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こうきなるもののつとめ(笑)

 季節は秋から冬に変わる境目で昼間は暑く、夜半は肌寒さを覚える。パンナ・コッタは宮廷侍従として王家に仕えて8年になる。その間に幾度か、嫁いで行く王女達を見送った。

 リトキヤ大陸の中部、ネクツ湖周辺の肥沃な大地を治めるリジンボ・ツケノ・リト家は26人もの子宝に恵まれていたが、男子はブルース王子のみであった。その為、王子には多大な期待が寄せられている。

 人的資源の活用と言う意味では女性にも社会的地位と役割が与えられる。例えば、今、軍人将棋でブルースの相手をしているシェール王女。

 父の黒髪に比べて、色素の薄い灰色に近い髪を持つシェールは騎士見習いの従者、姫従者として弟に仕えていた。王家伝承のワカリト殺人剣を継承した使い手でもあり、戦闘能力は高い。

 弟ブルースは王位を継ぐ男子と言う事で将軍の地位を与えられている。同じ王族と言っても待遇差から男と女の違いを感じるが、不満はない。むしろシェールは従者で十分だと考えていた。何故なら将軍と違い従者は比較的自由に動けるからだ。

 平時の将軍は役所仕事でしかない。常備軍は近衛兵、憲兵、国境守備隊で飯と衣類、武具の手配さえすれば良い。後は将軍以下の各級指揮官が行う仕事だ。

「姉上は戦に出て剣をふるいたいようですが、父上はお認めに成りませんよ」

 対局の手を休めパンナの持って来たドクダミ茶で一息入れると弟は呟いた。姉の上昇思考を好ましく思うが、矢面にたたせる積もりはない。男は女を守る者だと認識していた。

「上に立つ者が剣をふるう。それは王家の責務だ」

 そう言いながら弟の歩兵を撃破するシェール。シェールの姉妹も姫大臣、姫神官、姫料理人、姫代官、姫猟師、姫賭博士、姫司書、姫園芸士、姫馬丁、姫パン屋等と名乗り様々な役職に着いていた。父王ヒサマサも娘の自主性を認めている。

 弟から見ると他国に比べて自国の王族は意識が足りないと感じる物があった。

「それなら嫁に行って政略結婚で貢献してくださいよ」そう言いながら予備隊を投入しシェールの駒を阻止する。

 現に長女マルガレーテ、次女ベアトリスは隣国の王族に嫁いでいる。子を産み、繋がりを強める事も王家の勤めである。

「それとこれとは話が違う」

 対局する盤上では、竜騎兵を弟の陣地後方に降下させた。「あ、タンマ」とか言ってるが無視をする。戦は勝たねばならない。

 シェールの父、国王ヒサマサは一介の戦士から国を興した。その道のりは簡単ではなかっただろうと想像できる。自分にも何かを成し遂げる力があると信じていた。

「父上の時代とは違います。今や戦乱は収まり、剣一本でのし上がる時代は終わったのです。騎士に求められるのは兵を生かす軍略です」

 弟は大将を移動させ逃げ出した。シェールの竜騎兵は追撃を行い、攻守が逆転している。

 身の丈に合った生活と言うか、王族には王族の生きる世界がある。

「私は将軍や騎士には成らないぞ。従者で十分だ」

「なぜです?」

 弟は前線の維持を諦めて大将の応援に周りから駒を向けてきた。

 シェールから返ってきたのは予想外の言葉だった。

「だって、姫騎士とか姫将軍は酷い事されるのだろう?」

「へっ?」意外な言葉を聞いたのか弟の反応は鈍い。

 シェールは竜騎兵を後退させて、前線での攻勢を再開した。弟の部隊は大きく下がっており対応できない。

「知ってるぞ。小者とか兵士に捕まってぐっちゃぐちゃのどろどろにされて孕まされるのを」

 盤上から顔を上げると姉を驚愕の表情で見詰める弟の姿があった。

「ちょ、姉上。そんな情報をどこから」

「図書室の禁書棚だ」ニヤリと不敵な笑みを浮かべるシェールに対して、さっと顔から血の気が引く思いをするブルースが対照的だった。

 禁書は国としての禁書ではなく、ちょっとエロい成人向けの書物で、父と息子だけの秘密。

 それは王家の男子のみに受け継がれるオカズ本であった。王妃に見つかれば、王は満足していないのかと家庭内の不和を生みかねない。

 落ち着きをなくす弟にシェールはニヤリと笑みを向けた。

「あれの中身を知ってるのは私だけだ」

「あ、姉上」

 口止めをしようとする弟に言葉を被せるとティーカップを手に取った。

「私の口は堅い。だが、何かの拍子に漏らしてしまうかもしれん」

 口止め料を要求している事は分かる。弟は姉の求める物を考える。

(何だ、何が要るんだ?)

