Call my name 番外編 2
オルガがソファーに座って厚い本に熱心に目を通していると、入室の合図もなしに突然ドアが開かれた。オルガは勢いよく開かれたドアの音に、思わず両肩を持ち上げてしまったが、そんな真似する人間はこの家には彼しかいないので、こわばった肩を下げながらソロソロとドアの方に目を向けた。今朝、帰ってくると告げた時間より早い気がする。
「……帰った」
「……ええ」
オルガの返事に、アイゼンの眉間にぎゅっと皺がよった。オルガはそれを見て、慌てて言葉を続ける。
「おかえりなさい」
「ただいま」
アイゼンはふんと鼻をならすと、先ほど一瞬見せた曇りはなんだったのだろうかと疑問に思うほど上機嫌な様子でこちらに歩みよってくる。
オルガのすぐそばにはリリアが控えていた。リリアは突然の主人の帰宅に、動揺を隠しきれない様子で慌ててソファーの上でオルガのする横に出来ていた本の山をどかす。
リリアが本をどかし座る空間ができたと同時にアイゼンはその隙間に腰を下ろした。
「今朝言っていた時間より………」
早いんですね。アイゼンの大きな身体に押されるようにして、ひじ掛けに寄り掛かったオルガが口を開こうとしたら、隣に座ったアイゼンが突然口づけを落としてきた。
オルガは急なそれに、驚いて息を飲んだ。
驚いたのはオルガだけではなく、リリアも一緒だった。
オルガは突然吸いついてきたアイゼンの、胸元に手をあて思いっきり突き飛ばそうとしたが、アイゼンの固い胸はびくともしない。むしろその拒絶さえも楽しんでいる様子で、アイゼンは鼻だけで笑った。
オルガは瞳を閉じずに、間近にせまったアイゼンの瞳を見続ける。
自然と見つめあう形になってしまったアイゼンとオルガは、オルガの息が苦しくなる限界まで睨みあいながら力の均衡を保っていた。
「……………いつっも、突然すぎます」
ようやく解放されたオルガは、ぷはっと大きく息を吸いながら唇を尖らせる。
「したい時にするといっただろう」
息継ぎの為に肩をゆらすオルガを間近で見つめながら、アイゼンはオルガの乱れた髪を一筋とってそれに熱い口づけを落とす。オルガはあきれ顔で自分の髪をはむアイゼンを見下ろす。
「いつも思っているんですけど、どうして髪に口づけるんですか? 」
それおもしろいのと言いたげなオルガに、アイゼンは伏せていた瞳をあげながら口を開く。
「唇だけだとオルガの息が止まってしまうからな。妥協だ」
真面目な顔で言ってくるアイゼンに、オルガは自分の耳が熱くなるのを感じながらそっと彼から目をそそらすと、突然目の前でおこったラブシーンにすっかり固まったままだったリリアが、ようやく二人から目をそらしてそっと部屋から出ていこうとしている後ろ姿が目に入った。
「リリア」
オルガは右手と右足が一緒に出ているリリアの後ろ姿に声をかける。
「お茶をお願い」
「…かしこまりました」
ガチガチのリリアが小走りに去っていくと、髪からようやく唇を離したアイゼンがオルガの首元に顔を埋める。
「今日は一日何をしていたんだ」
「本を、読んでいました」
「君はいつもそれだな」
オルガの言葉にアイゼンはふっとほほ笑んだ。オルガは首元にかかる息に、心臓が痛くなるのを感じた。
「だって、好きなんですもの」
「そうだな。好きなら仕方ない」
アイゼンはそういうと、首筋に鼻を押し当ててくる。
「まだ、お風呂に入ってません」
「しってる」
ふうっと深く息をついてから、大きく息をすったアイゼンにオルガは肩を震わせる。オルガの異変に気がついたのか、アイゼンも同じく肩を震わせた。
「オルガの匂いがする」
「……やめてください」
匂い、という言葉にオルガは恥ずかしくなってアイゼンの頭を離そうと掴んだ。
「何故?」
「わたしが、嫌だからです」
「大丈夫だよ。オルガはいつも、どこもいい匂いだ――」
アイゼンが甘く囁きながら、オルガの腰を掴んだ。そうして後ろで結ばれたリボンに手がかかる。
しゅるりと大きな衣擦れの音がすると同時に、オルガの腰回りを抑えつけていた紺色の大きなリボンが緩んだ。手の早いアイゼンに、オルガは内心慌てながらも表には出さずに、手癖の悪いアイゼンの手をつねる。
「……痛い」
「痛くしているんです」
「……そういう趣味はないんだが」
こいつ脳みそまで、オルガは恥ずかしさを苛立ちに変えながら、少し荒い口調で続ける。
「最近のあなたの行動には目に余るものがあります。もう少し節度をもって下さい」
夕食も食べずにしかもこんな場所でなんて……、オルガの言葉にアイゼンは目に見えてむっとした表情をした。
「オルガが好きだから抱きたいんだ」
「……………はぁ」
オルガは困惑の声をあげる。真正面から、真剣な表情で随分と直接的なことを―――。
思わず頭を抱えたくなったオルガに気が付いているのか、気がついてないのか、思わず頭をかかえそうになったオルガの両手をアイゼンが握り締める。
「本当にならずっと一緒にいたいところを我慢してちゃんと仕事にいってるんだ。だから帰ってる時ぐらい…………いいだろう」
そういって指先に口づけを落としはじめたアイゼンにオルガが固まっていると、お茶をいれたリリアが部屋へと戻ってくる。
奥様の指先に熱い口づけを熱心に贈る旦那様の姿をみた、リリアは自分の主人と一緒で再びドア先で固まってしまった。