小話
馬車の中で
オルガ&アイゼン
「オルガ!」
「はい」
馬車に揺られながら、二人で寄り添うように座って
いると突然アイゼンに名前を呼ばれた。 アイゼンの胸に頬をくっつけたまま、静かにその鼓動に耳を傾けていたオルガ紅潮した頬のまま、そっと上 目がちにアイゼンを見上げる。
「………オルガ」
見上げると、アイゼンが苦しげな顔をしてこちらを見下ろしてきた。オルガは下から見上げると、いっそう 夫のクマがひどく見えて、ちょっとアイゼンの身体が心配になった。オルガは名前を呼び続けるアイゼンの 顔に手を伸ばすと、そっと眼の下に指を滑らせる。
「…………なんだ?」
「あなた」
「アイゼン」
「……アイゼンこそ、どうしたのですか?」
あなたというの即効訂正したアイゼンに、オルガはこみあげてくる笑いを抑えながら、先ほどから様子がお かしいアイゼンを見る。
「目の下のクマがひどいわ。それにちょっと、おかしいから、帰ったらすぐに寝た方がいいわね」
「それはいい、寝ない」
「でも、」
「寝たくないんだ」
「はあ……」
心配して言っているのに、駄々っ子みたいに声を上げるアイゼンに、オルガは首をかしげる。
「でも、今日寝てないでしょう? そんなに大事なお仕事があるの?」
なら仕方がないというオルガに、アイゼンはぐぐぐっと唇を噛む。オルガを迎えにいくために、レイモンド に昨日の仕事を全て任せてきたから、今日は絶対に仕事をするべきだというのはわかってる。
しかし―――。
アイゼンは自分の胸の内で、全体重を預けてきて安堵した様子で胸に頬を摺り寄せてくるオルガを見下ろし て「限界だ」と呻いた。