jupiter
男子中学生のとりとめもない日常。
下ネタ多め。レベルが中学生なのでそこまで心配はいりませんが笑
――BUMP OF CHICKEN『天体観測』Now playing
「このふゅーん、って音って、どうやって出すんかね?」
CDプレイヤーの再生ボタンを押すや否や、三人に向かって加賀美理玖が尋ねた。
「ギター買ったくせにフィードバックも知らないのか?」
浅尾一穂は呆れたように言った。
「独学なんだからしゃーないだろ。ギター買っただけでもう財布カッツカツだっての」
「ごぜーん、にじー、踏切にー」
「理玖さ、金って全部自腹?」
真下曹一朗がねっ転りながらも、プレイヤーから聞こえてくる曲のリズムに合わせて身体を揺すりながら言う。
「自腹だよ。うちそんな余裕ねえし」
「そうだっけ? おまえんち凄くでかくて綺麗じゃん? むしろ俺のベース代を出してほしいくらいだ」
そう言って曹一朗はエアベースを親指で叩きつける。
「にふーんごに、きみがきーたー、大袈裟な荷物しょってきたー」
「スラップはお前にはまだ早い」
浅尾一穂が毒づく。
「いいじゃねえかよ。だってカッコいいじゃん、スラップ」
「ベースの良さはあんま分からんわ」
理玖が興味なさそうに言う。
「ベースの良さが分からんとは、お前もまだまだおこちゃまだな」
「ふーかい、闇にー、飲まれない様にー、精一杯だった」
「曹一朗って、洋楽とか最近聞いちゃってる感じ?」
「君のー、ふるえーる手を」
浅尾一穂が馬鹿にした様な顔で言う。
「なんだよ、お前ら洋楽馬鹿にしてんのか!? お前ら一遍聞いてみろよ。オアシスもビートルズもマジでかっこい、」
「見えない物を見ようとしてー! 望遠鏡を覗きこんだー!」
「さっきからうるせえぞ水嶋琢磨! ちょっとは会話に参加しやがれ!」
曹一朗が唾を飛ばしながら叫ぶ。
「折角曲掛けてんだから曲聞こうよ」
琢磨は悪びれる様子もなくそう言った。
「そうだぜ中二病。たっちゃんの言うとおりだって」「中二病はもう少し落ち着いたらどうなんだ?」
理玖と浅尾一穂が同時に言う。
「中二病って言うんじゃねえよ!」
「いや、そんなことよりもさ」
「言うだけ言って流すんじゃない!」
曹一朗の必死の叫びを無視して理玖が言う。気付くと曲は二番に突入していた。
昼休みの音楽室には四人の男子生徒がいる。その四人は各々教室の床の上に寝そべり、それぞれの休まる体勢で音楽に耳を傾けている。
CDを持ってくるのはもっぱら曹一朗か浅尾一穂だった。今日は曹一朗がBUMPの『jupiter』を持ってきていた。
昼休みに屋上が解放されているというのはあくまで漫画やゲームの中の話であることはよく知られている。御多分に漏れずこの学校も屋上を開放している時間帯はなかった。
中学生が時間を潰すのは、基本的には校庭であった。活発な生徒たちは、ドッジボールやバスケットボールに興じたり、鳥篭で特定の友人をはめたり、なぜか真剣勝負でトラックを走り回ったりしていた。
そんな生徒たちがいる中、運動が苦手なこの四人は、昼休みは基本的にこの音楽室にやって来る。そしてそこで各々が持ちよったCDを掛けあっているのだ。
「そんなことよりも何だよ?」
浅尾一穂が面倒くさそうに理玖の次の言葉を促す。
「俺は今、『おっぱい』の謎について皆と語りあいたいんだ」
と大真面目にそんなことを言ってのけた。
途端三人の顔色が変わった。引いている訳ではない。それは決して下ネタを忌避している顔ではなく、
「長くなるぞ。それでもいいんだな?」
