秋の夜長に戦闘員
短く終わるつもりが、意外に長文となってしまいました。読む気力があれば、どうぞ。
「首領、十一月がやってきましたね」
そう切り出したのは、古株の戦闘員である中村くんだった。
季節は秋。例年よりも早く訪れた寒気に身を震わせ、堪え兼ねないとばかりに出した炬燵に身を委ねていたときのことだ。
煎餅の袋を開きながら、首領は答える。
「だからなんだい?」
すっかり背を丸めている首領を見て、中村くんは溜め息を零す。
「何って……僕らの出番は、十一月にはないんですか?」
中村くんの言いたいことくらいは、首領も分かっていた。
彼らは、所謂ところの悪の組織というやつだった。
悪の組織といえば昔のヒーロー活劇なんかでよくある、町を襲い人を攫って世界征服を目論むようなアレだが、中村くん属する悪の組織は、それとはまた一味も二味も違っていた。
首領は煎餅の欠片を咀嚼し、満足そうに目を細めた。
「じゃあ聞くけどね。十一月って、何か大きなイベントってあるの?」
「それは……自分には分からないですけど」
首領は大きく息を吐き出し、記憶を遡る。
「ハロウィンには、コスプレで集まった連中に放水してメイクを剥ぎ、実在するかどうかも怪しい銘柄のお菓子をねだって、貰えなければ悪戯と称してリヤカーで轢いた」
そう。この悪の組織は、主要なイベントには必ず現れて、それを妨害することを活動の主としているのだ。
その活動は多岐に渡り、最近では地方のちょっとした祭りなんかにも顔を出すようになっていた。
「もう少ししたらクリスマスだよ。まずはサンタクロースに白いタキシードを着せて道頓堀川に投げ込むんだ。クリスマスツリーには一本一本野生の猿を放とう。クリスマスケーキにはぶっといチュロスを差し込もう。勿論一本一本に。ああ、そうだ。手を繋いでいるカップル、もしくはマフラーで繋がっているカップルは、猫車で轢いていこう。やることいっぱいだ」
だからね、と首領は中村くんに煎餅の袋を差し出す。
「今は中休みの時期なんだよ。来たるべき戦いに備えて、力を蓄えるんだ」
中村くんは煎餅を受け取ったが、その顔はまだ納得していないと語っていた。不機嫌そうに煎餅を小突き割ると、袋を開けて一欠片を口に運ぶ。
その様子に、首領は小さく溜め息を零した。それから「そういえば」と、思い出したように話を振る。
「イエス・ジャスティスってのいたでしょ?」
「ああ、あのよく分からない正義の味方」
イエス・ジャスティスは、組織が悪の限りを尽くしているときに結構な頻度で現れる正体不明の男だ。
赤い覆面で顔を隠し、白いボディスーツをその身に纏う。深紅のブーツで大地を蹴り、紅のマントを風に靡かせるその姿は、誰がどう見ても変態的であった。推定年齢はおよそ三十代前半だが、よく恥ずかし気もなくそんな恰好ができるものだと感心する。
こちらのイベント妨害工作を、腕力でもって挫くという、迷惑極まりない奴だ。ハロウィンの会場にもいたらしいが、ハロウィンというのはそんな奴らばかりなので誰も気がつかなかったようだ。
「それで、奴がどうかしたんですか?」
「数日前に、奴から手紙が届いてね」
「まさか、宣戦布告ですか!?」
「いや、姪っ子が生まれたらしい」
「……は? 姪っ子、ですか?」
「えーと、あった。ほら、この写真まで届いたんだよ。可愛いよねー」
首領が差し出した封筒から便箋と写真を抜き出す。便箋には一行、『姪っ子が生まれました。超可愛い!』とだけ書かれていた。次いで写真を見ると、産衣に身を包んだ赤子と、それを抱いて温和に微笑む男の姿が写っていた。
「これ、ご本人ですよね!? イエス・ジャスティスですよね!? いや、姪っ子可愛いけど!」
「これからは姪っ子につきっきりになるそうだから、イエス・ジャスティスとして活動する頻度は少なくするんだってさ」
「っていうか首領、奴とはどういう関係なんですか1? えらく情報交換してるみたいなんですけど!?」
「メル友だよ。あと、Twitterのフォロワーでもあるね」
「首領が情報を漏洩してた! どうせ『襲撃直前なう』とか書いてたんでしょう! だから『そこまでだ!』っていう声が滅茶苦茶早く聞こえてたんですね……。たまにこっちの活動前にも聞こえてましたし」
「つまり何が言いたいかというとね」
「あ、逃げた」
首領は咳払いをして、話を続ける。中村くんは疑いの目を向けたままだったが、それ以上追求するでもなく耳を傾ける。
「ヒーローだって中休みするんだよ。悪の組織だって、してもいいじゃないか。じゃないとブラック企業だって書き込みされちゃう」
「ところどころ現代人なんですね……。というか、悪の組織はブラックでなんぼでしょう。別に、中休みが悪いと言っているんじゃあないですよ。中休みが一ヶ月以上あるのが問題なんです。何かすることないんですか?」
中村くんは働き者であったが、それは組織に尽力するためだけではない。働いている、という実感が欲しいのだ。何もしないままひと月もの時間を過ごすと堕落してしまうのだと考えている。自分も、組織も。
そのことを理解しているのか、首領は暢気な声を出す。
「することって言ってもねぇ……。この時期はほんと何もないから、夜な夜な集まるパーティーピーポー達を狩るくらいしかないんだよねぇ。それも数人の戦闘員で事足りるし」
「となると、スポーツ観戦で盛り上がる奴らも同じですね。せめてワールドカップくらいには……いや、さすがに世界を敵に回すのは危険すぎるか」
うんうんと唸る中村くんを余所に、首領は煎餅の袋を開ける。一枚を食べ終わると、湯呑みに注いだお茶を喉に通す。ほどよい温度で、体の芯が熱を帯びる。
「ま、やりたいことがないなら、趣味でもなんでもやってみるといいよ。幸い、時間だけはあるみたいだからねー」
「まったく、この首領は暢気なんですから……」
苦い顔をした中村くんだったが、それ以上文句を言うでもなく、煎餅の袋を手に取った。
(これからまだ寒くなるな……)
窓の外を見上げるも、そこには空があるだけだった。雪でも降っているのかとも思える寒さにしては、あまり星が見えない。
それはこの組織とよく似ていて、少し笑えた。
『首領! セカンド福山ロスです!』
「よっしゃ、世の中の恵まれない女性たちに温水洋一ブロマイドを提供するぜ!」
「……転職、考えようかな」
お付き合いいただき、感謝します。