 ティーカップの茶を飲み干すと言った。

「野獣山脈のオーク狩りをさせろ」

 野獣山脈は王国の南にそびえたつ山々で、国境にもなっている。しかしオークや野獣が手強く正規軍は元より、傭兵まで動員して討伐を度々やっているが野獣を根絶やしにするまでには至っていない。

「それは……」

 弟は言葉を濁らせ一方で、姉が頑固な事も知っていた。何しろ、玩具の取り合いでどつかれ泣かされた事が何回もある。年齢を重ねて大人になろうと人の本質は変わらないと学んでいた。

「分かりました。父上には私から伝えておきますけど、護衛はお連れください」

「わかった」

 頷くシェール。一人立ち出来なかった事は不満だが、王族の立場からこれ以上の譲歩は引きずり出せない事も理解していた。


     ◆◆◆


 緑の香りは都会に住む者にとっては不快かもしれない。だが都会も公共衛生が整備されていないと悪臭に病原菌がプラスされる。まだ土に風化して行く田舎の方がましかもしれない。

 王国の南部は野獣が棲むことから開拓も進んでおらず、王家直轄領となっている。いわば禁足地である。その出入りは許可制で制限されていた。

 国境地帯を貴族に与えて紛争を起こされるより、王家直轄地にしてる方が目は行き届く。

 禁断の山、野獣山脈に立ち入る者は物好きな冒険者気取りの子供か密猟者、死体を隠す犯罪者と決まっていた。

 王家直轄領は王家の財産である。その為、山の周囲には柵が張り巡らされており、巡回の兵士の姿さえあった。

「オークはどこに居るのかな」

 シェールは護衛のビルマン、ヒロシンスキー、侍女のアヤノビッチを連れて森に探索に出かけた。ビルマンとヒロシンスキーは精鋭と名高い憲兵隊の所属で、野獣の討伐に何度も参加した経験者だ。

 母と弟は今回の冒険に反対だったが、父王は「そなたも王族、試練を積まねばならん。ましてや一国の王女ならばどこに嫁いでも良いように知識と経験は必要不可欠だ」とシェールを肯定した。

「お気をつけて」

 山道に繋がって作られた関所が開かれた。シェールを護衛する憲兵に警備隊の兵士達は憧れの視線を向ける。何しろ憲兵は王の直轄で、超法規的組織としてあらゆる悪徳と戦う正義の集団だった。民草からの支持も高い。

「王女殿下に敬礼、頭ぁ、中!」

 熱い視線に見送られてシェール一行は山に足を踏み入れる。

 鬱蒼と生い茂った草木で日光は遮られ視界は悪い。だがシェールの気分は良かった。

 教育係から礼儀作法や法令の授業を受ける毎日には飽きていた。窮屈な王宮の生活より万金に価する。

「姫様、今日のお昼はウリヴァリンのサンドイッチですよ」

 ウリヴァリンはウロナ地方に生息するイタチの仲間で雑食な外獣だ。甘くて柔らかい肉質は食材として食卓に並ぶ事も多い。しかし狡猾な生き方をしている為、中々尻尾を掴む事が難しい。シェールも穀物庫から盗みをするウリヴァリンを何度か見かけたが、捕らえる事が出来なかった。

「アヤの作る料理はどれも美味いからな、それは楽しみだ」

 山は広く一日で探索は出来ない。しかしシェールは確信していた。

(オークなんて居ない)

 長年の討伐でオーク鬼は絶滅寸前と考えられた。王家直轄領と国境地帯と来ては警備も厳重。内に入ることも出来ず生息数が増える要素は無い。

 何度か足を運ぶ事になるが、山を網羅出来たら開拓して農地を拡げるよう進言しようとシェールは考えていた。

(村や街として発展してくれればなおの事良い)

 夜は王宮に帰ると言う過保護な提案もあったがシェールは一蹴した。「かのアマディス・パンチョス大王も幼き頃より野獣退治に出かけ幾日も野宿をしたと言う。私にも出来ぬはずがない」

 パンチョスはドン・パンチョッチョと呼ばれる人物で、マカローニ半島から北のゲリマミレ民族を征伐して神聖オパンツ帝国の基礎を築いた大政治家、軍人、小説家である。幼きシェールはパンチョスの内乱記やゲリマミレ戦記、ブリダイコーン遠征を読んで胸を熱くさせた。

 頼もしきシェールの言葉と意欲に家臣は、さすがは次代の王に仕えられる御方だと反対意見も呑み込まれた。もしシェールに危険がおよびそうなら自分達家臣が盾に成れば良いだけなのだから。

