Call my name 25
その頃オルガは自室で立ち尽くしていた。
途方にくれた様子でずっと闇に塗りつぶされた外を見つめ続けている。そっと窓に触れたとたんにひんやりとした底冷えするような冷たさが襲ってくる。オルガはじっと氷のように冷たく感じる窓に触れながら深い森を見つめる。
帝都はどちらだろう。イネスが、あの人たちが、あの人がいる場所は―――。
方向がわからないオルガはぽっかりと穴のように浮かんだ月を見上げる。今宵は月の光が強すぎて星の光があまり見えない。暗い夜空に一人ぼっちで浮かぶ月を見て、オルガは切なくなった。
たびたび外を見つめる自分を彼はいつも不思議そうに見ていた。オルガは暗闇から窓にぼんやりと映った自分の顔を見つめる。
あの人とはもう会えない。私はイネスではないから―――。
オルガは再び溢れだしたものを止めることができずに、ぎゅっと香水瓶を握り締める。まるでこの瓶に彼のぬくもりが残っているのではないかというほど必死に。
二度と、二度と会うことはないだろう。もし会ってしまったらイネスが二人もいることになってしまう。たとえ妹だと言っても隠し通す自信がなかった。冷静でいられるわけがない、まだ離れて二日だというのにこんなにも会いたい、と思っているのだから。
オルガは一人自分を見つめながら問う。
これは恋だったのかと。私は、彼が愛おしかったのかと。
胸が苦しいとオルガは囁く。誰も聞いていないとわかっていながらも小さく吐きだすことしかできなかった。自分自身にさえも聞かせたくない本音を。
このままでは生きていけないのではないか。身体は健康なはずなのにもう二度と会えないと思うと今にも死にそうなほどに胸が痛い。
オルガは胸を抑えながらずるずると崩れ落ちるようにしてしゃがみ込む。
口を開けば嗚咽と言ってはいけない言葉が溢れだしてきてしまうということをわかっていたがもう限界だった。
「―――アイゼンっ…」
オルガに戻って初めて彼の名前を呼んだ。
いつもはイネスで、いつもと言っても本当に時折だけしか呼んだことがない彼の名前。オルガはポロポロと涙を流しながら更に呼ぶ。二度、三度。何度も、何度も。
「アイゼン―――っ」
もう自分の気持ちを見て見ぬふりすることはできなかった。