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椎岳町龍神録

椎岳町龍神録~ある雪の日のこと

作者: 烏木真

猫又良庵外伝 椎岳町龍神録~ある雪の日のこと

                   烏木 真 

 年の背も近くなった日のことです。椎岳の町には珍しく真っ白な雪が降り積もりました。

めったにないことですし、ちょうどいいことに土曜日の朝のことだったので、子どもたちは大喜びです。雪だるまを作ったり雪合戦をしたりと、あちらこちらで笑い声がはじけました。

そんな中、小学二年生の拓也たちはほんの少しばかり不機嫌でした。

降り積もったと言ってもせいぜい五、六センチほど。一回雪を転がせばすぐに黒い地面になってしまいます。おまけにたくさん雪がある公園は体の大きな上級生が占領していて使えないのです。しかたなく畑や田んぼにこっそり入ろうとしたら怒られてしまいました。

「公民館にならまだ雪が残ってるんじゃないかなあ」

「ああ、神社のとこ? いいじゃんあそこなら広いし」

 椎岳町の公民館と大きな池のある神社とは、地続きになっていて、結構広い場所があるのです。あそこなら鎮守の林が影になって雪が溶けるのも遅いでしょう。何より薄暗いところですから、子どもたちもめったに近づかないのです。

「ええ~やだよ。たくやおにいちゃん。みゆ、こわい」

 まだ幼稚園に通っている妹の美由紀が拓也の袖を引っ張りながら言います。べそをかいてほっぺたが真っ赤になっていました。

 拓也は、はあっとため息をつきました。だいたい友だちと遊びに行くのに、自分のことを「みゆ」なんて呼ぶ妹を連れてきたくなんてなかったのです。母さんがお兄ちゃんなんだから美由紀も連れて行ってあげなさい、なんて言い出さなければ絶対連れてこなかったでしょう。

(全く、母さんときたら! わかってなくてイライラするね。おこちゃまはお呼びじゃないんだよ)

 やんちゃで思い切りのいい拓也はクラスでは人気もののガキ大将で通っています。そして拓也はそんな自分が好きで、誇りでした。友達の前ではいつだって約束を守る、古風でかっこいい男でありたいのです。

妹と一緒に遊ぶなんて女々しいこと、断固として拒否したかったのですが、残念ながらそのこだわりはお母さんには理解できなかったようです。

拓也がとっくに身支度を終え、イライラしている間に母さんときたら、美由紀にボンボン付きの毛糸の帽子に真っ赤なオーバー、それに靴下を二枚もはかせて、まだハンカチだのポシェットだのあれこれ世話を焼いていたのでした。待ち合わせに遅れた上に着膨れした妹を連れて行って、拓也がどんなに恥ずかしい思いをするかなんてこれっぽっちも考えてないのです。そんな事情でしたから、彼が少しばかり、妹に対してきつい物言いになってしまったとしても仕方ないでしょう。

「やなら、来なくていいよ。一人で帰ってろよ」

「いやだ。みゆもいく」

 ぐずる妹にまたはあっと拓也は溜息をつきました。

「拓也ちょっと言いすぎじゃね? なあ、みゆちゃんいやがってるし、行くのやめにするか?」

 俺もちょっと怖いし、と続ける友だちに拓也はかっとなりました。自分でも言い過ぎかも、と内心思っていた拓也は指摘されて恥ずかしいやら、ばつが悪いやらでいつもより意固地になっていたのです。

「なんだよ。びびってんのか? さっさと行こうぜ」

 そのままぷいとそっぽを向くと走り出しました。お兄ちゃん待って、という妹の声を背中に聴きながら。



「どこにあるんだよ……」

薄暗い境内も複数人で行けばさほど気にならず、拓也たちはいくら使っても減る様子のない雪で思う存分遊びました。あれだけ怖がっていた美由紀も元気よく雪合戦に参加し、なかなかの奮闘ぶりを見せました。

さすが拓也の妹、なんて皆に褒められて、拓也は一緒に遊ぶことを渋っていたことが恥ずかしくなったくらいです。

妹のポシェットに付いていたストラップが無くなったのに気づいたのは家に帰ってからでした。


夕飯の時間になっても美由紀は「うさこさんがいない」と泣いていました。真っ白なうさぎのぬいぐるみが付いているストラップを美由紀は「うさこさん」と呼んで可愛がっていたのです。遊びに行く時も、幼稚園に行く時もいつも一緒。

