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新米に活躍などさせん

 風によって死臭が漂う。季節は夏、強い日差しで死体はすぐに腐敗する。一時的停戦で両軍の兵士は汗を流しながら死体の片付けを行っていた。

 包囲下の城塞都市シャンボールは技術と金で富を独占してきた。他者に従う等あり得ない。領主のサンジェルマン伯爵は降伏勧告に対して「死ねハゲ」と強気の返答を返した。

「閣下、如何なされますか」

 美しい副官から手渡された羊皮紙を握り潰す青年。「どちらがハゲか思い知らせてくれる」と、攻囲部隊を指揮する藤崎裕也将軍は攻撃再開の指示を出した。

 藤崎の人生は概ね順風満帆だった。ちょっとした躓きでこの世界に迷い込んだが、勇者として迎えられ人跡未踏の未開地を新領土として拡大して行った。サンジェルマン伯爵の言葉は慈悲の心で迎え入れて様とした藤崎の顔に泥を塗る事だった。

(許せない!)

 藤崎の歩兵は塹壕に身を潜め、味方の援護射撃を待った。背後のアオ森を越えた丘陵地帯、モリ丘に砲兵が陣地占領をして射撃陣地を展開している。

 遠くで雷鳴の様な唸りを聞いて指揮官は呟いた。

「時間だ」

 基準砲の試射の後、榴弾による効力射が始まった。着弾とともに城壁が崩れ住民の悲鳴が風に乗って聞こえた。

「前へ!」

 歩兵が前進を開始した。剣や槍を構えて崩れた城壁に殺到する姿は餌にたかる蟻の様だ。シャンボールの守備隊は、クロスボウに矢を装填すると城壁の上から歩兵に矢を浴びせたが勢いは抑えられない。

「藤崎将軍を侮辱したサンジェルマン伯爵を捕らえよ。それ以外は見せしめとして皆殺しだ」

 丸腰の民であろうと、老若男女の変わり無く刺殺又は斬殺された。

「これは神の裁きである。奴等は罪人だ。万死に値する」

 従軍司祭がむせ返る様な血の臭いが漂う中、平然と虐殺を推奨した。

「手ぬるいな。馬牽け!」

 副官に「帰ったら可愛がってやる」と耳打ちして軽く臀部を撫で下ろした。

「ひゃん!」

 可愛く悲鳴をあげた彼女を残して騎乗すると藤崎は先を駆けた。

 バリケードを作って抵抗する民兵。ほとんどが年若い少年兵だ。若い少女が相手だった場合は危なかった。

 男色の趣味の無い藤崎は躊躇をしなかった。ポーチに入れていた手榴弾を取り出し安全ピンを抜いた。藤崎が考案し量産が始まった手榴弾1号。元の世界に比べればいささか威力が落ちる。だがこの世界では革新的な兵器だ。

「邪魔はさせん!」

 投擲した手榴弾が少年兵達を吹き飛ばした。効果としては十分だ。

(次の手榴弾2号ではもう少し範囲が欲しいな)

 鍛冶屋に与える改良を脳裏に浮かべた。


 ◆


 少年から青年への過渡期を過ごす彼の名前は藤崎裕也。容姿端麗頭脳明晰のモテ男――なんて事はなく、サバイバルゲームが好きなミリオタだ。

 藤崎の実家は中華料理屋を営んでおり、地域に密着してそれなりに繁盛していた。

 一般的なミリオタは本とアニメ、ネットの世界に閉じ篭るが藤崎は違う。小物はラバー製ダミーナイフに始まり、コンバットブーツ、BDU、ヘルメット、チェストハーネス、CIRASなども親から貰った小遣いで揃えている。

 米軍好きな藤崎のメインウェポンはM4。勿論、特殊部隊仕様にカスタムされている。今欲しい銃はHK416だが、高校卒業で陸上自衛隊に自衛官候補生として入隊した。当分はそんな時間的・金銭的余裕も無い。

 桜の季節。念願の自衛隊入隊で、今は地元大阪から離れた香川県善通寺市、善通寺駐屯地にいる。第110教育大隊第332共通教育中隊第1区隊第1営内班が現住所だ。

 善通寺を同じ大阪府出身の同期は田舎だと言い、地元出身者に喧嘩を売っているようだが聞いてみれば相手も大阪南部の田舎出身だった。

(岸和田ってだんじり祭ぐらいしかイメージないけど、お前も人の事言えないだろう)

 善通寺は瀬戸内海に近く、旧軍の時代から重要拠点だ。田舎と言うほど寂れては居ない。

 自衛隊に入隊して最初に行うのは健康診断、被服の交付、基本教練、精神教育、体力錬成などだ。

 首からゴム紐でぶら下げているのはロッカーの鍵。風呂に入る時も練る時も外さない。

 課業終了後、夕食と風呂を済ませてベットで横になって小説投稿サイトに活動報告の書き込みをしていると、隣の白石がいきなり起き上がり叫んだ。

「おい、大変だ!」

 スマホでTVを見ていた様で、イヤホンを外して音を大きくする。

 北朝鮮がミサイルを発射。四国に迫っていると言う。

「マジかよ……」 

 弾着予想地域は香川県の辺りだと言う。下甑島、背振山のレーダーサイトから通報が出て、第2高射群のペトリオット・システム(PAC‐3)やSM-3搭載イージス艦の弾道ミサイル防衛(BMD)は機能しなかったと言う事だ。

