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人機狭間の魔纏機姫〈フランケニズム・マトゥウィザーズ〉  作者: 郁崎有空
一章 ある時始まり、今でも続いて
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3

 自動走行車の乱れて光の乱雑した駐車場。その中で強化甲冑(パワードスーツ)が蹄鉄を打ち鳴らし駆ける。甲冑は諦める気配もなく車を盾にしながらの逃走を続けていた。

 機械犬(メカドッグ)は車をすり抜けて、甲冑を補足。生きている犬にはあるまじき速度で甲冑に迫った。

 甲冑は腹部のスイッチを押す。右大腿部に付属した格納ケースが弾くように開いた。収納口に突き出した外骨格専用の大型自動小銃を取り出し、身体をひねってそれを構える。

 走りながら大型自動小銃を機械犬に向けると、太く金属質の指で器用に引き金を引く。機械犬は何発もの弾道を見切って、なおも追いながら踊るようにライフル弾を避けていった。

 高性能カメラアイは微動さえも見逃さない。そして今、機械犬ゼロツーは甲冑の足元のブレを見逃さなかった。覆面で表情は見えないが、ゼロツーには確かに甲冑の僅かな焦りが見えた。

「おい、そこのデカブツ! そんな外骨格じゃ愛犬ロボにすら追いつかれるぞ! 俺と駆けっこしたいのならジェットと強力なバネを備えてくるんだな!」

 話しながら迫りくるライフル弾をワルツを踊って流れる動作で全てを避ける。そんなゼロツーを見てもなお、甲冑はだんまりを決めて射撃を続ける。

 弾が切れると弾倉を外す、即座に腰部ベルトの金属製頑強ポーチから新たな弾倉を取り出し装填した。ゼロツーは隙を狙って追いつこうとするが操られた車が意図して阻み続ける。

 ゼロツーはひとつ確信した。

 甲冑は神像によって護られている。忽然と現れた甲冑は、少なくとも神像において重要な関係者だったのだ。

 甲冑との距離も縮まっていき、彼を阻む車の数も濃く濃く彩られた。しかしゼロツーは道を塞ごうとする車のボンネットに軽々と飛び移り、幾度もボンネットからボンネットへと渡って甲冑を追った。

 甲冑は大型自動小銃を構えて振り返ると車ごと狙い撃つ。ゼロツーはかわして別の車に飛び乗り、車はボンネットを貫かれ内部の蓄電池を粉砕されて停止した。

 弾丸をかわす犬畜生に鬱陶しさが溜まる甲冑だったが、彼は撃つのに気をかけすぎた。彼の意図せぬ間にゼロツーは、彼の背後の車のボンネットへ着地、ゼロツーを阻もうとした車が甲冑をも囲んでいた。

 甲冑の戸惑っている隙をついてゼロツーは大型自動小銃を持った右腕部へ、特殊合金製の鋭い牙を突き立てる。食い込んだ牙がマスター機の回路を噛みちぎり、右腕部の動作を停止した。

 この凶暴で鋭い牙は対物形態であり、対人形態は無駄な損傷を与えない程度に出力を落として牙の先から麻酔針を突出する。

 ゼロツーは腕部の外骨格を牙で突き破り、人の熱を感じ取って対人形態に切り替える。

 ふと、甲冑左腕部が何かを持つのを感じる。それが何かを気づいた時にはそれはもう目前にあった。

 カメラアイに外骨格用の大型ナイフが貫き、電脳を、ゼロツーを巡る回路までもを抉った。

 ゼロツーの全機能が停止する。甲冑は左手で持った大型ナイフに力を入れて、未だ噛み付く機械犬を腕部から引き剥がした。

 与えられた名は狙撃甲冑(スナイプ・ナイト)。彼は大型ナイフを左の上腕部に装着された可動式の鞘に戻す。先ほどまで自分を煩わせた機械犬の鉄屑をバイザー越しに一瞥し、

「まったく。初日からひどい任務だな」と怒り混じりに吐き捨てた。

 右腕部の故障を気にしながらバイザーに表示された目標地点に向かう。打ち鳴らされる蹄鉄は金属音を立ててコンクリートにこすれ、進行方向を変えた幾つもの車のヘッドライトの中で静寂を打ち破った。