ノリノリの馬鹿野郎たちの顔であった。
「俺たちって、なんで『おっぱい』を見たら興奮すんのかな? よくよく考えてみたら、あれってただの脂肪の塊じゃん」
「確かに俺もそれは気になっていた。小さかろうが、大きかろうが、そこに膨らみがあるだけで俺はなぜ興奮しているのだろうかとよく考える」
曹一朗はいつの間にか胡坐をかいて腕組みをしながらそう言った。
「それは主に賢者モードの時だよね」
琢磨がニヤニヤしながらそう言った。
「それにはまず、『おっぱい』に関してもっと深い見識がなくてはならないな。おい貴様ら、どうして人間だけがあんなに大きな『おっぱい』を胸につけているのか知っているか?」
「知らん」「知らねえよ」「知らないねえ」
「いいか、これはとある生物学者が言っていたのだが、もともと猿は四足歩行で、雄の猿は雌の胸よりも尻に魅力を感じていたらしい。しかし、進化の過程でヒトは二足歩行するようになり、そのままだと尻が邪魔だから尻が退化し、その代わりに胸が大きくなったらしんだ」
「おいおい、そりゃマジか。それはつまり、『おっぱい』は尻の代用物ってことか?」
曹一朗は真面目腐った顔で尋ねる。
「そういうことだ。まあそれが分かった所で、そもそも猿がなぜ尻に魅力を感じていたかまでは知らんがな」
「ちょっと待て、話がよく分かんねえ方に逸れちまってるぞ。今回はそういう話はなしにして、純粋に『おっぱい』の魅力について語ろうぜ」
全員が姿勢を一旦立て直す。
「『おっぱい』を触ったことあるやつってこの中にいるか?」
「いないことくらい分かってるだろ」
「愚問だな。触ったことがあるのなら、こうやって一々面倒な議論等必要ないだろ?」
「というか、そもそもうちの学年で女子の胸揉んだことある人いるの?」
全員がうーんと唸る。
「野球部の高柳とかは? エースで四番の次期部長」
「あー、ありそうだな。ってか絶対あるわ。だってあいつ、女バスの溝中真由子と付き合ってるって話だしな」
「溝中か。あいつはいかにもヤリマンという雰囲気を漂わせているからな。噂によると、初体験はこの学校の体育倉庫で済ませたとか」
「それ僕も聞いたよ。マットに血が付いてるのを誰かが見たとか」
「いくらなんでもデマだろそれ。学校で犯ってどうすんの?」
――BUMP OF CHICKEN『ハルジオン』Now playing
「なんか野球部の連中と女バスの連中ってとっかえひっかえ付き合ってるらしいじゃん?」
「中学生の恋愛なんてそんなもんなんじゃねえの?」
「一種のステータスだろうな。そこに恋愛があるとは到底思えん」
「かずくんの恋愛ってのも全然想像出来ないけどね」
「そもそもさ、高柳って全然顔カッコ良くなくね?」
「それはよく分かる。あれほとんどジャガイモだよな。プロ野球だと福留孝介にそっくりだ」
曹一朗が高柳のジャガイモ顔を再現する。
「あとよくあるのが、足が速いだけでモテるやつ」
「ああ、それもよくいるわ。小学校の時なんて、学年で一番足が速いけど顔がただの猿だった山西がめっちゃモテてたからな」
「おい貴様ら、いつの間にか話が『おっぱい』から僻みにずれているぞ」
「そうだよ『おっぱい』の話だよ。ってかたっちゃんさ、お前この中だと一番顔いいんだから何か浮いた話ないの?」
理玖が琢磨に話を振ると、他の二人の目が一斉に彼の方に向いた。
よく見ると、水嶋琢磨は普通にハンサムな分類に入る。ただし運動が壊滅的なため体育の時間はそのカッコ悪さをいかんなく発揮してしまう。しかしそれを差し引けば普通に男として魅力がある方なのではないかと、残りの三人は思っていたのだ。
