気になるあの人
動物園で珂夜が女子大生に絡まれた後ーーー。
智仁が連絡した陽太とアイリスが駆けつけてくるまで、珂夜はずっと智仁に抱きしめられていた。珂夜の震えが止まらなかったせいもあるが、チャンスと思った智仁が中々離さなかったのである。合流した二人がすぐさま引きはがすまで、服が汚れるにも関わらず、ずっと珂夜を腕の中に閉じ込めたままだった。珂夜も最初は恐怖が大きかったが、そのうち羞恥に変わっていったのは言うまでもない。
もうそのまま園内を回る気力がなくなり、早々に解散した。当然、珂夜のことを心配してくれ、全員で家まで送ってくれたのだった。
特に陽太と智仁の心配は異常だったと記しておく。
またいつもの放課後。会議室に集合した四人。ここでも珂夜に対する心配はつきていなかったようだ。
気遣わしげな表情をして珂夜の手を握る陽太。いつもより頭を撫でる手つきが優しい智仁。それらを怒りを抑えながら眺めているアイリス。正直もう平気なのでそんなに気を使ってもらわなくともいいのだが。このままだと意識してしまう。特に頭を撫でる手の大きさと温かさを。その手で抱きしめられたことも。いつものやり取りなので止められないけど。
陽太も智仁もイケメンだから最初は恋をすることすらあり得ないと思っていた。いくら好きだと言われ、どちらかとつき合ったとしても苦労をする事しか思い浮かばなかった。だけど、四人で一緒にいるのが楽しくなってきて。ずっと一緒でいいじゃないかと思い始めた矢先ーーー動物園で起きた事件。冷水をかけられたようだった。あんたは相応しくないと堂々と絡んできた女子大生。
今後学園外でもちょっかい出されるかもしれない。いくら陽太と智仁が守ると言ってくれていてもまた同じ事が起きるかもしれない。その時、珂夜は皆に心配はかけたくないと思う。
皆に迷惑をかける前に、これ以上意識する前にいっその事離れた方がいいのかもしれない。近づいてきたのは二人の方なのでそんな事は気にしなくて良かったのだが、珂夜は思い至らず。我が身の可愛さと心配をかけたくない恐れがぐるぐると広がりーーー、珂夜は言葉を発しようとした。
「………」
「珂夜ちゃん、本当にごめんね。怖い思いさせて」
「ああ。守ると言ったのに情けないな」
「え…」
何度目かの謝罪。絡んできたあの女子大生たちが悪いのに、陽太と智仁が謝ってる。
「そんな私はもう平気だから。大丈夫だよ」
この台詞も何度も言っている。絡まれた時は本当に怖かったけど、智仁が駆けつけてくれたから。服が汚れるのに抱きしめて慰めてくれたからーーーーー。
顔が火照る。撫でる手を意識してしまった。
「珂夜ちゃん?」
「珂夜?」
ヤバい。肝心の智仁は後ろにいるので大丈夫だが、前に座っている陽太とアイリスには顔が赤くなっているのが分かってしまう。慌てて俯く。
「何でもない」
「ふーん?」
いや、アイリスには感づかれたかもしれない。ニヤニヤしているようだ、違うと言いたい…。
結局、何も言えないまま解散になった。
大きな暖かい手の感触がとても安心できた。
「ねえ。ちょっといい?」
「どうしたの。アリー」
「珂夜のことでね」
「珂夜ちゃんの?」
翌日の放課後、いつもの通りに会議室に向かうため廊下を歩いていた陽太にアイリスが声をかけてきた。階段下に誘導される。
「話って何?」
アイリスは余計な事かと思ったが口を開いた。
「漆谷と珂夜なんだけど。あの事があってから珂夜がおかしいじゃない?多分、漆谷を意識し始めたと思ってね」
「えー、それを僕に聞く?一応ライバルなんだけど。あとまだ珂夜ちゃんから返事はもらってないから分からないでしょ?」
アイリス的には答えが出ていると思っている。非常に悔しいが。
「珂夜は釣り合わないとか思って気持ち抑えてるかもしれないけど、間違いないよ」
「本人から答えを聞くまで僕が身を引くことはない」
「私はね、これ以上珂夜に傷ついて欲しくないだけ。板挟みになって苦しみそうだから」
「それでも。僕だって諦めたくない」
陽太は寂しそうな笑顔であの子は理想なんだと続ける。アイリスだって黙って応援するつもりだったが、相手は学園二大アイドルである。いつまでも二人に構われていたら珂夜の評判が悪くなってしまうだろう。現時点で智仁が気になるようであればそちらとくっついちゃっていいんじゃないの?と思ったのだ。陽太には悪いけど。
実際、二人ともアピールは頑張っていたのだ。頭を撫でたり、手を握ったり、色々囁いて……セクハラまがいだけど。側で見守ってきたのでそれらが中々実っていなかったと分かっていたのだが、動物園事件の後になるとあきらかに珂夜は変わっていた。親友としては何とかしたかったのだ。
「でも……やっぱり、答えを聞きたいから…先に行ってるね」
陽太は先に会議室に行った。去っていく後ろ姿を見ながら、アイリスはため息をついた。陽太に諦めさせようとしたけれど、無理だったようだ。珂夜自身に答えを出してもらうしかない。
(珂夜は答えを出せるのかな?)
珂夜自身は目立たないように過ごしてきたのだ。それが陽太と智仁の告白によって覆された日常。その弊害で危険な目に合う可能性も出てきた。このままではいられないと思っているのかもしれない。
(私は珂夜に幸せになってほしい)
アイリスの思いはそれだけ。珂夜の笑顔と髪を守りたいだけ。
アイリスもゆっくりと会議室に向かった。
陽太とアイリスが話をしていた頃。図らずも先に来ていた珂夜と智仁は二人っきりになっていた。
お互いがお互いに意識してしまい、どこかぎこちない。
珂夜は何だか気まずくて。
智仁は距離を縮めたくて。
昨日まで普通に接していたはずだが、二人っきりになった途端どうしていいか分からなくなってしまった。
(うう……どうしよう)
ちらっと隣を見てみる。すぐ右隣に座っている智仁を。
目があった。智仁もこちらを見ていたようだ。
すぐに目を反らした。でも、智仁はこちらを見つめたままなのだろう。視線を感じる。
「……陽太君と智仁君は」
「ん?」
「このままでいいのでしょうか」
「それは四人で一緒にいることか?」
「……はい」
「最初の告白は断られて、無理に友達関係をお願いしたのは俺達だからな。やはり迷惑なのか?」
「いえ……私の方が迷惑かけると思って」
「俺は君の側から離れない。…陽太もな」
「でもっ」
智仁の手が珂夜の頭を撫でる。
「頼むから、側にいることを否定しないでくれ」
珂夜はまた何も言えなかった。自分の頭を撫でる手が、話しかける声が、かすかに震えていたので。
(結局、私は自分が傷つくのが怖いだけなんだ)
智仁が気になっても踏み出すことができない珂夜は。陽太とアイリスが会議室に来てからもずっと黙ったままだったーーー。




