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異世界奴隷ニート、ここに極まる ~絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女~  作者: 萩野知幸
1章 絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女
12/27

11 - 宣戦布告2

 俺に頼めば王女リディア様とお近づきになれるかも。俺に決闘で勝てばリディア様に認められるかも。俺と関わりを持っておけば何かいいことがあるかも。

 そんなくだらない館内の空気を断ち切るため、俺はついに動き出した。

 誰かからの決闘を受け、惨めに負けるという苦肉の策。今回はその下準備だ。


「うーむ、活気があるなぁ」


 奴隷の館、第一闘技場。

 砂を敷き詰められた地面と、それをぐるりと囲む観客席はまさしく闘技場と呼ぶに相応しい。

 剣術、槍術、斧術、様々な武器の訓練や試験が日替わりで行われ、武道大会や決闘なんかの催し物もこの場を借りて行われることがほとんどらしい。

 俺も誰かと決闘することになれば、ここを使用することになるだろう。


「俺がこんなところに来るとは世も末だな……」

 

 模擬試合を繰り返す者、招かれた講師から手解きを受ける者、がむしゃらに一人で武器を振り回す者。手法に差はあっても、きっとここにいる者は俺を除いて皆、目的は変わらない。

 奴隷から解放されるため――奴隷の館を訪れた誰かに自らを買ってもらうため、少しでも他の奴隷と差をつけようと必死になっているのだ。

 各種試験で高得点を取れれば、奴隷の館が雇用主側に公開している個人データにしっかりと記載されるのだから無理もない。館内剣術ランキング○位、基礎体力測定○位、薬学○位というように、試験で高得点をとれた分だけ履歴書的なものが充実する仕組みである。

 自己啓発し、試験で高得点を取ることが奴隷から抜け出す近道なのだ。


「さて、様子見、様子見っと」


 去年なんとなく売店で買ったローブと舞踏会仮面を身に纏い、壁にもたれかかるようにして地面に座る。

 これで俺も訓練で疲弊し身体を休めている連中の仲間入りだ。


 ふふふ、わざわざ変装した甲斐があったな。


 ここに来るまでの道中も含めて、誰かに声をかけられることはなかったし、視線も感じない。

 ローブはともかく、舞踏会仮面はやりすぎかとも思ったが、そんなことはなかったようだ。個性の強い連中が多いせいか、むしろ溶け込めている感まである。

 目立って来館者に覚えてもらうことが第一歩の奴隷業界では、これくらいは当たり前なのだろう。



「セイ!! ハッ!!」

「――うお、なんちゅう迫力……。あいつは駄目だな」


 持ってきた『俺に決闘を挑んできた者達リスト(覚えてる分だけ)』から、今、剣を振るったあいつの名前を横線で潰す。


 俺の目的は、無難な決闘相手を見つけることにある。

 あんな鋭い剣技を持つ奴は論外だ。


「ハイィィ! ハイハイ!! イエエアアアアッ!!」


 こいつも駄目だ。

 掛け声が怖すぎる。

 

「えーい! えいえい!! あっ、はわわ」


 お、あのひ弱そうな女の子は……。

 ――って、そもそもあの子には決闘を申し込まれてないか。



 意外と難しいものだ。

 決闘を挑んでくる時点で、腕に自信があって、血の気が多い奴だろうとは想像していたが、どいつもこいつもまるで血に飢えた獣だ。

 平気で人を殺しそうな目を―― 


「死ね! ニート!! 死ね!!」


 あ、ほら、言葉に出ちゃってる奴もいるよ。

 

