


 エントランスから図書室に向かう際、必ず通るのがここ。

 デスクで待ち構える第二宿舎の管理人――おばちゃんを無視しては図書室には入れない。


「あら、ニート、来たのかい。もう昼過ぎだから今日は来ないのかと思ったよ」

「うん、まあ他にすることもないしな」


 数少ない友人は図書室に行かなければ会えないし、何より本は俺にとって最高の娯楽だ。


「まーた、あんたはそんなことばかり言って。そういうのは自分から見つけにいくもんなんだよ。どうしても見つからないってんなら、クエストを受けて貯金でもしたらどうなんだい」

「んー……。食べて、寝て、本を読んでって、俺はそれだけで満足だからなぁ」

「欲のない男だねぇ。たまには贅沢しようとかないのかい」


 おばちゃんが見えないジョッキで酒を飲むような動作をする。

 想像通りというかなんというか、おばちゃんにとっての贅沢とはそういうことらしい。


「これは俺の持論なんだが、働くってのは収入を得る手段であって、結局はらくを手に入れようってところに収束すると思うんだよ。生きる為の最低限の楽を手に入れようっていうのはわかるんだけど、過剰な楽を得るのに、余計な苦労をするってのは本末転倒じゃないか?」

「じれったい言い方するんじゃないよ。つまり何が言いたいんだい」

「贅沢は敵。現状で十分満足してるんだから、働く必要なんて感じられないってことだ」

「…………なんで王女様はこんなのを気に掛けるんだろうねぇ」


 それは俺も教えて欲しい。

 こればっかりは、俺もおばちゃんと同意見だ。





****  




 

 さて、今日もやって来ました図書室へ。


 扉を開くと、眠くなりそうな暖気と本の香りが混ざり合った心地よい空気が俺を迎えてくれる。


 今日は何を読もうか。

 新たに開拓するか、それとも先月読んだあれをもう一度読み直そうか。密かに進めているあの計画に時間を使うのもいい。


 はあ、考えるだけでワクワクしてくる。


「あー、今日も絶好の図書室、びより……だなぁ……?」


 あれ? おかしいぞ?


 誰もいない。

 これは始めての展開だ。


 闘技場や他の施設なら、授業や試験、契約争いで一日貸切なんてことも珍しくないが、図書室でそんな行事が行われることはないはず。

 そもそも、おばちゃんが通してくれた時点で、図書室が絶賛通常営業中なのは間違いない。


「わかった、かくれんぼだな? よーし、おじさん光の速さで皆を見つけてしらけさせちゃうぞ」


 言いながら、あちらこちらを再度見渡してみるが、やっぱり誰もいない。


 超大物が来館してて、皆そっちに行ってるとか?

 いや、それでも図書委員的な存在もいないってのは変だよな……。


 図書委員的な存在は、図書室の清掃、整理整頓、監視を担う館内で受けられるクエストの一つだ。

 週単位のシフト制で午前と午後で5人ずつが割り振られている。

 欠員が出ても、緊急クエストとしてすぐに補充されるはずだし、たとえ全員が寝坊したとしても、おばちゃんが管理している以上、誰もいないなんてことはありえない。


 一体いくつの奇跡が重なればこんなことになるんだ……?


「……うーむ、わからん! 考えるのはやめだ!」


 何か言われたらおばちゃんのせいにしよっと。


 そうと決まれば……。


 せっかくの貸切なんだから読む本はあれで決まりだ。

 普段なら返却されるタイミングを見計らって、本棚の前で待機しなければ借りられないほどの人気だが、今ならそんな手間もいらない。


 …………あったあった、これこれ。

 前回はどこまで読んだんだっけな。


 本棚から分厚い1冊の本を取り、それをパラパラと捲りながら俺はいつもの席に座る。

 俺がこの本を手にしたからには、もう閉館時間まで本棚に戻ることはない。今から図書室にどっと人が押し寄せたところで後の祭りだ。


「なになに、『魔法士になろう ~導入編~』? へえ、宗司でもそういう本読むんだね。基本を大事にってことかな?」

「うむ、何事も基本は大事だからな。俺はゲームを買ったらまずマニュアルを熟読するところから始める男なのさ」

「ふーん。その本の著者よりも、宗司のがずっと魔法士として上だと思うけど」

「比較対象がおかしいだろ。この本を書いてるのは魔装士だぞ。魔法士ですらない俺と比べてどうするんだよ」


 魔装士といえば、魔法を扱う者でも最上位の称号だ。

 この国、クラベスだけではなく、なんちゃら魔法士連盟とかいうのに参加している全ての国合わせて定員10名の狭き門で、人口、面積、経済力、全てで全国トップ3に入るクラベスでも二人しかいないらしい。


 そんな称号を持つこの著者と俺を比べるなどと、こいつは一体――


 ん? ”こいつ”……?


