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Call my name  作者: 森彩子
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Call my name 18


 その日の午後いつものようにしてアイゼンを迎えたオルガは帰ってきてからずっと視線がこちらに向けられていることに気が付いていた。

確実にこちらを見ているのに一向に何も言ってこないアイゼンに、まさか似合っていないのではないかと不安に思ったオルガは急に自分が恥ずかしくなってしまって赤くなりそうになった顔を隠すと階段を駆け上っていってしまった。

 外套を執事に渡したアイゼンは逃げていってしまったオルガの後をすぐに追っていってしまう。夕食も食べずに逃亡してしまった二人の主役を見て、執事ははじめ目を丸くしていたが新婚なのだからこういうこともあるだろうとしたり顔で一人で納得すると静かに玄関を後にするのだった。


突然叩かれたドアにオルガはばっと顔をあげる。こちらの言葉も待たずに開かれたドアの隙間にオルガはとっさに叫ぶ。

「調子があまりよくなくって」

 入ってこないでという思いでいったのだがその願いは虚しくドアは開かれた。入ってきたアイゼンはオルガが座っているソファーに同意も得ずに座りこむ。少し前までは向かい合わせが定位置だったというのに、急に距離を詰め寄せてくるようになってきたアイゼンにオルガは思わず身を引いてしまう。

「そんなに悪いのか?」

「ええ」

 オルガが額に手を当てながら言うとさすがに心配になったのだろう、アイゼンが手を伸ばしてくる。オルガはそれを拒絶しようとしたが無理やり額に手を当てられる。瞳を閉じたままなすがままになっていると固い掌が離れる。離れたことにほっとして目を開くと、思ったよりも近くにあったその顔に驚いた。

「ど、うしてこんなに近いのですか?」

「………察しろ」

 うろたえるオルガに対してたった一言だけ返してきたアイゼンは更に顔を近づけてくる。

「いやいや、わからないですから」

「―――キスしたい」

 真顔で頭の沸いたことを言いだしたアイゼンにオルガは眩暈がした。

いやでも夫婦なのだから、そういうことはあり得ることであって、でも私たちはそこまで仲の良い夫婦ではなくって、そもそもちゃんとした夫婦でもなく、それなのに……いやそうだからこそ、なのだろうか?

頭をぐるぐるさせながらアイゼンが今望んでいることを理解したオルガは首をぶんぶん横に振った。

真正面からそう言われて頷く人間がどこにいるのか。オルガは軽く混乱していた。

「なぜだ? この前は許してくれたじゃないか」

「あ、あれは」

「あれはなんだ?」

 ぐいと更に顔を寄せてくるアイゼンから逃れようとするが、スカートを膝で押さえこまれていて立ち上がることもままならない。そうして更に近づいてくるアイゼンにオルガはその場でひっくり返ってしまう。柔らかいソファーに身体を勢いよく沈ませ、肘をついて起き上がろうとした時にはもう遅かった。

真上にアイゼンの顔があった。

身体全体でのしかかるようにしているのに不思議と体重は感じなかった。動揺を隠しきれないオルガにアイゼンは優しく目元を緩ませると、少し乱れた髪を手櫛で直し始めた。後ろに撫で上げたと思ったら首の後ろに手を回された。これでは、この前の図書館の時と同じではないか。オルガは喉の奥がカラカラになってついには声も出なくなってしまった。

「……どうやら調子が悪いのは本当にらしいな。顔が、真っ赤だ」

 真剣だったアイゼンの顔が最後の一言で意地悪なものに変わる。

 わかっているのではないか、そうオルガは叫ぼうとするとそのまま黙っていろと言わんばかりにアイゼンの唇が落ちてくる。

喋ろうとしたままで口づけられたので自然と深いものになってしまう。隙間から入ってこようとするアイゼンにオルガは唇と歯に力を入れることによって必死で抵抗して見せた。

最初は閉じられていたアイゼンの瞳だったが、いつまでだっても必死の抵抗を続けるオルガに痺れを切らしたのか薄目を開けてこちらをうかがってくる。二人で視線を合わせたまま、にらみ合う形で攻撃と防御を繰り返すふたりだったがそれも長くは続かなかった。

 戯れのようなやりとりを楽しんでいたアイゼンだったがいい加減それにも飽きたのだろう。次に進もうと手を伸ばした先が問題だった。心臓の上を突然触れてきたアイゼンにオルガは驚いて力が抜けてしまう。

アイゼンはそれを見計らって更に深く唇を重ね合わせてきた。苦しげに抗議の声を上げようとするオルガを宥めるようにして首の後ろに回したままの手で耳の後ろをなぞりながら更に深く重ねていく。

 慣れない、苦しげな様子に年甲斐もなく浮かれてしまったアイゼンはオルガのすっかり力をなくしてしまった足に自分の足をからませた。

「………イネス?」

 少ししてオルガのあまりの虚脱具合を不審に思ったアイゼン。解放してもなお目を伏せたままのオルガの頬に手を当て叩くが反応はいっこうに帰ってこない。茹でダコ見たいに顔を真っ赤にしながらすっかり意識を飛ばしてしまったオルガに、アイゼンため息を漏らすとそのまま彼女の上から起き上がるのも嫌だったので、そのまま抱き寄せながら器用に身体を入れ替えた。胸の上で目を回したままのオルガを見つめながら、アイゼンはオルガの背に手を回すとしっかりと抱き寄せた。

 その後すぐに目を覚ましたオルガは自分がアイゼンの上に横たわっていることに気がついた。ひとしきり辺りを見渡してからゆっくりと再びアイゼンに瞳を向ける。下からこちらを見上げてくるアイゼンは何も言わずにオルガのふわふわに巻かれた髪の毛に手を伸ばしてきた。

「―――こういう、犬がいるな」

「……………プードル?」

「ああ。それだ。たぶん」

 アイゼンは頷きながら更にオルガの髪を撫でてくる。その動きから先ほどの―――厭らしい雰囲気は感じられなかったのでオルガは少し安心しながら受け入れる。まるで本当に犬になってしまったような気分だ。

 疲れているんだ――それがよくわかったオルガはアイゼンの上から立ち上がろうとしたが、腰に蔦のようにして回っているアイゼンの腕がそれを許さない。

眠りそうになりながらも自分を抱きしめ離さない事に呆れながらオルガはアイゼンの顔を覗きこむ。いつ見ても思うが思いのほか幼いその寝顔に、オルガは自分が知らず知らずのうちにほほ笑んでいることに気がつかなかった。




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