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人機狭間の魔纏機姫〈フランケニズム・マトゥウィザーズ〉  作者: 郁崎有空
三章  “Metamorphose”と、彼女は呟いた
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 油臭い臭いに不似合いな白いワンピースを揺らし、埃っぽい屋内を進む。いくつもの倉庫だった建物が改築されて、銃器や強化甲冑から軍用兵器や構造物が置かれている場所、寝室もあり、足りない部分はコンテナで補っている。今いるのは、研究室となった倉庫だった。

 スズナは、中でプレハブを建てた一室の窓を覗き見る。衣服ひとつないまま身体の至る所を鎖で手術台に縛り付けられたナツミがいた。熱に浮かされたような苦悶の表情を浮かべ、時折、抵抗しようと身を動かすが一向に解ける様子がない。鎖はプレハブの外に佇む構造物に繋がれており、一周して連なった赤い目が夜闇に映える。

 全身に威力の低いレーザーカッターの赤黒い痣の軌跡が皮膚に痛々しく刻まれており、関節の各部に手術痕を残している。自分もああなっていたらと思うと、酸いものがこみ上げてきた。

「なーにやってんのそんなとこで」

 背後からの声。スズナが振り返ると、拳銃を向けた中年の男がいた。旗打僧正(ポインタ・ビショップ)と呼ばれた、無精髭と整えられた形跡もない髪型の目立つ男だった。

「ついに忠誠を誓う気になったか? 少しレトロタイプだが、古いものもたまにはいいんじゃないか?」

「冗談。薄汚い獣の仲間入りなんてごめんだわ。あんたらみたいに去勢された野良わんちゃんとは違うの」

「去勢って。俺は一般人枠だぞ」

 男は拳銃を下ろし、プレハブの窓越しの少女を見る。見るも明らかに眉根を寄せた。

「エロティックでグロデスク。おじさんにはとても理解できないかな。あいにく価値を知るに見合う教養がないんだ」

「で? 何しに来たのスケベ」

「監視をね。なんせ今は任務ないし。スケベじゃないよ」

「スケベよ。今さっき、分かってて見たでしょう?」

 男はただ答えることなく苦笑するだけだった。

「下らない与太話でプライベートに首突っ込む気? 卑劣ね」

「……まあいいか。スケベじゃないけど、とにかく怪しまれることはやめとけよ」

 男はタバコのケースとライターを取り出して踵を返す。出したタバコを一本咥えて歩き、出口の前で立ち止まって言った。

「まっ、世間に不満持った仲間同士、仲良くやっていこうぜ」

 スズナは倉庫から出る男の背中を見送り、プレハブ内の光景に一瞥する。ただ眉をひそめて、プレハブに背を向けた。



 潮風が装甲の隙間を鳴らし、蒸した環境下の神経を煩わしていた。足を踏み出すと、フレームのきしむ音が聞こえる。

 約三メートル半もの五機の中型ポリスケルトン『PEXO7』が、鉄梁のような腕がシャッターをこじ開け、自動小銃片手に倉庫内に突入する。ライフルに装着された擲弾筒から催涙弾を何発か発射し、頭部に取り付けたライトを点灯して内部を慎重に歩いた。

 何台もの戦闘ヘリや強化甲冑が見える。整備用具の置いた箱があったり、ボードに乱雑に貼られた設計図や人の作業した跡はあるものの、誰一人反応がこちらない。誰もが警戒して黙するなか、ポリスケルトン装着員の一人が痺れを切らして言う。

『誰もいませんね』

『整備場みたいだが、夜中まで作業した跡が見える。まさか逃げられたか』

『そんなまさか。だったら他の隊員が気づいて報告するはずでは』

『こちらビッグフット04! 構造物らしきものを発見しました!』

『こちらビッグフット02! 灯火された場所を発見しました!』

 搭乗員全員が並行して映された視覚モニターを確認し、その方へ向かう。くぐもったモーターの駆動音が響き、重い図体で踏む蹄鉄が軋みをあげる。

 向かう先は同じだった。ただ視点が違うだけで、ふたつのそれは隣り合っていた。誰もがそのことに気づいた時、鉄扉の開かれた音が重なり合うのを聞く。

『各員準備! 構わず撃て! 容赦はするなよ!』

『こちらビッグフット03! プレハブ小屋に向かいます!』

 明かりに照らされたプレハブ小屋の隣で、波打ち連なった深緑の瞳が灯るのを見る。五組の白い剛腕は小銃を構え、すかさず引き金を絞る。生身で撃てば腕が持たないほどの轟音を立ててほとばしる銃弾は、どれもこれもが手応えもなく軽く弾かれた。

 後退しながら擲弾筒に擲弾を装填。撃とうと構えた時、

『こちらビッグフット03! プレハブ小屋にて少女をか——』

 耳障りな金属音とともに声が途絶えた。

『おいどうした! ビッグフット03! 応答しろ!』

『こちらビッグフット05! 高熱レーザーが03を——』

 深緑の光が一閃を過ぎるとともに、またも通信が途絶えた。隣のスーツは焼けた切断面を見せて崩れた。

『こちら01! 各員撤退だ! こいつはヤバい!』

『了解!』

『了か——』

 04の通信が途絶えた。

 02が擲弾を放つ。命中して爆音を聞くが、しかし損傷の見えた様子はない。後には引けず射撃ながら撤退をし、迷路のような室内を外へ外へと向かう。

 ついにこじ開けられた出口に辿り着く。音もなく、02のカメラが緑の光を映して暗転。01は横で、金属の身が崩れる音を聞く。

 こじ開けたシャッターを抜けて駆ける。その時、01の脚部がバランスを崩した。地に伏したことに気づいた時、別の影が見えていたことに気づく。蒼に輝くレイピアと、あるいは蒼に包まれた細身の影と。