「――おい、なんでお前がここにいるんだ……?」


 誰もいないかと思っていた図書室に、平然と居座っていたリディア。

 御付の銀髪メイドの姿は見当たらない。


「宗司を待ってたに決まってるじゃん」


 いや、そんな当たり前じゃんみたいな顔をされても。


「ってことは、あれか。この誰もいない図書室もお前の仕業ってわけか」

「うーん、結果だけを見るとそうなっちゃうかもしれないけど、仕業っていうのとはちょっと不本意かな。私はただ図書室で宗司を待ちたかっただけなんだけど、そうすると図書室で騒動が起きるって館長さんが制限をかけちゃったみたい」

「……なるほど。そりゃそうするだろうな」


 上客でもある王女様の要望を断るわけにはいかないし、入場制限を設けるのが一番穏便な解決策だろう。

 本の大量入荷や、配置換えなんかが行われる際にも、図書室が一時的に閉鎖されることはあるのだから、奴隷視点でみても珍しい話ではない。

 

「それで今日はどうしたんだ? 俺の部屋に置いてあった金を返せっていうなら、すぐにでも取りに行くけど」

「もう、違うってわかってるくせに意地悪なんだから。手紙にも書いた通り、お金も指輪も返品は認めないよ。ただし雇用契約書に署名をくれるっていうなら話は別です」

「しないっての。……ったく、金も指輪もどうなっても知らないからな。あんなものが近くにあったんじゃ、俺だっていつ誘惑に負けてもおかしくないぞ」

「だから、いいって言ってるのに。身も心も任せて、お金も指輪も好き放題使っちゃいなよ。というか、そんな本を読んでるってことは、指輪に関しては誘惑に既に負けてるってことだよね」

「……ん、なんのことだ? 俺はただ魔法について唐突に知りたくなっただけで、決して魔法を使ってみたいとかそういうわけじゃ――」

「右ポケット」


 ギクリと思わず口から出そうになった。

 目を伏せるようにして自分の右ポケットを見ると、僅かにではあるが、確かにリング状の膨らみがある。


 しまった……。

 そろそろ魔法の実戦練習が出来るかもと思って持ってきたのが裏目に出たな。


 それにしても、なんて観察力のある女だ……。


「隠さなくたっていいのに。宗司にあげたものだもの。部屋で放っておかれるよりずっと嬉しいよ」


 そう口にしながら、リディアが席を立って俺の隣に座りなおす。

 そして俺のポケットに手を突っ込み指輪を取り出した。


「どうした、やっぱり返して――」

「いいから。手、出して」


 『なんで』と返す前に、リディアの雪のように白くひんやりとした手が、俺の手を下から支えるようにして優しく包み込む。

 そして俺の左手、薬指に指輪をはめてしまった。


 その妖艶な所作には、有無を言わさぬ威圧感があったように思える。


「安心して、薬指だよ。でも、もし薬指が埋まってたら中指にはめてたかも――なんてね」


 言葉や仕草では余裕があるように振舞うリディアだが、その頬はやや赤く染まっているような気がする。


「そうか、ここでは薬指は……」

「え? どうかした?」

「いや、なんでもない」


 この世界では愛情に関係するのは中指だ。

 薬指は友情だったか。


「あー、その……、ありがとな。正直、魔装具――魔法には興味があったんだ。魔装具これがなきゃ、いくら知識があったところで始まらないからな」

「ふふふ、感謝してるのは私の方なんだから宗司は気にしないで。でも、ちょっぴり罪悪感を感じちゃうな。私は本当の宗司の実力を知ってるからさ、宗司は魔装具なんてなくても魔法が使えるのに、なんだか恩着せがましいかなって」

