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第一章:決行前夜

「銀行強盗だぁ?」

鞘多の発言に、藤村は思わず大声を上げた。

思わずはっとして辺りを見やるが、食堂のおばさんたちは黙々と皿洗いに従事しており、こちらの様子など意にも止めていないようだった。

「そんな大声出すなよ、まあ座れ」

「いやお前が変なこと言うから・・・」

「ねえ、それって本気なの?」

席に座った藤村の横で、泉が前のめりになって問いただす。

「本気さ。決行は明日の金曜日。俺は銀行強盗をやって警察に捕まる。その後はスムーズに起訴と裁判をちゃちゃっとやってもらって、めでたくムショ入りってわけだ」

ペラペラと今後の予定を語る鞘多を、藤村は怪訝な目で見つめる。

「なんでそこまでして刑務所に入りたいんだよ。いや、てか、なんでそもそも銀行強盗?」

「刑務所に入れば、毎日三食の飯が食えるし、本は読めるし、刑務所仲間と運動も出来るだろ?」

「え・・・」

絶句した藤村を余所に、鞘多は、ふぅ、と一息つき、話を続ける。

「俺さ、正直怖いんだよ。問題山積みのこの国で、『安心安全』な生活を送れるのかどうか、わからなくなってきたんだ。・・・正直、自殺を考えたこともあったさ」

「・・・本当かよ」

「ああ。でも、自殺なんてよくよく考えたらバカバカしく思えてきてな。で、『どうやったら確実に飯が食えて、安全に生きていけるのか』ってのを考えた結果、囚人になって飯を食っていくのが一番楽だろうなって考えたのさ」

「その考えも相当バカバカしいんじゃないのか?どーなってんだよお前の思考回路は。大体、刑務所の食事ってまずいんだろ?良く知らないけど」

「いや、最近は衛生面もしっかりして、そこそこ良い飯にありつけるみたいなんだよ」

「どこ情報だよそれ」

「・・・ねぇ、なんで銀行強盗なの?」

泉の質問に、鞘多は少し照れたような顔を浮かべ、角刈りの頭をポリポリと掻く。

「お岩様」モードは、すでに解除されていた。

「いやぁ、やっぱ目立つじゃねぇか、銀行強盗ってさ。日本中で大々的に取り上げられるじゃないか。どうせ犯罪やるならド派手なことをやってやろうと思ってなぁ」

あははは、と笑い声を上げて鞘多が言う。

こいつ、完全にイカれてやがる。と藤村は心の中で思い、同時に、こんな馬鹿話にいつまでも付き合ってる暇はないと思った。

付き合うだけ、時間の無駄だ。

「お、おい、どこ行くんだよ」

席を立った藤村に、鞘多が声を掛ける。

鞘多の方を振り向き、藤村が冷たく付き放つように声を出した。

「帰るんだよ。お前のアホらしい話に付き合うのはもうウンザリだ。小学校の頃からずーっと思ってが、なんでそんなアホらしいことをやろうとするんだよ。ちょっとは頭を冷やせ」

「おい、俺は真剣なんだぞ!」

「行こう、泉。こんな奴の話に付き合う必要はない」

「う、うん・・・」

「あ、おいちょっと!まだ話は終わって・・・おーい!藤村ー!泉ー!」

鞘多の大声を背中で受け止めながら、藤村と泉は食堂を後にした。





その日の夜―――

寝間着に着替えて、自宅でくつろんでいた藤村の携帯に着信がかかってきた。

時刻は22時40分。こんな時間に誰からだろうと思い、携帯の画面を見ると、『鞘多史也さやたふみなり』の文字が表示されていた。

藤村の脳裏に、今日の昼間に食堂で鞘多が放った一言が浮かぶ

『銀行強盗をする―――』

どうせ、その銀行強盗の話の続きをしたいのだろうと思った藤村は無視を決め込んだのだが、いつまでたっても電話が鳴りやまないことに苛立ち、渋々電話に出ることにした。

『―――もしもし?』

『おお!やっと出たなこの野郎。実はさ、今日の食堂での話の続きなんだけど―――』

それ見たことか、予感的中。

藤村は間髪入れずに答えた。

『切るぞ』

『あー!おい!ちょっちょっ!待て!切るな!すぐに終わる話だから!』

『・・・なんだよ』

むすっとした声で藤村が答える。

『実はさ、明日の銀行襲撃の際にちょっと手伝ってほしいことがあるんだ』

『まさか、一緒に銀行を襲えとか言うんじゃないだろうな』

『いやいや、実行するのは俺だけだ。お前を巻き込んだりなんかしないよ』

手伝いを要請してきてる時点で十分巻き込んでるんじゃないか。と藤村は思ったが、言うだけ無駄だと思ったので口には出さなかった。

『実はさ、明日の俺の勇姿を、ビデオカメラに収めて欲しいんだ』

『―――は?』

『ああ、悪い。手順を話してなかったな。つまりだな、明日俺が銀行を襲うだろ?で、予定では客と行員を人質にとって、丸一日銀行内に籠城するんだ。お前にはその人質の一人になってもらって、中でビデオカメラを廻して俺の勇姿を撮影して欲しいんだ』

『巻き込む気満々じゃねーか!なんだよそれ人質って!そんな危険なこと出来るか!』

藤村の携帯を持つ右手に、自然と力が入る。

が、そんな藤村の怒声を聞いても、鞘多はどこか余裕を感じさせる声で続けた。

『大丈夫だ。危険な仕事じゃない。それとも、断る気か?』

『当然だ。お前のお遊びにこれ以上付き合っていられない』

『へぇ~・・・』

『・・・なんだよ』

『泉は承諾してくれたんだけどな~・・・』

『は?』

藤村が頓狂な声を上げる。

どうしてそこで泉の話が出てくるのだ。いや、そもそも泉も一緒に行くのだろうか?

