第三章:謎の三人組
『事実は小説より奇なり』という言葉がある。
この世界で起こる出来事の中には、まるで小説の世界から飛び出してきたかのような不思議な事がある。
通常、そういった言葉が似合う状況に、人はなかなか巡り合えない。
巡り合いたいと思えば思うほど、だ。
しかし、藤村、泉、鞘多の三人は、幸か不幸か、今まさにその『不思議な事』に出くわしてしまっていた。
幸か不幸か。
銀行内に押し入ってきた仮面を被った三人の男たちは猟銃を鞘多に向けたまま、硬直していた。
鞘多も、一体これは何事か?と言った感じで三人の男たちから視線を外せずにいた。
二人は奇しくも、仮面越しにお互いの顔を見つめる結果となった。
時間にして2~3秒ほどだったが、その場に居合わせた人間たちからしてみれば、ずいぶん長い間、二人の睨みあいは続いているように感じられた。
と、その時だった。
三人組の内、長身の男の肩が微妙に動いたかと思った次の瞬間―――
―――店内に銃声が響いた―――
「あぐぅ!!?」
発射された銃弾は、鞘多の右膝を完璧に打ち抜いていた。
鞘多は、ぐらり、と体格の良い体を揺らし、そのままバランスを崩して床に倒れこんだ。
撃ち抜かれた右膝からは赤黒い血がじんわりと流れ出し、スーツに大きな染みを作っている。
拳銃は鞘多の手を離れ、長椅子の下に滑り込んで姿を隠してしまった。
「さ・・・鞘多!!」
「鞘多君!!」
「あ・・・あうぅ・・・う・・・撃たれた・・・撃たれちまったよぉぉ・・・い、いてぇ・・・いてぇ・・・」
涙声で鞘多が苦痛を訴える。
重傷を負った友人の元に駆け寄ろうと走り出した藤村と泉だったが、仮面の男達がそれを許さなかった。
鞘多を撃った男とはまた別の二人の男がそれぞれ、手に持っていた猟銃の銃口を二人のこめかみに突きつけたのだ。
騒ぎを聞きつけたのか、カウンターの脇にとりけてある階段を下って二階から行員達が様子を見に来た。
が、血だらけで倒れている鞘多と、客と行員に猟銃を向けている三人組を見たとたん、腰を抜かしたのだろうか、その場に力なく座りこんでしまった。
「動くな!動けば問答無用で射殺する!」
「くっ・・・!」
藤村に猟銃を突きつけていた男が叫んだ。
藤村は、下唇を思いっきり噛みしめ、自分に猟銃を突きつけている男をギロリと睨みつけた。
「あぁ!?なんだこのガキ!なにガン飛ばしてんだよクソが!」
荒々しい声でそう叫ぶと、男は右足を高く上げ、藤村の腹を思いっきり蹴りあげた。
「ぐふぅ!?」
勢いよく後ろに倒れこむ。
周りにいた客たちは、ひぃ、と蚊の泣くような泣き声を上げては、突き飛ばされた藤村を避けるように散らばっていった。
「藤村君!」
「ぐ・・・ゲホッ、ゲホゲホッ・・・さ、さやた・・・」
「まだ抵抗すんのかコラ!あぁ!?」
藤村を蹴り飛ばした男は再び声を荒げ、藤村をもう一度蹴ろうと近寄る。
かなり気性の荒い人物のようだ。
「やめろ水見。まだ騒ぎを起こすんじゃない」
鞘多を撃った男が、静かに、しかしはっきりとした口調で同胞の暴力を諌める。
水見と呼ばれた男は、チッと舌打ちをすると、藤村に背を向けた。
一体、この男たちは何者なのか?
誰もが恐怖とともに、疑問を抱いていた。
と、その時、入口付近に倒れこんでいた、中学生とおぼしき三つ編みおさげの少女が、水見の目を盗んで脱兎のごとく外に走り出した。
「あ!おいてめぇ!」
気配に気づいた水見が後を振り返った時には、もうすでに少女の姿は銀行内にはなく、どこかへ走り去った後だった。
「くっ!」
「ほおっておけ。それよりも店内の制圧が先だ」
そういうと鞘多を撃った男は、階段に座りこんでしまっている行員達に近づいていき、一人の男性行員のこめかみに猟銃を突きつけた。
「おい立て、今すぐにシャッターを降ろすんだ。それと、店内のカーテンもすべて閉じろ。いいな。迅速にやれよ」
「い、一体あんた達は何なんだ!」
中年の男性行員が怯えきった表情で叫ぶ。
しかし、男はそれには答えない。
男の声は低く、凶暴さを言葉の端々に滲ませつつも、どこか冷静さが感じられ、水見とはまた対照的な人物のように藤村の目に映った。
「つべこべ言うな。このまま脳天をブチ抜かれたいのか?」
「ひぃ・・・!わ、分かった!言うとおりにするから撃たないで・・・」
そういうと、中年の男性行員は何人かの行員とともに、入口に向かうとシャッターを降ろし始めた。
その気になれば逃げ出せそうな気がしたが、先ほど頭に突きつけられた銃口の感覚を思い出すと、どうにも逃げる勇気が沸かなかった。
5分ほどしてシャッターを完全に降ろし、緑色の鮮やかなカーテンも全て閉じられた。
これで、中の様子は外からは完全に見えなくなってしまった。
「水見。お前は二階に向かって残りの銀行員をここに連れてこい。一階の客と行員は俺と正信が見張ってる」
