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Call my name  作者: 森彩子
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Call my name 番外編 3


「もう寝ましょう」

「珍しい誘ってるのか?」

 膝の上で頭を乗せたままこちらを見上げてくるアイゼンを見下ろしながらオルガは深いため息をついた。オルガのため息っぷりに、アイゼンはにやりと、実に嫌な予感のする笑みを浮かべてそのまま手を上げてくる。頬に伸びてきた手を避けようとするが、膝にアイゼンの頭を乗せたままでは避けるにも限界がある。アイゼンの厚くて固い掌を頬に感じながら、オルガは弱り切って目じりをさげる。本当に嫌ならばアイゼンの頭を膝の上から落として、さっさと寝室に籠城すればいいだけの話なのだ。それなのに、結局こうしてアイゼンのなすがままになっている自分に、オルガは痛む眉間を抑える。

……惚れた弱み、というのだろうか。

 オルガは自分の頬が赤くなるのを感じて、そっと目を伏せる。

「………急に熱くなってきたな」

 オルガの頬を撫でながらアイゼンはニヤニヤする。三日月形に歪んだ瞳を見下ろしながら、オルガは心の中で「意地悪な人」と詰る。何故心の中だというと、それを口にしたらアイゼンが喜ぶと知っているからだ。これ以上、アイゼンを調子に乗せるのは得策ではない。

 オルガは冷たい視線でアイゼンを無言で見下ろした。

「…………なんだ?」

 なんだ、と極上の甘い声で囁かれる。オルガはそれでも負けないで、絶対零度の視線でアイゼンを見下ろす。口より如実に語る瞳で、お前うざいと精一杯心を込めて。

「オルガも寂しかったのか?」

 ああ、この人には私の思惑なんてすべて筒抜けなんだろう。オルガが必死になってあれこれ考えているのを楽しんでいる様子のアイゼンにオルガは口を閉じる。

「オルガの言う通り、今日はもう寝ようか」

 オルガの膝からようやく頭をあげると、覗きこみながら首をかしげる。オルガは黙ったまま首を縦に振ると、そのままアイゼン促されて立ちあがった。何を言っても結局は同じ、最後にはアイゼンのしたいようになってしまうのだ。





「………アイゼン様」

「んっ?」

「今日は本当に無理だわ。お付き合いできないです」

 アイゼンがただいまのキスをしてくる前に、オルガは先にくぎを刺した。

 アイゼンはオルガの肩に手をまわしたまま、じっとオルガに視線を向ける。不服丸出しなアイゼンに、オルガは再び口を開く。

「今日といいますか、しばらく無理です」

「……いつもよりちょっと早くないか?」

 デリカシーというものをこの人は母親のおなかの中にどうやら置いてきてしまったらしい。三白眼でアイゼンを見上げると、アイゼンは思いのほか真剣な顔でこちらを見下ろしてきた。

「身体の調子が悪いのか?」

「……悪くはありません。それに、それでも……ないです」

 アイゼンはオルガの肩を引き寄せ、強引に廊下を歩きだす。オルガはアイゼンの大きな歩幅に小走りでついていく。いつもだったらこちらの歩幅に合わせてくれるのに……どうやら軽く不機嫌らしい。夜の生活を拒否しただけで、一気に機嫌が悪くなったアイゼンを見上げながらオルガは逸る胸を抑えた。

 寝室に連れ込まれたオルガは、アイゼンが静かにドアを閉めるのを見つめる。

 どうせ伝えるならふたりっきりのほうがいい。寝室に連れ込まれたのは好都合だった。

 オルガが意を決して口を開こうとした瞬間、アイゼンの大きな手がこちらに伸びてくる。アイゼンはオルガをぐっと持ち上げると、そのまま寝台の上に横たえられる。

 オルガは近付いてきたアイゼンの口を掌で受け止めた。オルガの唇めがけて落とそうとしていた口づけを拒否されたアイゼンは掌に戯れのような口づけを落としながら、オルガの耳元から首筋を指先で丹念になぞり始める。