 彼らが求めているのは、まさに決闘なのだろう。

 握手で始まり握手で終わるスポーツ的なものを求める俺とは、根本が違う。


 これはなおさら慎重に相手を選ばないと、取り返しのつかないことになりかねない。


「ふぅ、いい汗かいたぜ。兄ちゃん、隣いいかい?」

「――ん? ああ、好きにしてくれ」


 なんだこいつ。

 いくらでも空いてる場所なんてあるのに、わざわざ俺の隣に座ってくるとは。


「んじゃまあ、好きにさせてもらうぜ」


 「よっこらしょ」と俺の隣に腰掛ける戦士風の男。


 歳は30半ばほどだろうか。

 『冒険者見習いレベル12』というPOPが付いてそうな外見をしている。


「見ない顔……いや、見ない格好だな、が正解か。その仮面、もっと小さいのにした方がいいと思うぜ? それじゃあ顔がまったく見えん。誰かの目にとまったとしても、顔がまったく見えないんじゃ本末転倒だぞ」


 俺の顔を覗き込むようにして、戦士風の男が話しかけてくる。


「ご忠告はありがたいが、生憎目立ちたくないんでね」

「目立ちたくない? そんな格好しといてか?」

「色々事情があるんだよ。別にいいだろ」

「ははあ、わかったぞ? さてはお前……初心者だな? 練習する姿を見られるのが嫌なんだろ!?」

「……ん、まあ、そんなところだ」

「くっくっく……、わかるぜ、その気持ち。俺も初めて剣を握ったときは人の目が気になったっけか。無様な自分を見られたくなくてな。奥の方で壁向いて、オドオドしながら素振りしてたもんだ」


 懐かしむような目をしながら、男が握った剣を仰々しく振り回す。


 はあ……、面倒な奴に絡まれてしまった。


「でも安心しろよ。言っちゃなんだが、誰も初心者になんて興味はないさ。自分よりも強そうな奴から技を盗むってんならわかるが、下なんて見たところでなんも変わらねえからな。貴族様だって、見るのはいつも上の連中ばっかりなもんだぜ。たとえば、ほら――」


 そう続ける男の視線の先には一人の女が立っていた。

 剣を構えたまま、目を瞑ってずっと静止している黒髪の女だ。


 あいつは……。


 あのくっきりとボディラインが出るエロイ軽鎧と、いい感じのポニーテール。

 間違いない。俺に決闘を挑んできた一人だ。

 見惚れて決闘を承諾してしまいそうになったので、はっきり覚えている。

 やたらとしつこい女で部屋の前までついてきた困ったちゃんだ。


「――剣聖シェラ。悔しいがあいつには誰も勝てん」

「剣聖?」 

「おいおい、まさか知らないのか?」

「いや、噂だけなら……軽く聞いたことがある気がしなくもないな」


 まったく知りません。


「なんだそりゃ……。まあいい。それなら教えてやるから覚えてときな。剣聖シェラ――何代にもわたる剣の名家ミラーズ家の長女で、異常なまでに強さに執着してるいかれた女だ。本来、奴隷になんてなるような奴じゃないんだが、強くなるきっかけを探しにきたとかほざいて、強引な手で自ら奴隷堕ちしてきたらしい」


 ……うーむ、そりゃあ、お近づきになりたくないタイプの人種だな。

 自ら奴隷にって点では親近感を感じるが、動機がよろしくない。


「ほら、見てみろよ、あっちのあいつ。先月まで剣術試験1位だったのに、シェラに目を付けられたばっかりに、あんなことになっちまって……」


 言われるまま、俺達と反対側の壁にもたれかかっている男を見る。

 

