幻想3
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「智恵さん、最近楽しそうですね。なにかありましたか?」
「別に何でもないわ。強いていえば、明日が休みってことね」
「あー私も早く休みたい!」
決算期でも何でもないのにこの殺人的な忙しさは何なのかしらね。
小さな零細企業で事務の仕事をしている私は死にそうなのでした。
「聞いて下さいよ、智恵さん。この前、合コンで知り合った彼なんですけどー」
同僚の四季沢さんは、お喋りであることを私は否定しない。
暇さえあれば喋っているのだから、将来は口うるさいおばさんになるのは運命付けれているものね。
おばさん。
いつからおばさんと呼ばれるのでしょう。
考えるのは止めておくわ。
余計なことを考えない。
これは大事よ。
私のことをババアと言ったら殺すわ。
「酷いですよね。私のこと、全然考えてくれないんですよー。だから、別れちゃいました」
「そうね。同情するわ」
話を聞いてなくても納得する。
相手は誰でもいいのね。
サゲマンなのかしら。
「そうだ。今度、合コンしませんか?一人足りないみたいなんですよ。お願いします」
「時間があればね」
「ありがとうございます。日にちが決まったら、メールします」
「お疲れさま」
「お疲れさまでーす」
男漁りを生き甲斐にしているだけで、悪い人じゃないのよ。
何でも話したがるのはある種の病気かもしれないけどね。
帰る途中に携帯を開くと、井上からメールが届いていた。
本文は後でいいわね。
どうせ大したことを書いているわけじゃないでしょう。
携帯を閉じながら、明日の予定を考えていた。
友人とは都合が合わなかったのよね。
甘さの限界に挑戦しようかと思っていたのだけど、一人じゃね。
私、おしとやかな人間ですから、一人で何十皿も片づけるのはキャラクター崩壊に繋がってしまうわ。
でも、家でゴロゴロしているのもね。
せっかくの休日を無駄にした感じが強くてね。
そうね、アルコールを接種しながら家でゆっくり考えましょう。
想像した未来と違ったものね、とお酒を選びながら私は思った。
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家に帰ってからは井上と酒を飲み交わした。
記憶が少し飛んだのだけれど、二日酔いにはならなかった。
珍しく熱く語っていた覚えがあるのだけど、なにを話していたのかしら。
あとでメールしてみるわ。
シャワーを浴び終わった私は、昼食ににパスタを食べた。
下らないバラエティー番組を見ながら、外出の仕度に取りかかる。
紫外線対策は完璧よ。
肌を露出させないアラブ人並に美肌を維持しようと心掛けているわ。
でも、年には勝てないわね。
すぐシミになってちゃってね、潤いが欲しいわ。
美白について語り出すと止まらなさそうなので深くは語らないけど。
持ち物は差出人不明のフォトフレームを一つ。
初めは、ビデオか何かと思ったけど違ったの。
たとえば、忠犬ハチ公がいる渋谷を想像して欲しいの。
別に109でもいいし、ラブホの中でもいい。
フォトフレーム越しに彼が見えるのよ。
彼と経験したことのない初体験の場所にだって、彼は平然と映っている。
ビデオじゃなくて、リアルタイム映像?と疑いたくなるくらいに現実とシンクロしたものを映し出しているの。
そういえば、男の人は、初めて絵文字とか、おっきい絵文字とか言うと喜ぶのよね。
単純だわ。
話を戻すけど、そうなのよ。
どういうメカニズムなのか、私には想像がつかない。
未来からの贈り物。
ロマンチストに考えることもできるのだけど、そうね。
現実的に手元にあるのだから使わない手はないわ。
井上には、捨てろと言われそうな品物だと思うのだけどね。
だって、これは過去の遺物。
縛られている限りは前には進めない。
体の疼きを解消することはできない。
亡き女を想うで妄想というのなら、亡き男を想う時はなんて書くのかしらね。
知っている人がいたら教えて欲しいわ。
それでも、多少の欲求は満たすことができる。
私はこの子と一緒に、あの場所へと向かったの。
久しぶりのことだった。