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Call my name  作者: 森彩子
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Call my name 26

 ガラガラと車輪が回る。

時折正面に座るイネスが宙に浮かぶのが目に入ったが、スピードを落とすような真似はしなかった。そんなことどちらも望んでいない。イネスが尻を。アイゼンが頭を何度も打ちつけることになったが互いにそんなことはどうでもよかった。

 一際大きく馬車が跳ねた。

頭が天井にぶつけそうになるほど飛び上がったイネスの髪が突然ずるりと前にずれ落ちたのには驚いたが、すぐに下から現れた短い髪を見て納得した。

イネスは何も説明せずにずれ落ちたかつらを無造作に脇に放り投げた。アイゼンはずいぶんと雑なイネスの態度から目を逸らす。

自分が望んだ本当の妻を前にして残念なことにアイゼンはなんとも思っていなかった。

結婚式をあげたのも、一緒にあの屋敷で暮らしたのも、全て――彼女ではなかったのだから。目の前にいる女に無感動な自分に少し驚きもしたが悲しくはなかった。

 アイゼンが暗闇の向こうをじっと見つめるとまだ名前もしなら彼女が暗闇の中で泣きじゃくっているような気がした。

そんなの自分の都合のいい妄想だということはわかっているが、それでも脳裏で涙を流す彼女の姿に胸が痛むし、震える肩を一刻も早く抱きしめてこぼれおちる涙をぬぐいたいとそう思ってしまう。

 胸の中の彼女を抱きしめることができないから、本当の彼女を抱きしめに行くのだ―――。

 アイゼンは耐えきれずに窓を開けると真夜中に馬車を走らせるはめになった気の毒な男に叫ぶ。

「もっとだ! もっと急いでくれ!」

「これ以上飛ばすと車輪が、あと暗いし」

「一刻も早くつきたいんだ!」

「はぁ……」

 困惑した様子で頷く男にアイゼンはため息をつく。無理は承知だ、それでも―――。顔を引っ込めたアイゼンのかわりにずっと黙り込んだままのイネスが突然動いた。窓から顔を突き出し、出会ってから一番の声で車輪の音に負けずに叫んだ。

「愛のためよ!!」

 妙に響いたその声に男たちは返す言葉を失った。

アイゼンはその言葉に少し恥ずかしくなったのだが、そんなことがイネスに伝わるはずもなく相変わらずの冷静な表情で外を見ている。

少ししてから馬を急かすための鞭が高らかに音をたてて闇夜に響いた。



「お父様は?」

 執事が鍵を開けると同時に自ら屋敷への扉を開け放ったイネスに執事は驚きを隠しきれない様子だった。そしてすぐに後ろに続いて現れたアイゼンの姿に困惑した様子で視線を向けてくる。

朝一番で旅立って行ったはずのイネスが、さっそく戻ってきたのだ。しかも夫であるアイゼンも連れて。

「旦那様はすでに眠っておられます」

「でしょうね」

 真夜中を過ぎたころに現れた二人の無礼な客人に対して執事は冷静さをすぐに取り戻した。非常識な時間なのに二人がこらざるを得なかった理由がわかっているのだろう。

「イネス様―――」

 心配するような責めるような声音で囁いた執事にイネスはそっと目を伏せる。

「親不孝なことばかりしているというのはわかっています。けど、それでもこれだけは許せなかったの」

 イネスの言葉に今度は執事が項垂れた。それ以上何もイネスに言えなくなってしまった執事は後ろにずっと立ったままだったアイゼンに今度は声をかける。

「もう、寝ていると思います―――」

「いいから連れて行って」

 アイゼンより早くイネスが答えた。執事にアイゼンを部屋まで連れていくように命ずると、突然の訪問者によって屋敷全体がざわめいているのを感じてイネスは自らの足で父と母の部屋へと歩き出すのだった。







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