「さっき、言いましたよね」

「聞いただけだ。頷いてはいない」

 首筋をなぞられるたびに反応するオルガにアイゼンは満足げに頷く。オルガは間近で見たその表情に心の中で馬鹿と詰る。

「本当に無理なんです」

 オルガが拒否をしめし、両手でアイゼンの胸を押し返し空いた隙間から横に転がり出る。するりと腕の中から抜け出てしまったオルガに、アイゼンは手を伸ばすが、その手はオルガの手によって叩き落とされた。

「いきなりどうしたんだ?」

 乱された胸元を抑えながらアイゼンに背を向けていると、耳の後ろから直にアイゼンが声を吹き込んでくる。オルガは全身に鳥肌がたつのを感じて逃れようとするが、それがおもしろかったのかアイゼンは笑って話そうとせずに、更に耳下で吐息混じりで囁き続ける。

「オルガ……」

 ふっと息と共に生温かいものが耳の裏をなぞった。なめくじのようなそれに、オルガは全身に鳥肌を立たせるとそのまま手を振り上げた。

「がっ……」

 実に情けない声を上げてアイゼンが背後から消えると、オルガは涙目になりながら急いでベットから飛び降りるとそのまま後ろも振り向かずに走りだした。







「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 アネットはオルガの手を握り締めながら、ほうっと疲れたようにため息をついた。

「それにしても、アイゼン様は本当に………ねぇ」

 同意を示すようなアネットの言葉に、オルガは頷きながら紅茶を啜る。

「あなたが来る前はもっと落ち着いていたのに、すっかり幼な妻に骨抜けね」

 アネットがちゃめっけたっぷりにこちらにウィンクしてきたので、オルガは更に肩を縮ませてソファーの上で小さくなる。オルガの赤く染まった耳を見つめながら、アネットは口元が自然を歪むのを堪え切れずにニヤリとほほ笑む。すっかり落ち着きを無くしてしまい恥ずかしがるオルガをお菓子にアネットがゆったりと紅茶を啜っていると、耳に呼び鈴の音が入ってくる。アネットはその音に気がつかない様子のオルガを見てほほ笑む。噂をすればなんとやら、どうやら彼女の最愛の馬鹿な男が姿を現したようだ。

「やはりここにいたか…」

 いつもの仏頂面で現れたアイゼンはソファーに腰を下ろしたままのオルガを見下ろしながら息をつく。そこにはどこか安堵した色が見えて、アネットはうふふと頬笑みながら二人を見つめる。

「ごめんなさい」

オルガが顔を上げると、顎の下あたりを赤くしたアイゼンがそこにはいた。オルガは実に申し訳なさそうに謝罪を続ける。

「殴るつもりはなかったの…」

「……あれは、俺も悪かった」

 アネットはもっていたカップを落としそうになった。まさか、まさかあのアイゼンが謝るなんて――。アイゼンを冷たい男だと詰りながらも、メロメロだった友人たちに見せてやりたい。この腐抜けた顔をみたらきっと彼女らも考えを改めざるをえなくなるだろう。女性の前では万年凍結していた表情が実に表情豊かに動くのを見ながらアネットは焼き菓子に手を伸ばす。

「……帰ろう」

「今度は、いやなことはしませんか?」

 アイゼンが手を差し出しながらそういうと、オルガはずっと俯いたままだった顔をあげて涙で潤んだ瞳でアイゼンを見つめる。

 アイゼンの実に素直に間に、アネットは笑いを噛み殺す。そんなアネットに気がついたのか、アイゼンの暗い瞳がこちらに向けられる。アネットは慌ててその視線から目をそらすと、そしらぬ顔で紅茶を啜るのだった。







 その後仲良く帰りの馬車にのった二人をアネットは見送った。

 三日後に先日の訪問の詫びの品をもって訪れたオルガは、静かに頬笑みながらまだなんの変化も見られないお腹に手を添えながら、三日前の晩におこったことをぽつぽつと語ってくれた。

 オルガの「妊娠した」という告白に、アイゼンは話を聞いてるだけで笑っちゃうほどの動揺っぷりだったらしい。その翌日から、まだ早いというのにベビー用品を抱えてかえってくるようになったアイゼンを困ったものだとオルガは実に幸せそうにほほ笑んだのだった。







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