 大剣を払って鳳凰を分離。鳳凰は大空へ飛び立ち、基地に向かって帰投した。

 神像は内部の像を酷く分断されており、煌々と光る赤眼が消えて闇に溶け、多脚は身体を支えるのを放棄するようにひしゃげていた。神像はもはやただの動かぬ鉄屑同然だった。

 夜闇のうっすらと見える神像の残骸を尻目に、ナツミが通信を行う。

「こちらナツミ。スタチューの攻略を完了しました。神像回収班を要請します」

『ああ、ご苦労さん。あと、お友達に顔を見せておけ。心配されて行方不明者扱いなんて嫌だろう?』

「ええ、とりあえず友人には生存報告だけしておきます。ところで、うちの相棒は?」

『ゼロツーなら半身の記憶データに転送されて実体がないままだ。外骨格には逃げられたとのこと』

「そうですか。無事ならいいです。では、失礼します」

 通信を終えて伸びをした。面頬を外し、伸縮杖のスイッチを押して元の三十センチのバトンに戻すと、

魔纏(マトウ)解除」と口ずさむ。

 羽衣に似たヴェールは空気に溶け、スーツは元の制服へと形を戻した。人工筋肉の出力も人並みに戻ると、鞄のあった場所へ行って鞄を拾う。

 PGを起動するとSNSのメッセージに通知があった。それはホナミから送られたものだった。

『いまどこにいる?』

 内容はなんともさっぱりしたものだった。ナツミは片手用に収まった平仮名式の文字入力(ウィンドウ)を起こし、慣れた手つきで文字を打った。

『ごめん、はぐれて別口から出たまま帰っちゃった』

 送信。間もなくして返事が返ってきた。

『無事だったか! 突然ナツミの手が離れて心配してたんだけど、本当に良かった!』

 連絡を終えてウィンドウを閉じたナツミは、PG窓を切り替えて電話番号を入力、発信した。時間差で無人操縦のホバーバイクがナツミの前に現れると共に、通話を終了。

 ナツミの前に現れる、とても表沙汰に出来ない彼女の愛機『褐色烈風騎(カッシキホバー)』。名の通り赤く、車体の分厚い流線型のそれは、バイクというより赤兎馬と呼ぶに値する。

 ナツミは不似合いな大きさの荷台からヘルメットを取り出し鞄を放り込む。

 ヘルメットを着用してホバーバイクに乗り、息を吐いて気合を込める。バイザーを下ろしてジェットアクセルを回した。

『手動モード移行。暗黙ノ規則、速度リミッター解除。良キ風ノ旅ヲ』

「よっし、んじゃ久々にかっ飛ばそうかな」

 ホバーバイクにセンタースタンドなど存在せず、そのまま地を蹴って発進。あちこちと乱雑に停止された自動車やマルチロイドたちを巧みにかわして駐車場を抜け、乱暴な旋回と共に道路へ出た。

 曲がり角の遠くにある『立ち入り禁止』だか『KEEP OUT』だかが書かれているであろうバリケードホログラムが、ナツミの横目に映る。ナツミは褐色烈風騎(カッシキホバー)のディスプレイでマップを確認し、またも乱暴な旋回でバリケードホログラムの見える道路へ疾走した。

 バリケードホログラムには防壁がかけられている。それは一五○センチもの微弱な電磁バリアだった。一応超えようはあるが、わざわざそんなものを越えようとする阿呆はそうも居ない。

 だが十六と年端の行かないこの少女、そんな阿呆の常習犯だった。

 烈風騎をすれすれの位置まで最大加速させる。電磁バリア張りのバリケードホログラムから十メートルほどの場所で馬の手綱を引くようにハンドルを引く。車体を持ち上げジェットを噴かせると、烈風騎は重厚さを逸脱した跳躍を見せてバリケードホログラムを飛び越した。

 円を描いて着地する。コンクリートに車体が擦れて火花を散らした。

 バイザー越しにバリケードホログラムを眺めて笑むと、再びジェットアクセルをかける。先ほどまで見えなかった、夜闇に灯る街路を一直線するが如く走り抜けた。



 草木が奔放に伸びた空き地。築何年か分からないほど朽ちている家。先ほどの街に比べて明らかに発展の遅れた地帯を走っていた。

 ナツミはこんなところに住む物好きの気持ちが知れないとせせら笑いながら、急カーブの道のりを烈風騎で加速する。管理の行き届いていない田舎は未だに警備マルチロイドを配備しないため、目につかない限り加速してかっ飛ばす。

