10 - 宣戦布告1
「ニート!! 君に決闘を申し込みたい!!」
図書室に男の声が響き渡る。
「ん? ああ、お断りします。というか図書室では静かにしないと駄目なんだぞ」
「くッ、自信がないのか!?」
「そうだな、自信がないんでお断りします。それと図書室では静かにな」
俺は本を読みながら生返事にてそれに応対する。
「貴様ッ、それで僕が納得できると――」
「あなた、周りに迷惑をかけていることがわからないのですか? 出て行ってもらいます」
「なに? この僕のどこが――な!? おい、この! はなせ!!」
ほら、だから言ったのに。
図書委員的な存在に連れられ、また一人図書室から場違い野郎が追放された。
「ソウジ、これで何人目?」
「うーん、14人目だっけか」
「23人目だよ、宗司」
あら、全然違った。
初日こそ反応に困ることはあったが、すっかり慣れたものだ。今の一連のやりとりにおいて本から目を離さなかったのは、ゴブもユー君も一緒だろう。
『あのリディア王女が、ニートとかいう男に夢中らしい』
そんな噂が奴隷の館に広まって三日が経過した。
リディアはあれから俺の前に姿を見せてはいないが、それでも、リディアが俺に命を助けられたと公言し、俺を部屋に招いたという事実は変わらない。館内では噂話に尾ひれはひれが付いてまわり、俺はスパイになったり王様の隠し子になったり大魔術士になったり大忙しである。
中には俺がリディアから雇用の話を持ちかけられたと決めつけ――これは実際にそうなのだが――なにかと因縁を付けてくる輩が少なからずいるので、俺の心労は増えるばかり。
先ほどのように、決闘を申し込んでくるだけならマシな方だ。
リディアとお近づきになりたいからと賄賂のようなものを送りつけてくる者や、俺がリディアの護衛になれば将来有望だと妄想に取り憑かれて色仕掛けしてくる者、俺の評価を下げようと悪知恵を働かせる者など、性質が悪い連中があとを絶たない。
不幸中の幸いなのは、俺の生活において重要な拠点となる自室と図書室は比較的平和なエリアだということか。
自室は部外者による入場制限があるので誰かが無断で部屋に入ってくることはないし、図書室は図書委員的な存在の手で管理されているので、変なのがやってきても勝手に追放されていく。
部屋をただひたすらノックしてくる変態と、俺の行く先々で出待ちする変態には頭を悩まされたものだが、職員に悪質な迷惑行為を受けていると報告してからはそれもなくなったので、きっとなんとかしてくれたのだろう。
「すまんな、二人とも」
「あはは、宗司は何も悪いことしてないんだから謝ることないよ」
「うん、ソウジ何も悪くない。それにゴブは見ていて楽しくなってきました」
これだけ騒がしくなってしまったというのに、ユー君もゴブも笑って済ませてくれる。
「ってか、日に日に訪問者が増えてきてるよな……。何もしないで飽きられるのを待つのが一番だと思ってたんだがなぁ……」
現状を見てるとそれも難しそうに思えてきた。
「間違いではないんじゃない? もうしばらくしたら今よりは落ち着くと思うよ。今はまだ第1宿舎や第3宿舎の人に宗司の顔が知れ渡ってない状況だから、潜在的な部分がじわじわやってきて増えてるように見えるんじゃないかな。まあ、相手があのリディア様だから、ゼロになることはなさそうだけど」
「リディア様、ねえ……」
リディア・クラベス第一王女。
今は亡きシーラ王妃の意志を継いで、奴隷制度変革の中心に立っている人物――そして、密林地帯で暗殺者に追われ、その場で偶然居合わせた俺に命を助けられたと勘違いをしている女でもある。
ゴブとユー君には、リディア関連のことは首輪の件を除いてあらかた話している。そのため、相談相手にはなってもらえるのだが、二人ともどうにもリディアを贔屓目で見る傾向にある気がしてならない。
