四角関係
―――告白事件から一ヶ月が経ち。
「――いい加減、いつまで珂夜の髪をいつまで触っているんだ!!」「五月蝿いわね。貴方だって散々触っていたでしょうが。私の番よ」
「やれやれ。あの髪フェチ二人は面倒だね」
「……私の意志はないの……?」 すっかり集まるための定番場所になった生徒専用会議室。会議がなければ別に使ってもいいよと使用権限を持つ生徒会長に許可を貰っていたりする。智仁は副会長でもあるし、生徒会長とは仲が良いので大目に見てもらっていたのだった。
生徒会で人手が欲しい時は、珂夜や陽太やアイリスが智仁の依頼で手伝いに駆り出されているのでギブアンドテイクっぽい感じだが……。
そして。髪フェチのアイリスと智仁は珂夜の髪の毛をどちらが触るかで揉めており、手フェチの陽太はそんな二人を見ながら珂夜の手を握っている。珂夜は何度目か分からないため息をつき、項垂れていた。
いつもの光景…すっかり慣れてしまった自分に愕然としつつ、毎回毎回同じやり取りはやめてほしいと思っていた。髪の毛だけで人はこんなにも熱くなれるのだろうか…。
陽太は陽太でにこにこと競争相手がいないためたっぷりと珂夜の手を堪能している。こちらも会うたび、必ずを手を握ったり指を撫で回したりと好きにしている。
他の女子生徒が見たら、天使よ!天使がいるわ!と鼻血を噴き出さんばかりに興奮すること間違いなしの笑顔でいるものだから、放してと本当に言いにくい。
あれから陽太と智仁はそれぞれ髪フェチと手フェチであることを隠すことはなくなった。隠すつもりもなかったのだが、珂夜に触れなかったからバレていなかっただけだ。今は誰が見てようとついつい堂々と珂夜に触ってしまっていた。王子達はフェチというその事実は当然の如く瞬く間に学園中に広まったのだった。
実は密かに存在した他の〇〇フェチ達も勇気をもらい、自信をつけるようになったり。黒髪の女子生徒が増えたり。手をケアする女子生徒が増えたり。王子達の影響力は凄まじいものだった。
珂夜に関しても、今のところ懸念していたいじめや嫌がらせはなかった。王子の次くらいに有名なアイリスが側にべったりだったのもあるが、王子達も珂夜がいかに大事か公言しており、手が出しずらいというのもあった。また、○〇フェチ達も好みのタイプの重要性を理解して、応援することを決めており、珂夜達が知らないところでフォローされていたりする。 さて、珂夜には不利益がある友達関係だが、四人で賑やかに過ごせるのは結構楽しい。
誰かを好きになるのか分からないけれどとりあえずこの時間が続けばいいと思っていた。
「珂夜、歴史と国語以外が平均だったな。中間テストが近いから教えようか?」
アイリスとの不毛な戦いに勝ったのか、智仁が珂夜の頭を優しく撫でながら言った。
(ますます手つきが優しくなってドキドキする……)
「う、うん」
智仁は勉強を教えることでさらにお近づきになれるよう考えていたりする。
「ちょっと智、二人きりなんかさせないからね。僕も混ざる」
「私も」
ところが、二人きりになりたいというバレバレの願いはあえなく阻止された。
「仕方ない、いいだろう。俺達の得意科目をそれぞれ教えよう」
「そうだねー」
アイリスも実はテストの順位は高く、十位以内をキープしている。不動の一位と十位以内の二人。珂夜の三十位近辺な成績も悪い訳ではない。ないのだが。ちょっとだけ不安だった。
明日から図書館に集まろうという話が決まり、今日は解散になった。
陽太と智仁は帰る方向が一緒だったので二人で帰っている。珂夜とは逆方向だが、送っていく話は当然の如くアイリスに却下された。珂夜は私と帰るの。今更邪魔をするな、と。
「アイリス・トーウェンのガードが固くて中々距離が縮まった感じがしないな」
「うーん。難しいよね。やっぱり珂夜ちゃんと付き合いたいし、ずっと手を握ってたい」
「俺は色んな髪型に結ってみたいな。……陽太、賭を提案してみないか?」
「賭?」
「ああ。俺達の得意科目をそれぞれ教える提案をしただろう?その教科が前回より点数が高ければ教えた奴の勝ちだ。珂夜をデートに誘えるっていうのはどうだ?」
「――いいかも!!」
そして、一日ずつ日替わりで教えていくのだ。却下だった二人きりも復活だ。
「明日は全員で集まるからな。それで言ってみよう」
「うん」
この企みは結果的には受け入れられた。珂夜は二人きりということでドキドキだが、成績が上がるかもしれないし、アイリスは珂夜といられる時間が更に増えるので渋々ながらも了承した。
第一日目。智仁担当数学。図書館で二人、隣同士で座る。
「――で、この公式を当てはめればいいんだ」
「凄く分かりやすいよ!」
智仁は教え方が上手だった。珂夜の笑顔に智仁も柔らかく微笑む。
(うわぁ…目の毒だよ)
イケメンの微笑みは本当に破壊力がある。珂夜には眩しい程に。 一息ついたところで智仁が珂夜に話かけた。
「俺と陽太と一緒にいるようになってどうだ?」
「どうって…賑やかでいいかなって思う」
「今更だが、強引だったな。すまないとは思うが、俺も陽太も我慢できなかった」
「え?」
真剣になった声色に珂夜は智仁の方を見た。切れ長の黒い瞳の奥が熱を帯びていた。思わず頬が火照る。赤くなったかもしれない。 『目は口ほどに物を言う』
その熱い視線に耐えられず、珂夜は目を反らした。
「俺は、もっと珂夜を知りたい。俺のことも知ってほしい」
ふっと息を吐いて、ぽつりと告げられた言葉。せっかく勉強を教えて貰っているのにその言葉を聞いた後は中々身が入らなかった。
第二日目。物理等。陽太はにこにこと笑顔だが、教え方はスパルタだった。笑顔で不正解と言うのだ。むしろ笑顔が怖い。
「ねえ、珂夜ちゃん頑張って。僕は珂夜ちゃんとデートしたいんだー」
智仁といい、陽太といい、口説くのは止めて欲しい。本当に身につかないよ。
色素の薄い陽太の髪は日に透けて金髪に見える。自分の髪よりも余程キレイだと思う。
だが、陽太も智仁も珂夜の髪や手が一番だと、触っているだけで幸せそうにしてくれている。
私はこれからどうすれば良いかな。向けられる好意に答えを持たず、もやもやするばかりだった。
第三日目。英語。アイリスとは勉強ではなく恋愛相談になってしまった。むくれながらもアイリスは相談に乗ってくれた。むしろ、一年生の時は恋愛のれの字もなかった、珂夜の様子が可愛くて仕方ない。
運命(笑)のテスト結果はまた次回。