頭がどうにかなりそうだったが、そんな馬鹿な話はあるまいと藤村は思い、一旦電話を切ると、泉に電話をかけた。

二回の着信音の後、泉が電話に出た。

『あ、藤村君。どうしたの?』

『あのな、泉。お前、鞘多の銀行強盗の話に乗ったって本当か?』

『それって、ビデオカメラのこと?』

『ああ』

『うん、乗ったよ』

『いや、乗ったよってお前・・・』

予想外の返答に、思わず声を詰まらせる。

『なんであんな奴の話に乗るんだよ!適当に無視しておけばいいだろ?どーせ冗談で言ってるんだろうし』

『・・・藤村君、冗談だと思う?』

『え?』

『今日の食堂の話を聞いてる限り、鞘多君、たぶん本気だと思うんだけど』

『いやいや、そんなわけないだろ。どうせいつもの戯言だよ』

『うーん・・・でも、私はそうは思わないんだよね』

泉も、藤村も、鞘多も、小学校時代からの同級生だ。途中、泉は二人とは別々の高校に進学したが、大学入学の際に二人と偶然再会した。

藤村と泉の交際は、その頃から始まったのだ。

泉も、鞘多との付き合いは長かったため、彼がどういう人間かはよく知っているはずだった。いつも適当な事を言い、すぐ後には冗談で済ます。時折無茶なことをしては教師や保護者に迷惑をかける。鞘多はそんな人間だった。そして、現在も。

そんな彼のことだから、どうせ今回のことも冗談で済ますつもりなんだろうと、藤村は高をくくっていたのだが、どうやら泉は藤村とは別の感想を抱いていたようだった。

『とにかく、私は鞘多君に協力するから。・・・藤村君はどうするの?』

『え・・・?ええ・・・と』

藤村は返答に困った。どうやら泉は本気で鞘多の手伝いのために、ビデオカメラの件を承諾したらしい。

『あ、もうこんな時間。じゃあ私お風呂入るから切るね』

『あ、ちょっと・・・』

『じゃねー』





『どうだった?俺の言ったこと、正しかっただろ?』

『ああ・・・本当だったよ。衝撃だ。いったいどんな方法で泉を丸め込んだんだ?』

『嫌な言い方だな。別に普通に頼み込んだだけさ』

鞘多に電話を掛け直した藤村は深いため息をついた。

まさかこんなことになろうとは。

『で、お前はどうすんだ?明日来るのか?』

『・・・行くよ』

『おお!マジか!』

『ああ、泉一人で行かせるわけにもいかないだろ?お前は安全だなんて言うけど、何が起こるか分からないからな』

『そう言ってくれると思ったぜ心の友よ!』

『なんだよそれ』

思わず藤村は苦笑する。

『いやあ、お前たちみたいな友達を持てて、俺は幸せ者だ』

『・・・なぁ、鞘多』

藤村が心配した口調で尋ねる。

『何だ?』

『・・・お前、本気なのか?本気で銀行強盗なんてやって、囚人になるつもりなのか?』

『・・・本気だ』

低く、野太い声が携帯越しに聞こえてきた。

声のトーンからして、どうやら泉の言った通り、今回の鞘多の妄言は、妄言ではないように藤村にも聞こえた。

『なあ、良く考え直そうぜ?俺達はまだ18歳なんだぞ?まだ人生の半分も生きてないんだ。そんなに未来に悲観的になる必要なんて・・・』

『お前も、泉と同じことをいうんだな』

鞘多が、どこか諦めたような声でクスッと笑った。

藤村は何も言い返せないでいた。

『心配してくれてありがとな。けど、もういいんだ。もう俺の残された道はこれしかないんだよ』

『そんなこと言うなって・・・悲しくなるじゃねぇかよ』

藤村が、今にも泣きそうな声で言う。

きっと、藤村は本気で自分の身を心配しているのだろうと、鞘多は思った。

自分がいかに馬鹿なことをやろうとしているかは百も承知だ。

だからこそなのだ。

だからこそ、自分の親友である泉と藤村に、自分の『愚かな勇姿』を見届けてほしいと、鞘多は願ったのだ。

『・・・』

『・・・』

しばらくの沈黙の後、鞘多が努めて明るい声で話しを切りだした。

『まあ、そういうわけだ。俺の意思は変わらない。俺は晴れて、輝かしい未来に邁進まいしんするだけだ』

『鞘多・・・』

『あ、そうそう。集合時間なんだが、明日の昼12時に、第五銀行の駐車場所に集合な。あ、ビデオカメラも忘れるなよ。じゃあな』

というと、鞘多は一方的に電話切ってしまった。

藤村の部屋に静寂が広まった。

はあ、とため息をつくと、藤村は携帯をテーブルに置き、ベッドに仰向けになった。

天井に備え付けてある蛍光灯が眩しい。

「ホント、馬鹿野郎だな、あいつ」

ポツリと独り言を呟いた後、気分を変えるのにシャワーでも浴びようかと、藤村は浴室へ向かった。

が、向かう途中で、ある事実に気がついた。

「・・・そういえば俺、ビデオカメラ持ってねぇじゃん」

ベッドの脇に置いてあるアナログ時計は、23時を回ろうとしていた。

願い事はプリズナーの二話目です。

銀行へ乗り込むところまで書こうと思ったのですが力尽きてしまいました・・・

なので、次の話で鞘多が銀行に突入します!


※7月15日に文章の一部を改正しました。

決行は明日の「土曜日」→「金曜日」

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