 斬られた痛みも気づかぬまま傷口が冷えるのをかすかに感じ、ただ意識が薄れゆくのを感じていた。



 モニター機器だらけの狭い司令室の中で、サクラとゼロツーとビー助が横一列に並ぶ。ゼロツーは替えのパーツでつぎはぎだらけで、頭部の新しいフレームの色が黄色く骨ばっている。モニター機器に背を向けて椅子に座る不二の前で腕を組んでいた。

「えー……本作戦の目的は『一ノ宮ナツミの救出』および、『AMC基地の摘発』といった具合だな。今活動できるメンバーはサクラ、ゼロツー、フォアファイブといった一人と二機だ。念のため支援要請をしておいたが、何があるか分かったもんじゃない。とにかく頑張ってくれ」

「えっ、私だけでこんなんやれと?」

「不満か?」

「当たり前じゃないですか! 金積まれてもこんなの絶対受けませんよ!」

 サクラがPGに送られた文章データの窓を指差して怒鳴る。隣の機械犬は内部でカシャカシャ音をかき鳴らし、マルチコプターは散々上下に浮遊した後、機械犬の頭上に着地した。

「やめろ! 新品のフレームなんだぞ! 迷惑ハトポッポ! ローター残らずむしり取るぞ!」

 スピーカーからやかましく吠えるゼロツーのもとを。ビー助が弱々しくライトを点滅し離れる。空を切るローター音を発してまたも浮遊した。

 そんな様子をよそに、不二とサクラは会話を続けた。

「今うちで他に活動できるやつがいるか? いないだろうが。他の支部から呼ぶにしても遅いだろうし、とする君しかいなくなる」

「出来なくはないですよ。でもですね、だからって虎穴に好んで特攻なんてごめんです」

「……五割増しでいいか?」

「金の問題じゃなくて。この無秩序な職場をどうにかしてくれってことです。今までわたしと一ノ宮さんでやってきましたが、このままじゃすぐにガタが来ちゃうでしょう? サポートメカはわたしたちありきでしかなく、やっぱりわたし一人で動くしかない。なんでもいいです。どうにかならないんですか?」

 不二は椅子を鳴らして座り込み、深く考え込んだ。ゼロツー達も何か雰囲気を感じたためか、こちらに向き、スピーカーからくぐもった声を発した。

「やっぱこの前アレ逃したのが問題あるんじゃないのか? あんだけ力あるならこっちも楽だったろうし」

「力があっても本人が正しく使えなきゃ意味ないよ。どっちみちあの人はダメだった」

「でもなぁ……このままじゃ本部のここから崩壊しそうでならないって」

 室内が静まる。サクラはため息をつき、言った。

「まあいいです。その代わり、全武装使わせてもらいますけど」

「助かる。こっちも精一杯援護させていただくよ」

「仕事ですからね。とりあえず、相応以上の金と命さえ保障してくれればってやつです」

「俺も新武装搭載を前払いで頼むわ」

 サクラと不二が何か呆れ気味に視線を交える。そして、何事もなかったかのように

「他は何かしらの対策を講じたんですか?」

「もちろんだ。先日、特捜部が戦闘ヘリを追跡して拠点のひとつである倉庫地帯を特定した。特犯一課の『PEXO7』の中型ポリスケルトンが突入をかけたが、全員バラバラ死体として発見された」

 身をよじり背後の机の引き出しから写真を取り出し、それをサクラに手渡した。どれも無規則に切断された金属と配線の内部に焼け焦げた肉と骨の断面を見せる、中型ポリスケルトンの『死体』だった。

 サクラは眉をしかめて口を覆い、見るも凄惨な写真を返す。

「それは参考程度だ。わざわざ倉庫から無人トラック使って運んできやがったと。今までに見ない類の切断面から、中に構造物を配置している可能性が高い」

「ひどい……」

「見せしめだろうな。事実あれで特犯課も動けずにいる」

「わたしもこうなれってことですか?」

「今のまま突入して、そうならない保証がない」

 PG窓にマップを表示させる。海岸沿いに印をつけた華葉市全体マップと、拠点と予想される廃倉庫地帯のマップと、廃倉庫の内部構造を映した立体マップ。それぞれ三つに異常がないことを確かめると、PGをスリープさせた。

「作戦開始は明日の一七○○。その間に全武装の整備を済ませておく」

「了解です」

 何事もなかったようにサクラがビー助を呼んで踵を返す。彼女が部屋を出ると同時に、不二が話しかける。

「ただでさえ過酷な整備を急ピッチで済ませてんだ。だから新武装は——」

「ダメなんだろ? 別に構わねえよ」

「と、言いたいところだがな。彼女らを死なせないと約束できるなら、ちょいと危険だが試作品があるんだ」

 キーボードにコマンドを入力して、モニターのひとつが切り替わる。黄色と黒のストライプカラーの不恰好な箱に砲身を搭載した『試作品』があった。

「強襲用の強化外骨格用にと開発していた新装備『バトルシップ・バスタ』だ。使用時の熱量と反動が凄まじくて搭載すると最大積載量スレスレだが、一発の火力はでかい。これなら構造物に確実に攻撃が通る。装填数は最大三発。今のままじゃ、使うたびパワード体が壊れていく仕様だがどうする?」

 ゼロツーは笑ったように口元を歪めて、

「ああ、誓うさ! こんなもの用意されちゃあな!」

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