 やがて、いまだ形を保っているのが奇跡である古いアパートが見え、ジェット出力を少しずつ落とす。ブレーキとして後部から二脚を突き出してスピードを落とし、アパート玄関前の床に褐色烈風騎(カッシキホバー)を止めた。

 ひび割れの入ったコンクリート壁に、そんな壁一面をもっさり覆う蔦。ナツミは改めて何一つ魅力を感じさせないアパートだと思った。

 エンジンを止めて石床に立たせる。底面の広い褐色烈風騎(カッシキホバー)はセンタースタンドもなくずっしり腰を下ろした。

 褐色烈風騎(カッシキホバー)から降りたナツミはヘルメットを外す。後ろに結ばれた長い栗色の髪。柔らかい髪が風をなびくと首筋を撫でるようで少しくすぐったい。

 ヘルメットを烈風騎のハンドルに引っ掛けて荷台から鞄を肩にかけた。近場の扉のインターホンを押す。

「一ノ宮です。報告に来ました」

 ドアの自動ロックが解除された。ドアを開けて部屋に入る。がらんどうの四畳半の間には入らず、ドアにもたれかかった。

 やがて滑車が軋みを鳴らして地に沈み込む。工事現場かと思わんばかりに混ざった騒音が耳に痛く、今日こそはもう少しなんとかするように苦情を申し立てることを決めた。

 大きな揺れと共に滑車の音が静まる。バランスを崩しかけたところをドアの取っ手を掴んでしのいだ。

 騒音と揺れで無駄に体力を消耗してうんざりしていたナツミがドアを開ける。開けた先では、点々と小さなライトを配置しただけの薄暗いコンクリート通路が出迎えた。ナツミは迷路のような廊下を気が違いかねないほど進んでいくと、スライドドアにたどり着いた。ドアの前に立つと、ドアは音ひとつ立てずに開く。

 部屋からは冷房からの冷気が流れ出し、電子機器でごった返していた。奥にはデスクに突っ伏すたくましい男の後ろ姿がある。秘密裏の組織、特例災害救助課における主任の不二孝基(ふじこうき)。この無様な姿を指して立派な重役だと言うのは、犬を指してクジラと言うほどの荒唐無稽なことだった。

 傍に立つ鈍色のマルチロイドがカメラアイでじっと見る。理解したマルチロイドは、すぐさま三本指のアームで不二を揺さぶり起こした。男は呆けた声をあげて身体を起こして振り返る。

「なんで来ること知ってたはずなのに寝てるんです?」

 寝起きで目をこすっている不二に呆れた様子で聞いた。

「こんな夜中に起こすなよ。良い子は寝る時間だぞ」

「まだ七時前ですが」

 不二はPGを起動して時計を確認する。特に何も言わずナツミに視線を戻した。

「……まあいいや。しかし、筒の後始末ほど面倒なものはないな。クラッキングなんて妙な機能ついてたせいで手間がさらに増えてやがる」

「そうですか。それで、仕事は終わったんですか?」

「ん? いや、終わったから今寝てるんじゃないか」

「そうですか。じゃあ、今日の報告データ送りますんで」

 ここに来るまでに十五分、そんなすぐに終わるわけがないが、ナツミは疲れていたため黙っておいた。

 手早くPGを通して脳内の記録データをまとめる。それを不二の置いていたデスクトップに送った。

「あと相棒の犬畜生とカモフラージュ昇降アパートについての苦情も送っときますんで」

 脳内で入力した文章データを、PGを通して不二のデスクトップに送った。不二は大層嫌そうな顔をした。

「それじゃあ。ここの寝室借りますんで」

「おう、さっさとおやすみ」

「主任もさっさと仕事終えて寝てくださいね」

 やつれている主任を見て、ナツミは思わずそんな言葉をかける。もちろん、膨大に仕事を残した不二にそれほど寝る時間があるはずがなかった。

前回、機械犬の名前がジョニーだかゼロツーだかはっきりしなかったようですが、


ゼロツーです。ジョニーなんてなかった……


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