12 - 宣戦布告3
第一闘技場にて、危なくなさそうな決闘相手を探していた俺だったが、それが甘い考えだったと自覚させられる。
大人しく図書室に帰ろうとしたところで俺を引きとめたのは、意外な人物だった。
館内最強と噂される女、剣聖シェラである。
「なかなか抜け目がない奴だ。決闘の申し込みを一度断ったと思えば、敵情視察とはな。勝機を見据えてから挑もうというその心意気……嫌いではない」
シェラの表情が僅かに緩む。
よくわからないけど、なんか褒められた気がする。
「おう、ありがと。じゃあ、そういうことで」
あー、やだやだ。
面倒事の香りがプンプンする。
「――おい! どこへ行く!?」
「ん? 図書室だけど?」
「何をしに行くのかと聞いている!!」
いや、聞いてないだろ。
「そりゃあ図書室なんだから本を読むためだろ」
「本を読む……? 何のために?」
「え? 何のためにって……。うーん……楽しむため?」
「楽しむ?」
「ああ、”楽しむ”だ」
オウム返しのように繰り返して質問してくるシェラ。
哲学的な答えでも期待しているのだろうか。
シェラが顎に手を当て難しそうな顔をしている。
「……――なるほど!! そういうことか!」
答えにたどり着いたようだ。
シェラの顔に笑みがこぼれる。
「つくづく抜け目がない奴だ。先程の私の動きを元に、本で戦術や作戦を研究しようというのだな? 決闘をより優位に進めるため、出来うる限りを尽くそうと。つまりはそういうことか!? ふふ、面白い……」
どうしよう……。全然違う。
だんだん可哀想な子に思えてきた。
「よーし、わかった。シェラとやらよ、はっきりと言っておこう」
「ん、なんだ? ルールの相談か? いや、日取りを決めるのが先か。私ならいつでも構わないぞ。なんなら今からでもいい。そうだ、どうせなら――」
こちらが言う前に、シェラが次々持ち出してくる。
うわ……、言いづら。
しかし、言わねばならない。
尻尾代わりにポニーテールをブンブン振り回しそうなシェラに現実を突きつけるのは気が重いが、俺はNOと言える男なのだ。
「――悪いな、俺にお前と決闘する気はない」
…………。
俺の言葉が聞こえるまでに時差でも生じているのだろうか。
シェラがフリーズしている。
「私は、あなたと、決闘を、するつもりは、ありません」
通じているのか不安になったのでもう一度はっきりと言ってみた。
「……なんだと? 私と決闘する気がない? 今、そう言ったのか……?」
「ああ、その通りだ」
よかった、今度はちゃんと聞こえてたみたいだ。
「どれくらい”ない”んだ!?」
「――は? どれくらい? ……いやいや、意味がわからんぞ。ないものはないんだよ。ゼロ! まったくやる気がないってことだ」
「なっ!? それは困るぞ! 私はお前と決闘がしたいのだ!」
「俺だってそんなこと言われても困る。俺は決闘なんてしたくないんだ」
ぐぬぬとシェラが悔しそうな顔をするが、俺もここは譲れない。
なにせ命の危険が伴うんだ。緊張感の欠片もなくなってしまったが、場の雰囲気に呑まれてはいけない。
「嫌だ! 私はお前と決闘がしたい!!」
どこの駄々っ子だよ……。
本当にこんなのが剣聖なのか?
「諦めてくれ、俺はまだ死にたくないんだ」
「む、それは約束できない。真剣勝負で手加減するほど私は落ちぶれてはいないからな」
あ、そこは妥協してくれないんだ。
「あのな、俺とお前じゃ価値観が違うんだよ。そもそも俺は決闘に心を躍らせるようなタイプじゃないんだ。わかってくれ」
命のかかった決闘を、趣味の延長線上みたいなノリで行うなど、正気の沙汰ではない。
それも館内最強と謳われるシェラと、戦闘能力ゼロ――館内最弱に等しい俺がである。
シェラは不完全燃焼で終わるだろうし、俺は最初の一手で命を落としかねないしで、互いにいいことなしだ。
「どうしても……。どうしても駄目なのか……!?」
「ああ、どうしても駄目だ」
「絶対か?」
「絶対だ」
「そうか、絶対駄目なのか……」
しばしの沈黙。
しおらしい表情を見せるが、騙されてはいけない。
こいつは剣聖なのだ。強いのだ。
「わかった……。今日のところは諦めよう」
観念したようで、全然観念していない発言をするシェラ。
”今日のところは”……か。
まあ、予想はしていたけど。
明日だろうが、明後日だろうが俺の気は変わらない。
奴隷の首輪がある限り、職員の許可なく館内で他者に危害は加えられないし、実力行使に出られない剣聖など恐れるに足りない。
「そうか。んじゃ、今度こそ戻るからな。じゃあな」
俺とシェラの二人の舞台になってしまっていた闘技場。
観客も増えてきたし、これ以上変な奴が舞台に上がってきても面倒だ。
さっさと図書室に行こう。
「首を洗って待っているといい。私は絶対に諦めないからな」
立ち去る俺が最後に聞いたのは、シェラの宣戦布告にも似た発言であった。
****
その晩、自室にて攻撃は始まった。
コンコン、とドアのノックで目が覚める。
――んあ? 誰だよ、こんな夜中に……。
俺の知り合いには、こんな夜中に部屋を訪れてくる奴はいないし、またリディア絡みの嫌がらせだろうか。
管理人に通報してからは、なくなっていたというのに懲りない奴だ。
無視だ、無視。
こういう輩は、反応があると喜ぶからな。
「私だ! シェラ・ミラーズだ! 入れてくれ!」
……ん? しぇら……みらーず?
