第一話 前の私
「次の私は、幸せになれるかしら・・?」
麻色の髪をした女は、少しばかり薄汚れた壁にもたれかかりながら呟いた。彼女はいつもそうだった。何を考えているのか手に取るように分かるが、彼女は僕の望んだようには生きてくれないみたいだ。
彼女は『次の私』と言った。彼女はもう次の自分に生まれ変わることを覚悟しているみたいだ。
「ええ、きっと。また、僕が貴女を見つけてみせます」
彼女はいつものようにクスッと微笑み、僕の髪に指を絡めた。
「綺麗な髪・・。私、この髪にふれるのが好きだったの。やわらかくって、少し赤みがかった栗色の髪。この髪にさわれるのは、私だけの特権だった」
やわらかい彼女の笑みには、少しばかり誇らしげな表情が読み取れる。
「僕の髪にさわれるのは、いつだって貴女だけの特権です。そう、いつだって・・・」
彼女が少しずつ精気を失っていくのがわかる。彼女は一回大きく息を吐くと、僕の目を見据えた。
「実は私ね、前の私に嫉妬していたのよ。前の私は貴方との間に子供をつくって、幸せに暮らしてた。今回の私が幸せじゃなかったわけじゃないわ。でもね、子供が欲しかった。貴方との間に生きた証が欲しかった。・・・・次の私は、貴方との間に子供が出来るかしら?」
だんだん顔が白くなっていく彼女は、終わりを予感させる。彼女の最後の告白に僕は何度も何度も大きく頷く。
「はいッ・・・・・・・。次の貴女がそれを望んでいなくても、絶対に叶えます。絶対にッ・・・・」
「馬鹿ね。私はいつでも私よ?生まれ変わったとしても、私は私。今の私の望みは次の私の望みでもあるの・・。何を心配しているのかしら・・・・?」
彼女は握っていた僕の手からするりと落ちていった。ああ、今回はもうこれでお終いなのか・・・・・。ああ、・・・・・・なんて早い終わりなんだろう。
「愛していますよ、宮子様・・・・・・」
少し開けていた窓から、春風が入ってくる。春らしい色の淡い桃色のカーテンが風になびいていた。
まるで彼女の魂が風にさらわれていくようだった。