竿オンライン
家庭用フルダイブゲーム機『ドリームギア』の発売は、全世界に衝撃を与えた……のだが。
発売後二年経った今でも、まともに遊べるタイトルが、ゲーム機同梱の『ウインブルドンの嵐』のみという困った状況が続いている。
なんでもゲーム開発が相当大変らしいのだ。
話題作がまったくなかった訳ではない。マスコミに相当叩かれた『彼女といっしょ』シリーズなんかは、結構売れている。
俺も好奇心で一本買ってみたのだが、密室でNPCの美少女と二人きりになるというだけのゲームで、遊べるかどうかといえば正直微妙だった。
R-15指定だし、別にいかがわしいイベントが起きる訳でもないのだが、ゲーム内容も知らない偉いセンセイがたが大騒ぎしているのには笑った。まあ、フルダイブゲームの一つの可能性を示したという点では評価している。
だが、突然革命が起きた。
『牛丼並み盛り税込み五百円』
それが光臨した神ゲーのタイトルだった。
当初、誰もがネタゲーだと思った。実際に税込み五百円で発売されたそのゲームは、仮想現実の世界で牛丼を食べるというだけの、本当にそれだけのシンプルなゲームだったのだ。
だが、ネットで噂が広まった翌日にはミリオン超え、一週間後にはユーザーの八割以上が購入と売れに売れまくった。
俺はかなりの噂になってからダウンロード販売で購入したのだが、とにかく衝撃的だった。
ダイブすると、いきなり目の前にどんぶりが出現する。案山子にしか見えない店員のグラフィックは、子供が適当に作ったようなひどいものだ。
肝心の牛丼のグラフィックは、かなりリアル。肉の量はやや多目。米粒とツユを混ぜればちゃんと茶色く染みていく、それなりによくできている。
味の方は、まあ、普通の牛丼だ。それ程美味くはないが、特に不味くもない。
だが、仮想現実で食事ができること自体が、革命的といえた。
現実に存在しない牛丼を食べることで、空腹感が満たされる。ダイエットに悩む女性達が、争ってドリームギアを買い求めたため、瞬く間に店頭在庫は売り切れ、ネットオークションで驚愕の落札価格で取り引きされるようになった。
拒食症になる危険はないのか? 等々、肉体への悪影響を心配する有識者もいたが、『彼女といっしょ』の時はあれほど大騒ぎをしたマスコミは、バーチャル飯の問題点についてはほとんど話題にしなかった。
牛丼を開発したのは『ヌーベル・エキップ』というベンチャー企業で、大成功に気をよくしたのか『まんぷくダイエットシリーズ』と銘うって次々にバーチャル飯を売り出し始めた。
『シーフードカレー税込み千二百円』
『こだわり醤油ラーメン税込み八百円』
『石窯で焼くナポリピッツァ税込み二千九百円』
もちろん、俺は発売日に即ダウンロードした。ソフトを購入してしまえば、何度食っても無料だ。
開発費が潤沢になったせいか、味の方もリアルを超えるかと思える程に格段に向上している。
店員のグラフィックも、案山子から美少女になったのだが、ネットでは何故か初期のひどいキャラクターが大人気だ。
そんな『ヌーベル・エキップ』が、次に売り出すソフトが、ドリームギア初となる本格的オンラインゲーム。その名も『竿オンライン』だ。
意外なことに、どうやら釣りのゲームのようなのだ。釣った魚を調理して、美味しく頂いてしまおうというコンセプトのようだ。
あまりの地味さに、まあ、驚いた。
オンラインゲームということで、いよいよ待望のVRMMORPGの登場か、と期待していたユーザーも多く。ネット掲示板は荒れまくった。
俺はというと、実はちょっと期待している。釣りゲーは好きだし、海鮮ものも大好きだ。生産職もあるみたいだが、調理レベルみたいなのを上げないと作れる料理が限られるとかそんなのだろうか? 俺としては釣った魚を持ち込んで料理してもらえるのがありがたい。まあ、食べるの専門でもいいんだが。
何故かR-18指定なのと、オイスターバーが存在するらしいという情報でピンときた。
これは、酒が飲めるに違いない。
バーチャルのアルコールが法律上どうなるのかは知らないが、メーカーとしては余計な面倒は避けたかったのだろう。ターゲットが大人限定なら価格設定も高くできるしな。
幸運な三千人のβテスターに選ばれた俺は、同僚から羨ましがられまくった。
デスゲームに囚われたら見舞いに行ってやるとか言われた。
残念ながらドリームギアでデスゲームは不可能だ。健康に配慮して、一日のプレイ時間は最大四時間までとされている。裏チップなるものを入手して改造すれば、プレイ時間の制限はなくなるが、それでも連続プレイ四時間で一度強制ログアウトになるのは変らない。
そもそも、慣れればダイブ中にリアルの体動かせるしな。人にもよるらしいが、俺は普通にトイレ行けるし。
βテスト開始初日。残念ながら、仕事で少し遅くなってしまったが、なんとか日付が変る前に帰宅することができた。
コンビ二お握りで小腹を満たし、いよいよ冒険に出発だ。
ベッドに横たわり、部屋の電気を消す。今日はダイブしたまま寝落ちするつもりだ。
リモコンが見当たらなかったので、音声入力する。
「リンクスタート」
光る霧の中に一歩踏み出すと、そこは港町を一望する丘の上だった。キラキラ光る海面をゆっくり船が横切っていく。風に乗って磯の匂いまでしてくる。
目の前にはいかにも昭和って感じの木造の店舗。
『坂本釣具店』
手書きの看板にはそう書かれていた。
この店で釣り道具を揃えろってことだな、わくわくしながら雨でシミだらけになった木の扉に手をかける。こんな気持ちになったのは何年ぶり、いや、何十年ぶりだろう? 忘れていた少年の日に戻ったようだ。
きっとこのゲームは面白い、そう確信して店内に入る。
扉の内側に結んであった金属製のベルが、澄んだ音でチリンと鳴った。
今更ながら某アニメを見ました。フルダイブ環境って面白いですねえ。ということで自分でも短編を書いてみました。続きそうな終わり方をしていますが、続きはありません。