「雪がひどくなってきたから今日はもうお家にいなさい。大丈夫。うさこさんなら明日探しにいきましょう。もしかしたら誰かが拾っていてくれるかもしれないわ」

 お母さんの言葉に拓也はきゅっと胸が痛くなりました。公園なら誰かが拾って居てくれるかもしれませんが、人気のない神社の境内ではきっと落ちたままでしょう。それに明日になって雪が溶けたらうさこさんはびしゃびしゃになっているかもしれません。

(俺のせいだ。美由紀は神社に行くのをやがってたのに。何で美由紀をちゃんとみててやんなかったんだろ。美由紀に合わせて遊んでいればストラップも落とさずにすんだのに)

 そう思うと居ても経ってもいられず、夜中にこっそり家を出て探しに来たのです。雪が降っている間なら、そんなに汚れていないでしょうから。



 神社にやってきた拓也は自分の考えが甘かったことを認めざるをえませんでした。懐中電灯を持っていても白いうさぎのストラップは雪にまぎれて見えません。

(何でもっとあったかいかっこで来なかったんだろ)

 震える肩を抱いて拓也は思います。手袋の先は雪でもうずぶずぶに濡れていて、ブーツの先からもじわじわ水が染み込んできます。後ろでがさりという音がして拓也はびくりと身をすくませます。暗闇の中に何かがいるような気がするのは、今にも襲いかかってきそうな気がするのは本当にただの気のせいでしょうか。暗くなった境内は昼間以上に不気味で、拓也はだんだん泣きたくなってきました。

「あっ!」

 その時、懐中電灯の電池が切れました。暗闇がわっと拓也のもとに押し寄せてきます。真っ暗な中、どうやって家まで帰ったらいいのでしょう。とうとう拓也はその場に座り込んで泣き出してしまいました。

 びょうびょうと雪まじりの風が吹き抜け、林の木々を大きくきしませます。



(ないてる?)

(ないてる)


(ねちゃった?)

(ねちゃった)


(どうしようか?)

(どうしよう?)


(お知らせしよう)

(ぬしさまに)

(ぬしさまに)


朦朧とする意識の中でそんな囁き声を聞いたような気がしました。


「あ~。寒っ。眠っ。もう、冬眠したい……」

どのくらいの時間が経ったのでしょう。拓也は暖かい布団にくるまって寝ています。

「何甘ったれたこと言ってんのさ。正月に祭神が冬眠してる神社なんて聞いたこともねーよ」

「だって俺、半分蛇だし」

 どこからか聞いたことの無い声。うるさいなあと拓也は身をよじりました。せっかく気持ちよく寝ていたのに。

「知るか。ちゃっちゃと働け。ちゃっちゃと」

「トベ君酷いっ! もえぎいいぃ! 弟くんがいーじーめーるぅ!」

 小言を言う声は少し高く、どうやら彼の方が年下のようです。対する相手は酷いと言いながらどこか楽しそうな声音。ぱたぱたとどこからかスリッパの音が駆けてきます。

「はいはいはい、今度は何があったの? 稲城。あんまり主様をからかうもんじゃないって言ったじゃない……ってあら、その子起きたみたいよ?」

 知らない女の人の声で拓也は完全に覚醒しました。

ここはどこでしょう? ほんのりと草の臭いのする、畳の部屋。アニメでしか見たことのない大きなこたつ。

「あ、ホントだ。気分はどうっスか?」

 長い髪を後ろで縛った、知らないお兄さんがのぞき込んできます。何が起こったのか分からず拓也は目を白黒させました。

「木嶋拓也君だよね。妻木(むき)(たけ)団地に住んでる」

 こくりと拓也は頷きました。何でこの人は拓也のことを知っているのでしょう?