「あ」

 窓の外に見える黒い影。

 北朝鮮の弾道ミサイル、ノドンかテポドンだと考えられる。

「糞っ……」

 爆発の衝撃は突然やって来た。人生を思い返す暇もなかった。

 運が悪い事に善通寺駐屯地に落ちてきたのだった。政府としては民間人に被害が出なかっただけほっとしているだろうと片隅で考えると、TV画面を消すように意識が途絶えた――


 ◆


 潮の香りがする。風を頬に受けて藤崎は目を開けた。

「ここはどこだ?」

 広がる砂浜、営内にいたはずが見回すとどこかの海岸にいた。

「なんか夢でも見てるのか?」

 頬を掴んでもたいして痛くもないが、地面の感触がこれは夢ではないと告げていた。

 神様も居ないしチート能力をもらえる神様転生ではない。

 辺りを見回すとどこかに続く道が見えた。無人島と言う訳ではない。

 獣道ではなく道なりに視線を向ければその先に街が見える。人家の存在に一先ず安心感を持った。

 ともかく街に向おう歩いていると、前から騎乗して甲冑を着込んだ一団が現れた。

(ヒストリカルなんとかってコスプレのゲームか?)

 藤崎に気付いた一団が止まった。じろじろと視線を向けてくると先頭の男が声をかけてきた。

「そこのお前、怪しい服装だな。大人しく縛につけ」

 男達の中で「見かけない=怪しい=不信人物」と結論が導き出され、装剣や槍を向けて藤崎の周囲を囲む。

「ええっ!?」

 普通ではない異常な状況に、藤崎は思わずその場から逃げようとした。

「逃がさん!」

 ずぶりと背中に刺さる槍の穂先。口の中に沸きあがる鉄の味。

(そんな……何で……)

 夢でも幻でもない証拠に胸から背中にかけて激痛が走り、大量の血が失われて行く事が実感できた。

 走馬灯も走らず藤崎の意識は暗転する。転がる躯を後続する徒歩の兵が引き起こす。

「どこかの間者でしょうか?」

「代官所に連れて行け。後は連中に任せる」

 ナグア・サキィを治める代官シャーウッド男爵は代官所の地下牢に訪れた。牢獄には容姿の優れた人妻や村娘が捕らえられている。本当の罪人は即処刑で、ここは代官の後宮と言える。

 今回訪れた目的は他にある。

「こやつか」

 壁から吊り下げられている囚人の顎を杖で上げる。

(……生きてる?)

 痛みに耐えながら目を開ける藤崎。混濁していた意識が戻る。両腕は縛られていた。

「小僧、名を名乗れ」

 目の前に立つ男の言葉が分かる。口の動きは違うが日本語で耳に聞こえてきた。

 状況がわからない。ここがどこか、そして自分がまだ生きている事も。確かに胸を刺された。

「聞こえただろ。御代官様の質問に答えろ!」

 傍らに控えていた看守が藤崎の腹を殴った。

 遠慮の無い打撃で咳き込む藤崎。口から涎が流れる。

「質問に答えろ。何度でも殺して、何度でも生き返らせてやるぞ」

 生き返らす。その言葉にはっとする。自分は死んだ。それは間違いない。だが目の前の男達は何らかの手段を使って生き返らせた。

 魔法のようにお手軽に使える手段がある。始皇帝の求めた不老長寿の秘薬。そのルーツに列なる物で、死者の蘇生だ。

 彼らにとって秘薬は高価な物ではない。

 特にこの代官は女を狂わせる為に、魔導師を雇い飛躍の研究をさせていた。その為、臨床試験も行われて来た。

 永遠の責め苦。考えただけでぞっとする。藤崎は絶叫を上げて暴れたが縛られた状態では逃げ出す事も出来ない。

「ははははは」

 哄笑を上げる代官の顔が悪魔のように見えた。

 藤崎の冒険は始まる前にど壷にはまった。そして拷問が連日、連夜繰り広げられ藤崎は心身ともに挫け何度も死を迎えたが、その度に蘇生された。

「これだけ痛めつけられて口を割らぬとは……」

 尋問を行う方も流石に疑問を抱き始めたが日常の中で忘れ去られる。


 ◆


「やった……はは、やってやったぞ! ざまあみろ」

 藤崎の足元には頭蓋骨を砕かれた魔導師の姿があった。

 日々の拷問で痛めつけられていたが、秘薬の臨床試験として投与された藤崎の体は驚異的な成長を遂げていた。同時に殺人的衝動も高まっていた。怒りを抑えきれない。

 藤崎の血で錆びた鎖を渾身の力で引き千切ると、いつもの時間にやってくる魔導師を待った。

(殺す、殺す、殺す、殺す、殺す)

