白王子と黒王子
私立桜桃(おうとう)学園。名前の由来は創立者が桜と桃の花が好きだったことからつけられた。高校から大学への一貫教育でエスカレーター式に進学できる。
珂夜(かや)はそこに通う高校二年生。
今日もいつも通りに登校して教室に向かい、中に入り、自分の席に向かう途中にある人物達に声をかけられ―――固まった。
「君が好きなんだ。付き合ってほしい」
漆谷智仁(うるしたにともひと)が真剣な表情で告げてきた。
「智よりも僕と付き合ってほしいな。どう?」
白井陽太(しらいようた)は輝くばかりの笑顔で言った。
二人の告白。
(…人違いじゃない?)
目の前で起こった突然の出来事に珂夜は誰かと間違えていると思った。
漆谷智仁と白井陽太は学園の二大アイドルだ。入学時から注目をされ、それぞれが黒王子と白王子と呼ばれキャーキャーと女子生徒に騒がれている。
黒王子こと漆谷智仁。整った顔立ちで、やや切れ長の目は黒ぶち眼鏡で柔らかく見える。基本的にクールだが、時折見せる笑顔が破壊力抜群でギャップがありすぎる魅力を持つ。成績優秀で、生徒会副会長の役職に就いていた。
副会長というポジションがポイントで、学園を牛耳る影のリーダーで腹黒ではないか―という噂があったりする。
その噂と姓である漆谷→漆→塗ったやつって黒いよね→黒だね→黒王子っていいんじゃない→じゃあ、黒王子って呼ぼうということになった。
片や白王子こと白井陽太。常にキラキラ笑顔を絶やさない癒し系イケメン男子。全体的に薄い色素で、髪の色は染料いらずの明るい茶色。目の色も茶色で、肌は女子泣かせの白色。女装させたら敵わないとも言われていたりする。
色素が薄いのと笑顔で→天使や!→天使と言えば白か→黒王子がいるから白王子とか呼んだら対比できていいんじゃない?→名字も白井だし。じゃ、決定。
こんな具合に決まった二人の通称はあっという間に学園中に広まっていった。
学園二大アイドルに声をかけられただけでも凄いことなのに、よりにもよってその話の内容が告白である。しかも、朝の教室で。衆目を集めている中で。固まるのは当然である。人違いと思いたくなるのも当然である。
珂夜はようやく衝撃から立ち直り、二人から逃げようと動いたら――陽太に右手を握られた。
とっさのことに反応が遅れる。
手は陽太の口元へ――。 ちゅ。
口づけられた。
「春日珂夜さん。聞いてる?人違いじゃないから。僕と智は君のことが好きなんだ」
ダメ押しの言葉。間違ってないようだ。
キャーとか、おぉーとか周囲のざわめきがより一層大きくなった。どうやらかなり注目されている。
(私の平和な学園生活が…終わった)
今度はさすがに逃げ出せなかったので、放課後また会う約束をして解放してもらった。何よりホームルームが始まるし、周りが騒ぎ過ぎて収集がつかなくなってきたからである。ちなみに二人ともクラスは別である。おそらく確実に会えるであろう――朝の時間帯、ホームルーム前にわざわざ会いに来て告白してきたのだ。さらに衝撃を受けたのは言うまでもない。
しかし、授業中も皆の興味津々な視線と嫉妬や怒りの視線は痛かった。特に女子の視線は殺意すら感じてしまう。
(早く帰りたい)
今ひとつ集中できないので現実逃避を図る珂夜。自分が好かれる要素が分からない。一体どこに魅力があったのだろうか?
さっきのプロローグで失礼なほど語られた自分の平々凡々な様子からでは自惚れと馬鹿にされそうだ。
そもそも珂夜は二人を恋愛対象に見ていなかったし、告白されたところで大変迷惑である。
(放課後会ったら聞いてみるべき?これはもしや、罰ゲームみたいな何かでからかわれているだけかも!?そうだ。絶対にそうだ。皆の視線は一時的なものだ。誤解ですよーと言おうか。…いや、むしろあの二人を唆した犯人を探したほうがいい!!)
やはり好かれる要素が思いつかなかったのでこれは罰ゲームだと結論付けた。かなりタチの悪い罰ゲームである。
(このままだと私の身が危険すぎる…。むしろこれからいじめとかあったら学校通えないよ)
授業そっちのけで鬱々と考え続ける珂夜であった。
そして。時は過ぎゆくもの。
無情にもやってきた恐怖の放課後。
廊下から徐々に聞こえてくる歓声。声は段々大きくなってきているので二人がこっちに向かって来ているのが分かる。
クラスメイト達は誰も帰らない。休み時間も遠巻きに珂夜を伺っていただけだから、このまま成り行きを傍観するつもりのようだ。
珂夜は死刑宣告を受けたみたいに顔が青くなり、体の震えが止まらなかった。 死刑執行者(仮)二人の教室のドアを開けた音がした。さらに近づいてくる足音。
「お待たせー。春日珂夜さん」
(待ってない!!)
テンション高めの陽太の声。
珂夜は心で突っ込む。
「―朝はいきなりで驚いただろう。すまない」
(本当だよ!!)
智仁の気遣う声。
怖くて応えられない。また心で突っ込む。
「えっと、このままじゃなんだし。場所を移動しようよ」
「そうだな。俺達が本気だということを分かってもらいたい。じっくり話そう」(私はすぐに帰りたい)
拒否権は無いようだ…。 珂夜は頷いた。
周囲を避けつつ、三人が移動したのは生徒会室の隣の生徒専用会議室。ここでは様々な委員会の会議が行われている。ちなみに施錠可で防犯できる。
三人は会議室に入り、一息をついた。二年生の教室の廊下は人が多く、人波を掻き分けて来たようなものだからだ。
「とりあえず、朝言ったことは本当だから」
陽太がおもむろに言いだした。智仁も肯定する。
「ああ」
「罰ゲームじゃないんですか?皆で私のことからかってるんでしょ?」
「ええーそんなわけないよ。どうしてそうなるの?君をからかう奴がいたら、僕達は許さないよ」
「そうだな。春日さんは信じてないようだから、何度も言うけど、俺達は本気だ」
(嘘。騙されるか!)
「―まだ信じてないね」
珂夜の顔を見て二人はため息をついた。こちらは真剣なのに、気持ちは伝わらないようだ。
「理由は?私をす、好きになった理由を教えて下さい」
勇気を出して珂夜は噛みながら理由を聞いてみた
「僕、手フェチなんだ」
「俺は髪フェチだ」
(は?)
「春日さんはまさに僕達の理想の人なんだ!!」
二度目の衝撃。