 うっ、こりゃきついな……。


 右腕がない。

 全てを失ってしまったかのような空虚感が男の周りには漂っていた。

 どこを見ているかもわからない暗く濁った瞳で、ただ口元だけがニタリと笑っている。


「……何があったんだ?」

「決闘だよ、決闘。剣術1位をとって舞い上がってたんだろうな。皆『やめとけ』って言ってたのに、それを聞かずにシェラの決闘を受けちまってよ」

「それで負けたのか……」

「ああ、決闘が始まって5秒だぜ? たった5秒で武器もろとも利き腕が細切れだ。今思い出してもゾッとするぜ」


 ひえ……。


「――まあ、決闘で命を落とす奴だって腐るほどいるし、シェラと戦って腕一本と考えれば運がよかったのかもしれねえがな」


 それを聞いて俺が思うことは一つ。


 ……うん、決闘はやめとこう。


 俺は心の中でそう呟いて、『俺に決闘を挑んできた者達リスト(覚えてる分だけ)』を鞄にしまうことにした。

 どいつもこいつもやばそうな奴ばかりだし、無謀すぎる。

 インドア派の俺には決闘は早すぎたようだ。


「ちなみに、シェラの順位はいくつなんだ?」


 興味本位で聞いてみる。1位がむこうに座ってる奴だったってことは、シェラはそれまで1位ではなかったことになるはず。


「ランキング外だ」

「ランキング外? そんなに強いのにか」

「ああ、シェラは契約争いに興味のないイレギュラーだから試験を受けてねえんだよ。ただまあ、剣術に限らず、あらゆる戦闘系ランキング上位に決闘を申し込んで負けなしなもんだから、その強さは誰もが認めてるよ。剣術ってよりかは、戦闘系総合ランキング1位ってところだな」


 館内最強ってことか……。


 しかし、わからないな。

 そんなに強いってのになんで皆、シェラの決闘を受けちまうんだろうな。

 そこまで剣聖に勝ったっていう実績が欲しいものなのかね。


 まあ、俺とは無縁の世界だ。

 どうでもいいか。


「じゃあ俺はそろそろ戻るかな。色々教えてくれてありが――」

「――はッ!!」


 突然の出来事であった。

 静止していたシェラが、俺が立ち上がるのを待っていたと言わんばかりのタイミングで、剣を振るったのだ。

 

 流れるような動作。シェラが空中に放った横薙ぎの一撃が、とてつもない風の圧力を生み、俺の言葉を遮る。

 たった一振りシェラが剣を振るっただけで、騒がしかった闘技場内が一瞬で静まり返るのだから驚きだ。


 …………びっくりさせやがって。

 何事かと思ったら、ただの素振りかよ……。

 

「うひゃー、今日はまた一段と気合が入ってやがる」


 隣に座っている男が、気の抜けた声を上げる。


「いつもは違うのか?」

「ああ、こんなにすげえのは初めてかもしれないぜ。骨のありそうな標的を見つけたからに違いないな」


 あ……。


「その標的って、まさか……」

「――ああ、”ニート”だよ。噂によると、指先一つで山をも消し飛ばすような恐ろしい魔法士だって話だからな。シェラも早く戦いたくてウズウズしてるんだろ」


 やっぱりだ……。

 ってか、山を消し飛ばすってどんだけだよ……。

 そんなことできるニートはいません。

  

「ニートの件は所詮、噂だろ。あんまり真に受けないほうがいいと思うがな」

「確かに山一つってのは俺もどうかと思ってるがよ。それでも――って、おい! お前仮面が!」


 男が言うのと同時。

 ピキッと何かに亀裂が入ったような音がする。

 

「――え?」


 次の瞬間、俺の仮面が真っ二つに割れ、地面に落ちた。


 なにが……?


 不測の事態に俺は、地面に転がる舞踏会仮面を眺めていることしかできない。


「ふふふ……。やはりな」


 ――まずい! 顔が!


 シェラのいた方向から聞こえてきた女の声に俺は我に返る。

 正面を見ると、シェラが俺の顔を見ながら薄ら笑いを浮かべていた。

 

 チッ、とんだ失態だ。

 気を取られていたとはいえ、素顔を晒していることに気が付かないとは。


「先ほどから、やけに鋭い視線を感じると思ったがお前だったか、ニート。これで会うのは二度目だな」


 剣聖シェラか。


「――お、お前……ニ、ニート……!? ひい!! シェラまで!! お、俺は何も知らねえ!!」


 素顔を晒した俺と、近づいてくるシェラを交互に見てから、隣にいた男が猛スピードで逃げていく。


 俺も逃げたいところなのだが……。


 はたして、この女が簡単に逃がしてくれるものか。

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