どこかで聞いたような……。
「――って、お前かよ!!」
「ああ、私だ。入れてくれ、話がしたい」
「入れねえよ!! 何の話か知らんが今度にしろ!」
「いや、その……。とにかく重要な話なんだ。入れてくれ」
怪しすぎだろ……。
入れろ入れろって、吸血鬼かっての。
「何時だと思ってるんだよ……。いいから帰ってくれ」
「頼む! 今じゃなきゃ駄目なんだ! 今でなければ私は……」
む……。
なにやら、ただならぬ雰囲気に俺の意志が揺らぐ。
「あー、もう。聞いてやるからそこで話してくれ。部屋に入る必要はないだろ」
放っておくと消えてしまいそうな危うさを感じ、俺はシェラの呼びかけに応じることにする。
ただし、ベッドからは降りないが。
「そうか……、わかった。ならここで話そう」
ドアの外から咳払いが一つ聞こえてくる。
一体何を話そうというのだろう。
「ニート、私と決闘をして欲しい!!」
…………え? 決闘?
わざわざ改まって?
「ニート、聞いているか?」
「……あ、ああ、聞いてるけど。ってか、え? それを言いにきたのか?」
「そうだ、どうしてもそれが言いたくてな」
「さっきも闘技場で言ったのに?」
「ああ、そうだ」
嘘だろ……。
それだけのために俺は起こされたのか?
新手の嫌がらせかよ……。
「……よし、まずは、よーく思い出してくれ。お前はさっき闘技場でなんて言った? 決闘に関して『今日のところは諦める』と、そう言ったはずじゃなかったか?」
まさか忘れたとは言うまい。
「すまない、気が変わったんだ」
「…………」
そうでしたか、気が変わっちゃいましたか。
それは仕方ないですね。
「おやすみ」
「――待て! 寝ないでくれ! やはり面と向かって話しをしよう! 私を部屋に入れてくれ!」
コンコンという可愛らしいノックから打って変わり、ドンドンという激しすぎるビートが鳴り響く。
ああ、うるさいうるさいうるさい!!
「ニート! 寝てしまったのか!? ニート! 返事をしてくれ!! ニート――」
「起きてる!! 起きてるから静かにしてくれ!!」
部屋のドアを開けると、昼間同様、軽鎧姿のシェラがそこに立っていた。
腰に剣まで差して、いつでも戦えますと身体全体で主張しているようだ。
くそッ、こんな夜中にこいつの顔を拝む羽目になるとは……。
――あ、ドア凹んでるし。
強く叩きすぎなんだよ。
どうすんだこれ……。
「よかった、起きてたか」
「お前に起こされたからな」
「ははは、それは災難だったな!」
こいつ……。
これは天然だ。
間違いない。
「さあ、邪魔するぞ」
「――待て待て!! 誰も部屋に入っていいとは言ってないだろ!」
「む、そうなのか? それなら早く許可してくれ」
なんて図々しいやつだ。
「部屋に入れるつもりはない――というか、入る必要なんてない。残念ながらお前の望みは粉々に打ち砕かれてしまったからな」
「なに? それはどういうことだ?」
「……実はな、決闘禁止令が出たんだよ」
俺の脳内に。
「なッ!? それは本当か!?」
部屋の前で粘られても嫌だし、さっさとご退場願おう。
「ああ、明日からはしばらく決闘は禁止らしい」
「嘘だ! そんなこと突然――」
「突然じゃないさ。ほら、ちょっと前に王女様が館内で賊に襲撃されたって話はお前も知ってるだろ? 賊はまだ捕まってないし、安全だとわかるまでは色々と制限されるらしいぞ?」
「そ、そんな……。しかし……」
「詳しくは明日の掲示板に記載があるだろうからそれを見てくれ」
「な、なんということだ……。決闘、禁止…………」
うな垂れて帰っていくシェラ。
ちょっと可哀想だったかな?
まあ、明日には嘘だってわかることだしいいだろ。
俺はシェラが見えなくなったのを確認し、『外出中、起こさないで下さい』という我ながら意味不明な張り紙をドアの外側に貼り付けた。
これで、明日の朝、真実を知ったシェラに起こされることもないはず。
他の者ならばいざ知らず、シェラ相手ならこれで大丈夫だろう。
短い付き合いだが、俺にはそう思えた。