「ああ、やっぱりそうだと思った。この辺じゃ有名だもんねえ」

「ゆうめい?」

 いったいこの人は何の話をしているのでしょう? 拓也は確かにクラスでは目立つ方ですが、このお兄さんは高校生くらいかもっと上に見えます。

「そりゃ有名さ。いい意味でも悪い意味でも。木から降りられなくなった子猫を助けてあげたあの拓也君だろう? 今時関心な若者だって良庵先生が褒めてたよ。ん、何? 良庵先生が誰かって? 知らないの? ほら良く松王地橋の上で日向ぼっこをしてるキジトラの紳士だよ。立派なヒゲの。それと斎藤さんちの桃の木が枝を折られたって怒ってたねえ。あれはちとまずかったなあ」

 ますます訳が分かりません。誰も見ていなかったはずなのに、何で拓也が桃の木の枝を折ったことを知っているのでしょうか。おまけに良庵先生?

(キジトラの紳士って……)

 もしかして、よく橋の上で丸くなっている、デブ猫のことでしょうか。

「あの、ぜんぜん分からないんですけど……ここ、どこですか?」

「ああ、忘れるとこだった。ごめんごめん、いやー俺も年だね。渡すもんがあったんだ」

「少しは人の話を聞けよ。着膨れ龍神」

「トベ君ひどい。こんな寒いんだからこれぐらい普通だよねえ」

 どこまでもマイペースなお兄さんに、拓也はえっと答えに詰まりました。

「別にコイツに付き合うことないから。ありえないぐらいださいって言っちゃっていいよ」

「稲城、言い過ぎ」

 こたつに入った中学生くらいの別のお兄さんが呆れた声を出し、高校生くらいのお姉さんがしかります。

「えと、うーんやっぱりかっこわるいかも」

「拓也君もひどい」

 あんまり自然に話しを振られたので状況も忘れて拓也は答えました。

(テレビにでも出てそうな顔なのになあ、もったいない)

よくよく眺めてみるとお兄さんは真っ白な肌に切れ長の目、つやつやの髪の、なかなかに綺麗なお兄さんなのでした。えーとどこだったかなと言いながらちゃんちゃんこの中をごそごそと探っているお兄さんを見ていると、何だかものすごく残念なものを見ている気にもなります。

「あったあった。はいこれ」

「あっ! うさこさん!!」

 お兄さんが取り出したのは、紛れもない妹の大事にしているストラップでした。

「よかった」

 とにかくほっとして、涙がでてきました。

「だめだよ、ちゃんと見ていてあげなくちゃあ。お兄ちゃんなんだから」

 うさこさんをしっかり握り締めて頷く拓也の背をひんやりとした大きな手が叩いてくれます。そのリズムに何だか拓也は眠くなってきました。

「また、遊びにおいで」

 笑いを含んだ優しい声をききながら拓也は意識を手放しました。



年が明けました。椎岳の神社は初詣にくる人でいっぱいです。気を抜くと拓也も美由紀もどこまでも流されて行ってしまいそうです。

「おにいちゃんまって」

 べそをかく美由紀のポシェットには白いうさぎのぬいぐるみがしっかりと付いています。

 あのあと拓也が目覚めると自分の家のお布団のなかでした。びしょびしょに濡れてしまったはずのコートも手袋もブーツも皆乾いて干してあります。あれは夢だったのでしょうか? 拓也にはわかりません。

でも、起きた拓也の手には白いうさぎのぬいぐるみがしっかりと握り締められていました。

「おにいちゃん、どこぉ」

 拓也がちょっと考えごとをしているうちに美由紀はだいぶ離されてしまったようです。まったくなんて愚図な妹なんだろうと拓也は呆れました。

「ったくしかたねえなあ。手をだせ手!」

 きょとんとしていた美由紀は、拓也が手をつないでやるとまるでひまわりのようにに笑いました。

「おにいちゃんありがと」

「べっつにー」

 一瞬、妹と手をつなぐなんてかっこ悪いと拓也は思いましたが、その笑顔を見ると、何だか嬉しく、誇らしいような気持ちになってきました。

(うん、いい判断だ。かっこいいぞお兄ちゃん)

 どこからかそんな声が聞こえた気がして、拓也はきょろきょろと見回しました。

(こっちこっち)

 いました。鳥居の上。真っ白な和服を着た髪の長いお兄さんは、にこり、と笑うとそのまま空に溶けて消えてしまいました。

「おにいちゃん? どうしたの?」

「いや、今日はちゃんちゃんこじゃないんだなと思って」

「?」

しっかりと手をつないで歩く二人を、キジトラの猫がじっと見つめていました。それから一つあくびをして目を閉じました。



                   おわり


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