 代官や役人は藤崎に飽きて魔導師の実験材料として与えていた。

 藤崎はその日、代官所に居た全ての者を殺害した。

「代官所が燃えてるぞ!」

「あれは……代官の首じゃないか!」

 悪辣な代官を殺した藤崎は周囲の住民から感謝され英雄と呼ばれるようになった。

「藤崎様にこそこの街を治めていただきたいものです!」

「だけど御領主様が黙っているとは思えないな……」

 住民の不安も当然で、ナグア・サキィを含めたマルーカメを治める現県知事ホーキンス卿は強欲な人物として知られる。この地の代官もホーキンスに賂を贈り地位を得たと噂されていた。

「他にも泣かされている人は大勢居る。やられる前にやるんだ!」


     ◆


 サヌーキ王国に春がやって来た。毎年、春には王都ヒクマツのヒクマツ港で罪人の処刑が行われる。海に流された罪人は海神の生け贄となり、魚達を呼び寄せてくれるのだった。

 今年は王の代行としてシャルロット王女が貴賓室に居た。王族が来賓すると言う事で処刑所の警備は厳戒だ。

 ドゥーン王家にとっては支配を象徴する神聖な国事行為で、国民には一大イベントのお祭り騒ぎになる。王家は飴と鞭の支配として、この時だけは小麦や塩、醤油、かまぼこ、ネギ、大根、玉子が民に下賜される。

 王女シャルロットは、歓声をあげて喜ぶ民にちくわをばら蒔いていた。油で揚げた熱々のちくわは最高のご馳走と言え、体全体で喜びを表す民の姿に笑みを深めていると護衛の武官が話しかけてきた。

「移動が制限されておりこれまで伝わって来なかったのですが、マルーカメで大規模な反乱が発生しています。昨年、ナグア・サキィの代官を倒した者が周囲の街や村を攻め落としてるそうです」

 マルーカメは王都の西に位置する県で、サヌーキ王国を二分する影響力を持っていた。王家に対する忠誠心は低く、いつ寝首をかかれるか分からなかった。

「民から悪どい取り立てをやっていると聞いたが、それも仕方あるまい。県知事はホーキンスだったな。あやつから応援の要請はあったのか」

 王都を脅かす一大事であったが反応は淡白な物であった。

「いえ、独力で鎮圧して見せるとの事です」

 そう返事を返したサンゲンは、マルーカメの南、魔神を封じた霊峰カシキィに駐屯する第15軽歩兵大隊の出身者で、シャルロット王女の護衛だ。第15軽歩兵大隊はマルーカメ王国最強、最精鋭と呼ばれていた。マルーカメへの備えとして今回の外征には参加していない。

「出来る物なら構わない」

 だけど、念の為に県境に兵を配置して置くように指示を出した。

「鎮圧に成功するならばその後に責を問えば良し。失敗するならその責を問えば良し。どちらにしても都合が良いわ」

 疲弊した所を一網打尽にする。最後に笑うのは王家と決まっていた。


     ◆


 外征から帰った国王は藤崎を詰問し、見識の高さから武官として取り立てた。王の代抜擢で藤崎は様々な分野に口出しをした。法律、軍事、政治、科学、農業、医療、商業。王は進言を聞き入れて近代国家としての改革に臨んだ。その過程で、藤崎と同じ様にこの世界に迷い込んだ近代兵器参考に武器の開発にも尽力した。

 宮廷では王は藤崎にたぶらかされていると言う噂が流れた。現に、身分卑しき生まれでありながら将来はシャルロット王女との結婚も約束されていた。不満分子は藤崎の命を狙い暗殺者を送り込む事もあったが、事態が発覚し逆に首謀者が処刑された。

 異民族を征伐し、辺境を平定し、次々と領土を広げる藤崎は英雄と褒め称えられた。

 だが被害者にとっては違う。藤崎に従わぬ者は殺される。

(何が英雄だ! 何が神の裁きだ!)

 生き残った少年は藁の中でガタガタと震えていた。両親や姉は自分を逃がす為に殺さた。

 家族を奪った藤崎が許せなかった。

 震える手には銃があった。シャンボールの鍛冶師であった父が、サンジェルマン伯爵の依頼で製作した銃。改良を重ねる過程で少年も協力をした。だから扱いは慣れている。

 積み上げられた藁の中で震えながらも復讐の機会を待っていた。

 騎乗した指揮官の姿を視界に捉えた。マントを翻した姿は他の者と服装が異なった。

 少年は銃を構えると引金を引いた。ドングリ状の銃弾は刻まれたライフリングをガス圧で回転しながら飛び出した。その先に藤崎が居た。

「将軍!」

 倒れた藤崎の胸は真っ赤に染まっていた。

「何で……」

「傷口を抑えろ、血が止まらない!」

 周りに居た兵が騒然とする中、異世界で将軍の地位を得た青年の最後だった。

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