まったく、厄介な人物に目を付けられたものだ。
「リディア様が頑張ってくれてるからこそ、今の僕達があるわけだからね。国内外問わずそうだけど、特に奴隷の館じゃリディア様の人気は絶大だよ。宗司に絡んでくる人達も、待遇よりもリディア様のお役に立ちたいって気持ちが強い分、諦めがつかないんじゃないかな」
そう、それだ。
ここの連中は王女に対する思い入れが尋常ではない。
決闘を申し込んでくる際の口上として『私が負けたら命を差し出す』などと平気で言ってくる。
それはそれは大真面目な顔をしてだ。
俺になら絶対に勝てるという自信からきているのかもしれないが、それにしても命の安売りが過ぎる。
「リディア様、強い人探してる。宗司と一緒の決闘、勝てば宗司より強いだし、リディア様に認められる思うこともわかる」
「だな、やっぱりそこなんだよ。俺に勝てばーみたいな悪しき流れがよくないと思うんだよな」
「うんうん。だから、ゴブは思ったけど、一回負けてみたら?」
「負ける?」
「そう、決闘を受けて、負ける。ボロボロ、ズタズタ、グチャグチャに」
「いや、グチャグチャは遠慮願いたいが……」
グチャグチャになった時点で、俺は人とは呼べないものになっていることだろう。
「あ、でも、それはいいかもしれないね」
「でしょ、ユー君も思うでしょ。ソウジは一度グチャグチャになるといい」
「あはは、グチャグチャかはともかく、決闘に負けるって案については僕もいいと思うな」
決闘に負ける、か……。
ふむ、確かに一考に値するな。
俺に勝利したところで何も状況が変わらないとわかれば、決闘を挑んでくる奴は減るだろうし、ボロボロに負けた俺を見れば、俺の将来に変な期待をしてちょっかいをかけてくる女共も思い返してくれるかもしれない。
俺の評判を下げようとしている嫉妬に狂った連中だって、俺の評判が地に落ちれば目的そのものを失って、やりようがなくなるはず。
む、これはいける気がするぞ。
いつも行動が裏目に出る俺でも今回はいける気がする。
それに上手くいけば、全ての元凶であるリディアに自身の勘違いを気付かせることも出来るかもしれない。『あれ、私の見込み違い……?』みたいな。
そうすれば全てが元通り。俺の安寧とした奴隷ニート生活は約束されたも同然だ。
「……いけるな」
「え? 宗司、何か言った?」
「ああ、いや、いいアイディアだと思ってさ。試す価値はあるな」
「うんうん!! ソウジ、わかってくれた! グチャグチャ――」
「――にはならない。が、ボロボロにはなるかもな」
この作戦は惨めに負けることでより効果は高くなる。
全力で戦ったけどまったく歯が立たなかったというのがベストなのだ。
そのためには多少痛い目に遭うことも覚悟する必要があるだろう。
「ボロボロって……。そこまですることはないんじゃない? 対戦相手の取り出した武器に恐怖して戦意喪失。それだけでも十分だと思うけど」
「いいや、さすがにそれじゃあ八百長を疑われるだけだろ。俺がわざと負けたようにしか見えない」
いくらなんでも、王女を暗殺者から守った男がそれでは怪しすぎる。
やはり戦った上で負けなければならないだろう。そうすれば、暗殺者が弱かった説など台頭する余地も出てくるはず。
「宗司……。僕達のことなら別に気にしなくていいんだからね?」
「ユー君こそ気にしすぎだ。これは俺が俺のためにやるだけだからな。安寧とした奴隷ニート生活を守るため精々頑張るさ」
「……そう、ならいいんだ。ただ、無理だけはしないでね」
心配そうに俺を見るユー君に俺は「まあ、なんとかなるさ」と頷いて見せる。
グチャグチャにはなりたくないものだ。




