泣いたことさえ嘘にした
胸の内にひっそりととどめた思いは、泡のようになくなるのだ。
大事な話がある。
そう言ってアキヒサに呼び出された私は「あ、きた。」と、妙な勘が働いて、諦めに似たどうしようもない感情に支配された。
「ごめんな、こんな時間に」
「別にいいけど」
近所の公園。私たちには、特に馴染みがあるのは、アキヒサが私に相談事をする時や、愚痴を聞いて欲しい時によく呼び出される場所だからだ。
「俺、結婚するわ」
アキヒサは目尻を少し下げて、照れたように笑った。
心が、身体が、黒くてドロドロした感情に蝕まれる。ついに、この時が来てしまった。
「そっか、オメデトウ」
「アキホにはいっつも心配ばっかかけたよな。あいつと別れる寸前までいってさ。ほら、あのコーヒー事件!そん時俺すげぇアキホに怒られてさ。お前あん時俺のことひっぱたいたよなー」
アキヒサが、懐かしそうに目を細める。
「すげぇ応援してくれてたし、ちゃんと話ときたくて。リホには昨日プロポーズした」
もう随分と前からアキヒサはリホちゃんのモノだった。喧嘩はするけど、とても仲がいいカップルだった。私は2人が好きだったし、応援してたのもホント。
でも…。
「もう泣きつきて来ないでよね。せいぜいリホちゃんに捨てられないように頑張りなさいよ」
アキヒサの左肩を、強めに一度叩いた。
「いてぇって!わーかってるよー。これからはリホ共々よろしくお願いしますぅー」
「はいはい、よろしくお願いされますぅー」
私はこれでやっと、終わりにできるのだ。
「あれ?なに、お前ちょっと泣きそうじゃん」
「泣いてませんー。幸せそうな顔しやがってこのやろーおめでとー」
少し涙ぐんでいることを誤魔化すように、何度もバシバシと背中を叩く。
アキヒサの締まりのない顔を見たら、ドロドロした感情も潰れそうなココロも、なにもかも、どうでも良くなった。
家に帰って、冷えた身体を温める。
乳白色のお湯が、ゆらゆら揺れる。
「ばかやろー」
最後まで口に出すことはなかった。
アキヒサ対する〈すき〉はこれからも伝えることはない。
ぶくぶくと、口から空気を吐き出す。
この思いも、泡のようになくなるだろう。
いや、きっと、最初から、なかったのだ。
「にしても、めちゃくちゃにやついてたなぁー」
私は静かに目を閉じて、もう一度、おめでとう、と呟く。
アキヒサの締まりのない顔を思い出して、朗らかに笑うリホちゃんを思い出して。
2人の、幸せを願って。
end.
2015.1.31
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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