「またその話か。何度言われたって俺の答えは変わらないぞ」


 先日、暗殺者ラシッドに襲われたときにリディアを救ったのは俺ではなく、他の誰かだ。

 魔装具がなければ魔法は使えないし、俺が魔装具を実際に身に付けたのは今が初めてなのだから。


「大丈夫、もう状況は大体理解したから。この5日間、調べられることは全部調べたつもりだよ。……宗司、あなたは30日以内に私のものになる。覚えておいて」


 冗談を言っている顔ではない。

 リディアが何を根拠に言っているかはわからないが、俺自身のことだというのに、本当にそうなってしまいそうだという錯覚に陥ってしまいそうだ。

 たった5日間調べただけで……。そうは思うのだが、それでもリディアの言葉にはどういうわけか説得力があった。


「……それじゃあ、私はもう行くね。今日はそれだけ言いたかったんだ」


 俺が返す言葉を探している間にリディアが席を立ち、階段の方へ歩いていく。


 30日以内に手中に収めると宣言する女に俺はなんと返せばいいのだろうか。

 必要とされているようで俺だって悪い気はしないが、全て勘違いによるものなのだから素直に喜べない。


「そうそう――」


 リディアが階段を一段降りたところで俺を振り返る。


「ラシッドって覚えてる?」

「ん? もちろん覚えてるぞ」


 リディアを殺そうとしていた暗殺者のリーダーだ。

 片腕と魔装具を失った暗殺者ラシッドの『どこに隠れようが探し出してぶっ殺してやる』という言葉は今でも耳に残っている。

 俺が奴隷ということさえ知らないラシッドが、簡単に俺を見つけられるとは思わないが、あれから俺は館の外に一度も出られないでいた。

  

「捕まえようとしたんだけど、逃げられちゃった」

「え? 逃げられた?」

「うんうん。ラシッドを雇った人物には心当たりがあったから、その人の口を割らせてラシッドの居場所を聞き出そうとしたんだけどね。どうやら先を越されちゃったみたい。屋敷には死体の山が転がってたよ」

「そいつはまあ……」


 自業自得とはいえ、悲惨な結末だな。

 自ら雇った暗殺者に殺されるとは。


「しかし、依頼者を殺したとなるとラシッドも、いよいよ終わりなんじゃないか?」


 暗殺者にとって依頼者を殺すことは禁忌である。

 そんなことをすれば、誰も雇ってくれなくなるのは明白だ。

 秘密裏に事を済ませようとしても、簡単な話ではないだろう。


「そうだね。私の方でも色々手配はしたから、ラシッドはこの国じゃ、もうまともに動き回ることは出来ないかな。私の証言でラシッドの賞金額も一気に増えたし、奴隷の館の周りにはラシッドを探す冒険者が溢れてるよ」

「ほお、そいつは頼もしいな」


 館内には国から兵が大量に派遣されているし、今や、奴隷の館ほど安全な場所もないのかもしれない。

 奴隷の館には貴族やら要人が訪れるため、元々、警備には気を使っているのだ。

 

「でも、油断はしないでね。宗司なら大丈夫だと思うけど、ラシッドの執念は本物だよ。私もしばらくは奴隷の館(ここ)に厄介になるつもりだから、何かあればすぐに言ってね」

「お、そうなのか。そりゃあ益々頼もしい限りだな。そういうことなら、必ず報告させてもらう――って、どうすればお前に会えるんだ?」


 肝心なことを忘れていた。

 メールや電話とはいかないだろうし、第三者に知られたくないような――直接会って話したい場面も出てくるだろう。


「館内の職員には宗司が私のお気に入りだって伝えてあるから、待ち合わせ場所や時間とか簡単な伝言ならすぐに私の耳に入るようになってるよ。なんだったら、直接来てくれてもいいしね」

「直接ってお前の部屋にか? お前の部屋までは禁止区域だらけだし、それを無視して歩くわけにもいかないだろ」


 そんなことをすれば、俺の奴隷の首輪が機能していないことを触れ回っているようなものだ。


「あれ、まだ聞いてないのかな? 宗司の館内の禁止区域は全部解除してもらえるよう頼んでおいたから、私の部屋まで入ってきても問題ないんだよ?」

「え、まじか……」

「まじです。緊急事態に身動きがとれないんじゃ困るしね。敷地内ならどこでも行けるようにしちゃいました。さすがに鍵付きの部屋とか物理的に入れない部屋は駄目だけどね」 

「いや、まあ、それはいいんだけどさ……」


 リディアは軽々しく言っているが、禁止区域を全部解除させるなど聞いたこともない。

 半日や一日という限られた期間、それも限られた範囲で、ということなら前例のない話でもないが、リディアは俺の館内全ての禁止区域を解除したという。


 もう、この女が本気を出せば、俺なんて強制的に奴隷を卒業させられてしまうのではないか。

 そんな気がしてきた。

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