序章:食堂の三人
この物語の登場人物・国・組織・団体名は全て架空の存在なのであしからず。
「決めたぜ、藤村」
「何?」
「俺、刑務所に入る」
大学の食堂内に、藤村の悪友・鞘多の声が響き渡る。
食堂の時計は13時30分を回ったところだった。この時間にはすでに大半の学生が授業やらサークルやらに勤しんでおり、食堂内に人はおらず、閑散としていた。
食堂のおばさん達は、とっくに昼過ぎだというのにいつまでたっても帰ろうとせず、なにやら物騒な単語を吐き出す男子学生を訝しんだ目で見ていたが、すぐに顔をそらして食器洗いに没頭し始めた。
「・・・なにそれ」
「それ、マジで言ってるの?」
茶色いテーブルを挟んで鞘多と向かい合って座っている男子学生・藤村と、藤村の恋人・泉は目を丸くして答えた。
「マジマジ、大マジよお二人さん。俺は犯罪を犯して刑務所に入ることに決めました」
鞘多はそういうと、小ぶりの湯飲みに入っていた飲みかけの麦茶をぐいっと一気に喉に流し込んだ。
「いや~、まさかあの真面目一直線の鞘多が、こんな面白い冗談を言うとはなぁ、泉」
「ほーんと、ついに脳みそにカビが生えたのかな?」
「おい、お前ら」
カツン、と、小気味いい音を立てて湯飲みをテーブルに置いた鞘多は、腕を組み、神妙な顔つきになった。
至極真面目な話をするときの鞘多の癖だった。
太い眉はV字型につりあがり、眉間には無数の皺が寄っていた。
「おいおい、『お岩様』モードになって・・・本気か?」
藤村がちゃかす。が、鞘多は意にも止めない。
「お前たち、この日本が今、どれだけ危機的な状況にあるかわかるか?」
「危機的な状況?」
泉が首をかしげて尋ねる。
「そう、例えば、この国の失業率が今いくつか知ってるか?」
「あー・・・たしか15%だっけ?この前ニュースでやってたな」
「正確には、15.8%だ。これって、すんごくヤバい数字だ」
「そうなのか?」
藤村の問いに、鞘多は静かに頷く。
「当然ヤバい数字だ。戦後最悪の数字だ。それだけじゃあない。去年の春に卒業した全国の大学生のうち、進学も就職もしなかった、所謂『就活浪人生』が何人いるか知ってるか?」
鞘多の問いかけに、うーんと頭を人差し指でつつきながら、藤村が考える。
「確か、30万人くらいじゃなかった?」
口を割ったのは藤村ではなく、泉だった。
物知りの泉に感心する一方で、30万という数字が多いのか少ないのか、藤村には皆目見当がつかなかった。
泉の答えに、満足そうな顔を浮かべる鞘多は、話を続けた。
「良く知ってるな泉。そう、今全国では30万人の若者が先の見えない未来に対して孤独と絶望を感じているってわけだ」
「まぁ、若者に限らなければ、失業して路頭に迷っている人なんてその何倍もいるんだろうけどね」
「そう。だが、こういった失業の問題だけじゃない。相次いで倒産する企業。政治家の汚職。隣国との外交問題。さらには地震などの自然災害による被害。モンスターペアレント。著作権違法問題。子供の虐待。自殺者の増加。藤村の母親が離婚してキャバクラで働いていること。泉の胸がなかなか成長しないこと。この国は様々な問題を抱えている」
「ちょっと待て!最後の二つはウケ狙いか!?てか俺の親の離婚と母親のキャバクラでのパートは関係ないだろーが!」
「鞘多君、貧乳をバカにする者は貧乳に泣くよ」
「いやその突っ込みおかしいだろ!」
「とにかく!この国は様々な問題を抱えている一方で、政府はそのことに対して何一つ有効な対策を提示していない!」
「強引に話を進めるなよ・・・」
お岩様モードになった鞘多は、良くも悪くも強引に話を進めてしまうある種の「癖」があった。
彼の強引な話に辟易した藤村は、さっさとこの話を切り上げたいと願った。
・・・願っても、鞘多の話は続くわけだが。
「で、その話と鞘多君がムショに入るのと何が関係してるの?」
泉の問いに、鞘多はわざとらしく、はぁ~とため息を付いた。
「泉、勘の悪さが藤村から移ったんじゃないか?」
「おいこの岩野郎」
「う~ん・・・そうなのかな・・・?」
「考え込むなよ泉・・・」
自分が惨めに思えてきた藤村はさっさと席を立とうとしたが、鞘多の次の言葉に耳を疑った。
「実はな、銀行強盗をやろうと思っている」
「・・・は?」
「・・・え?」
藤村と泉は、頓狂な声を上げて、鞘多を見つめた。
鞘多は依然、真剣な顔つきのままだった。
初めまして、伊藤吉影という者です。
今回、初めて小説を投稿させていただきます。
更新頻度は・・・ちょくちょく更新していきたいと思います。