「ああ、分かったよ」
そういうと、水見は二階に上っていった。
泉に猟銃を突きつけている男・正信は三人の中では最も小柄な体躯をしていた。
「おい、ここの支店長はどいつだ?」
鞘多を撃った男は辺りを見渡して大声で叫んだ。
二階から、行員達の悲鳴と、水見の乱暴な大声が聞こえてくる。
それとは対照的に静まり返った一階。
その時、男の前に、一人の壮年男性がゆっくりと歩み出た。
「私が支店長だが?」
支店長らしき壮年男性は銀縁の丸眼鏡を掛け、白髪が混じった黒髪をワックスで後ろに撫でつけていた。
体はひょろ長く、抵抗すればあっという間に組み伏せられてしまいそうな体つきであり、そんな彼の後姿が、ますます客達を不安にさせてしまっていた。
「あんたが支店長か?」
「そうだ。支店長の逢沢だ」
「逢沢さん、この銀行の非常口の鍵はどこにある?」
「鍵か・・・ちょっと待っててくれ。私のデスクの中にある」
そういうと支店長は、カウンター内の一番左側に位置する自分のデスクの引き出しから、銀行内の最も奥に位置する非常口の鍵を取り出し、犯人の下に駆け寄る。
「これだ。これが非常口の鍵だ」
男は逢沢から鍵を受け取ると、その鍵をしげしげと眺め、顔を上げると、その鋭い眼光を逢沢に向ける。
「・・・おい」
「な・・・なんですか」
「これだけか?」
「は?これだけ・・・とは?」
逢沢の顔がわずかに引きつる。
その一瞬を、男は見逃さなかった。
「・・・とぼけるなよ逢沢さん。まだあるはずだろ、非常口のスペアキーが」
「あ・・・」
男は猟銃を逢沢に向けて構えた。
支店長!と、叫ぶ声が聞こえる。
だが、男は意にも介さず、話を続けた。
「あんた、見た目の割にはなかなか胆力があるな。俺達の目を盗んで、スペアキーを使って非常口から脱出しようと思ったんだろ?」
「な、なんでスペアキーの存在を知ってるんだ!?あんた達、一体何が目的なんだ!」
震える声を絞って支店長が叫ぶ。
今にも泣きそうな声だった。
「それに答える必要はない。いいから早くスペアキーを持ってくるんだ!」
「わ、わかった。分かったから、行員と客には手を出さないでくれ」
「それは、あんたの行動次第だ。もし、鍵を取る振りをして妙なマネをしたら、ここにいる人間を全員射殺するからな」
「・・・」
逢沢は男の威圧感に押されてしまい、黙り込んでしまった。
そのまま、大人しく自分のデスクからスペアキーを取り出すと、男に手渡した。
男は、先ほど受け取った鍵とともに、自分の服の右ポケットの中に仕舞い込んだ。
これで、非常口からの脱出というわずかな希望も完全に消え去ってしまったのだ。
その時、階段から足音が聞こえてきた。
水見に脅され、人質となった行員たちの足音だった。
行員は全部で6名であり、皆怯えきった表情をしていた。
「高須、二階にいた人間はこれで全員だ」
階段から顔を覗かせた水見が大声で言う。
どうやら、鞘多を撃ち、支店長から鍵を受け取った男の名前は『高須』と言うらしかった。
「よし、正信。行員と人質を長椅子に座らせろ。水見、お前は客と行員の持ち物を預かれ。鞄はもちろん、ポケットの中まで調べるんだ・・・ああ、そうそう。さっきそこの男が持っていた拳銃が長椅子の下にあるんだ。今の内に回収しておけ」
「・・・分かったよ」
水見は、自分だけがこき使われることに対し、不満を持った顔をしていたが、すぐに長椅子の下から拳銃を取り出すと、弾奏を空け、中身を確かめた。
「なんじゃこりゃ?弾が一発しか入ってねぇぞ?」
水見が不思議がるのも当然だ。
銀行を襲うのに、一発しか弾を詰め込めない人間が普通いるだろうか?
「うう・・・」
鞘多がうめき声を上げる。
血の沁みは、先ほどより一回り大きくなっていた。
「おい!なんで一発しか弾詰め込んでねーんだよ!銀行強盗さん・・・よっ!」
「ぐふっ!」
「ほんとビビったぜ。店内に入ったら俺達以外にも拳銃を構えてるやつがいたんだからよ!」
「ぐっ・・・!」
水見が鞘多の傷口を思いっきり蹴り飛ばす。
フルフェイスヘルメットで隠れて見えないが、その声から苦悶の表情を浮かべているのは確かだった。
「さ・・・鞘多」
「鞘多君に乱暴しないでよ!」
「お・・・お前ら、銀行内に入ったら他人の振りをしろって言っただろ・・・」
鞘多が掠れ声で訴えた。
「あん?なんだお二人さん、知り合いかよ?」
「お・・・お前には関係ないだろ!銀行強盗!」
「はぁ?」
藤村の怒気の混じった声に、水見が頓狂な声で答える。
「俺たちが銀行強盗?何言ってんだよ、俺たちはなぁ・・・」
「水見」
高須が静かに言葉を発する
「余計な事は言うな。いいから早く荷物を回収しろ」
「はいはい」
7月25日、午後1時27分。第五銀行福島支店は
三人の仮面を被った男たちによって占領された。