 寝床はふかふかのベッドではなく寝袋だ。天幕を張るほど贅沢な旅ではない。

 ビルマンとヒロシンスキーは交代で不寝番をする。シェールも番をすると言っていたが、初めての野宿である事だしそこまでしなくても良いと訴えた。

「殿下、その様な事は私どもにお任せください」

「そうですよ姫様」アヤもそう言うがシェールは納得しない。

「気遣いは不用だ。この様な機会は滅多に無いからな」私の楽しみを奪うなと告げるシェールに、ハロルドは引き下がった。

 本来、王族は全てをやるのではなく、家臣に任せれる事は任せる。それぞれに生まれつきながらの役割がある。

 野生の動物は火を恐れ、焚き火の光が獣を遠ざける。

「では、殿下は明け方の不寝番をお願い致します。未明は人の寝起き時分で、一番油断しやすい時間なので用心してください」

「うむ、任せよ」そう言うとシェールは朝に備えて就寝する事にした。夢を見る事もなくシェールは熟睡した。前日までこの旅を楽しみにして寝つけなかった体が休息を求めていた。若いと言っても限度はある。

 ビルマンはヒロシンスキーと干し肉をかじりながら眠気を飛ばす。森に入った瞬間から何者かに監視されている事は知っていた。

(おそらくは魔女だな)

 森に住む魔女の名はアルゴ・リズ。シェールの父ヒサマサの友人で王国黎明期に貢献した英雄でもある。

 魔女は敵対していない。挨拶ぐらいはしておくべきだと判断した。

(明日も早い)

 ヒロシンスキーがビルマンに声をかけようとした瞬間、悪寒の様な物を感じた。

 剣をつかんで振り向くと、ビルマンは降り注ぐ矢に顔を撃ち抜かれて死亡、シェールとアヤは寝袋に入ったまま毛虫の様に成って死んでいた。ピクリとも動かない様子から生死の判断できた。ヒロシンスキーが矢を防ぐ事が出来たのはビルマンがほとんど盾となったおかげだ。

「殿下!」叫ぶヒロシンスキーに獣が襲いかかってきた。舌打ちをすると一刀で切り伏せた。

 ひくひくと断末魔の震えを見せるのは山犬だ。一匹だけではない。新手がヒロシンスキーの喉を狙って来る。明らかに調教された軍用犬だ。

 山犬と対峙するが背中から殺気を感じた。サイドステップで回避しようとした瞬間、後ろから飛んで来た投げ槍で片足を串刺しにされた。

(これは近衛の槍ではないか)

 ヒロシンスキーを貫く槍は近衛兵が装備する物だった。

「ぐっ」

 僅かな隙を狙って山犬が仕掛けて来た。激痛と共に首の動脈を噛み千切られたヒロシンスキーは、自分が長くは持たない事を自覚した。

 足音に視線を向けると、一団の武装した男達が近付いてくる。そこには見知った顔があった。

「グラ……ディオ……殿?」

 ヒロシンスキーの言葉に先頭にいたドワーフが剣先を向ける。何故と言う視線に「すまんな」と答えて剣を下ろした。

(ああ、そうか。俺は死ぬのか……)

 魔女やオーク鬼よりも恐ろしい物が存在する事を忘れていた。それは人間だ。意識は暗転する。

「全員、死んでます」

 王女シェールと護衛の死亡を確認した男達は遺体を回収し引き揚げる。


     ◆◆◆


「ご苦労だったなグラディオ。これからも頼むぞ」

 ブルースの足下にかしづく男、近衛兵のグラディオはドゥードルドワーフの出身で濃いあごひげを生やしていた。ひげが生える前のグラディオは貫禄の無い優男だと、昔を知る王達が言っていた事をブルースは思い出す。

「勿体ない御言葉です」

 ブルースは外敵の脅威を広める為に傭兵団を設立した。自作自演による略奪や放火、殺人を行い国内に緊張状態を作り上げた。小さなテロからこつこつと始めた結果、今回は大物がかかった。姉のシェール。王族の死は政治的に利用できる。

 グラディオが下がり一人になるとブルースは呟いた。

「王族に生死の自由は無いんですよ、姉上」

 エロ本の秘密を知られた時、ブルースはこれからも姉に揺すられ続ける事を想像した。それならば利用させて貰うと決断した。王家に生まれた男としての決断である。

 何かを求めて何も成し遂げられなかったシェール。だがその死は無駄にはならない。

 王女の死亡はブルースの権威をさらに高めるきっかけになった。強い指導者を求める民衆が自発的に不満分子を一掃した。

 関係者は厚遇する事で抱え込んだ。下手に始末するよりも汚れ仕事を行う事が忠誠の証、踏み絵となる。

 時おり、父王から何かを言いたそうな視線を向けられたがブルースは黙殺した。

 国を守りより良くする為なのだから。

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