「あるよ。美術部の松本にコクられた」
一瞬の沈黙。しかし静寂はすぐに終わる。
「おまえなああああ」「隠してやがったとは……」「これは処刑だな、処刑」
と各々文句を垂れている。
「でもさ、松本だよ? あの眼鏡の松本だよ? 三人とも、あれにコクられて嬉しいの?」
「でもさ、松本って『おっぱい』大きくなかった?」
松本とは、琢磨の所属する美術部の同級生である。学年でも冴えない部類に入り、彼女を好きな男子はまずいないと考えた方がいいだろう。顔は普通に悪いし、性格も根暗。ただし、胸だけは大きかった。
「そう言えば結構あったかな。でも、松本だしなー」
「いいじゃんもうこの際松本でも! 早く『おっぱい』揉んで俺たちに感想を伝えろよ」
「俺、たっちゃんが『おっぱい』揉んだら、たっちゃんのこと『おっぱい師匠』って呼ぶわ」
「僕たちを出しぬいた罰だ。早く松本の『おっぱい』の触り心地を僕たちに伝えることだな」
――BUMP OF CHICKEN『メロディーフラッグ』Now playing
「相変わらずお前たちは真っ昼間からしょうもない話ばかりしているな」
さっきから恐らく話を全部聞いていたであろう音楽教師の江村陽子先生が、呆れ顔で四人の阿呆に向かって言った。
「先生は女性だから、『おっぱい』の魅力は分からんのですよ」
「馬鹿だね加賀美は。あたしくらいになれば、経験上男が女の何が好きかくらい分かるっての。まあお前たちみたいに馬鹿な中学生の考えることくらいなら誰でも分かるけどね」
江村先生はピアノの上で書類を整理しながらそう言った。
「それはつまり、先生は経験豊富ってことですか?」
曹一朗の問いかけに、なぜか他の三人が唾を飲んだ。
先生はニヒルに笑いながら、「さあね」とだけ言った。
「先生、付き合うなら、この中だと誰がいいですか?」
「全員無理」
「即答した!」
「じゃ、じゃあ、うちの学年全体なら、誰と付き合えますか?」
尚も理玖は食い下がる。
江村先生は一度手を止めてうーんと唸った。そして四人の方を向いてこう言った。
「高柳かな」
「先生も運動が出来る奴がいいって言うんですか!?」
曹一朗が半泣きになりながら迫る。
「いや、なんかあいつ、色々と上手そうだからね」
「「何が!?」」
理玖と曹一朗が同時に叫ぶ。
「それは大人になったら分かる」
江村先生は再び資料に視線を戻して言った。
「先生が僕らを大人にしてくださいよ」
「さっさと帰れ腐れ童貞ども」
「それはあんまりだ!」「その発言は鬼だ!」「撤回を求める」「教師が吐く台詞じゃないです」
そうして四人は各々文句を垂れた後涙にくれた。
すると、学校全体に予鈴が鳴り響いた。江村先生は手をぱちぱち叩きながら、「ほら、さっさと帰った帰った」と言った。
曹一朗はケースにCDをしまい、胸元にそれをしまいこんだ。
音楽室から出た瞬間、曹一朗が唐突に尋ねた。
「理玖さ、宮永と付き合えば『おっぱい』揉めるんじゃないの?」
「だから、この前も言ったじゃん。俺たちはそういう風にはならないって」
「あれで二人は付き合ってないのか?」
「あれで駄目なら、僕はもう女の子とどうやったら付き合えるのか分からないよ」
四人は靴箱から上履きを取り出す。そして全員で靴を履きながら、理玖がボソッと言った。
「そんなの、あいつに聞いてくれよ……」
「何か言った?」
「何でもないよ」
四人は背中に寂しさを湛えたまま、教室へと続く廊下を走った。
これでおしまい。
続きは特にありません。