幻想1
窓の向こうからは、蒸し暑い夏の香りがする。
あら、寝てしまったみたいね。
私はベッドまで歩いた記憶がないのだけど、きっと井上が私をベッドまで誘導したのでしょう。
井上は――
辺りを見渡すと人の気配がしない。
一夜を共にしたというわけではないようね。
腕を軽く伸ばし、ストレッチをしてからドアを開ける。
缶ビールや酒のつまみなどは昨夜と変わらぬ姿を維持している。
意識を無くすほど呑んだ割には、頭が痛くない。
胸焼けや気持ち悪さもなく、二日酔いは免れたようね。
玄関まで足を運んだのだけど、特に面白味のあるものは見当たらなかった。
「帰ったのかしら……。まあいいわ。別にいいのだけど、あなたは何しにこの家に訪れたのかしら?お酒に付き合ってくれたのは嬉しいけれど、それで?もしや、私に惚れているのかしら。罪深い女ね、ふふっ」
なーんてね。
軽くシャワーを浴び、頭をシャキッとさせた後に、今日の予定を考える。
せっかくの休日ですものね。
惰眠を貪り、いかに無駄な休日として過ごすかを頑張るのも嫌いではない。
前に一日ジャージでゆったりまったりしようと意気込んだのだけど、あまりの苦痛に夜から行動を開始してしまったわ。
私、インドア派に見えてアウトドア派みたいね。
今日はやることがある。
そう、それは1つの――儀式みたいなものを。
******
先日、宛先不明の荷物が届いた。
「これ、宛先が書いてないのだけど?」
「はあ。しかし、住所はここであってますよね?」
「そうね。送り先は私の家になっているわね」
小さな段ボール箱には、確かに私の住所が書かれていた。
でもね、誰が送ったかどうかは書かれていないようね。
「まさか、ストーカーが」
冗談じゃない。
私は自分に自信を持ち、ある程度の美人だとは思っていたけれど、ストーキングされた覚えはない。
過去の被害を振り返っても、満員電車の中で、お尻を触られたくらいね。
あとは中高生が私の美貌に取り付かれたように、胸を凝視していたくらい。
生きているだけで人を惑わすなんて、ああなんてイケない女。
――なら私のファンがいてもおかしくないわけね、ふふっ。
「ハンコ貰えますか?」
「ええ、分かったわ」
私のストーカー云々よりも、早く次の仕事に行きたいような素振りを見せる配達員。
死ぬべきだわ。
「ありがとう」
「毎度~」
営業スマイルを振りまいて帰っていった。
ネットであの会社のマナーがなってなかったと誹謗中傷でも書き込んでやろうかしら。
ふふっ、冗談よ。
さて。
届いた段ボールが決して重くない。
女性の私が楽々扱えるのだから、ダンベルは入ってないみたいね。
遠く離れたママが食料を送ってきたということもなさそう。
先日、親戚の叔父さんから大量に蟹を私に送ってきたのよ。
一人暮らしの私に、あの溢れ返るくらいの蟹は異常だわ。
一人で食べられないから、珍しくお裾分けをしたくらい。
こうやって人は近所付き合いを円滑にし、成長していくというわけね。
では、なにが入っているのかしら?
シンキングタイム。
………
……
…
考えても無駄ね。
さっさと開けてしまいましょうか。
リビングへと荷物を運び、道具箱からカッターを取り出し、ひん剥きます。
よくあるじゃない。
「いいではないか、いいではいか」
「止めて下さい、お代官様」
「いいでないか、いいではないか」
「あれ~」
グルグル帯をまわしてみたいの。
あれは女の夢ね。
絶対に帯が傷むし、着物って当然だけど高いのよ。
遠い昔に成人式でおめかしして着込んでいったのだけど、あれ、着るのが面倒ね。
あの日以降、着る機会もなく、実家の押入れの中に収納されているわ。
もったいないの一言に尽きる。
誰か欲しい人がいれば、私のサイン入りプレミアム価格で買い取ってくれる人、居ないのかしら。
売りさばいた貴重なお金で、安価な着物を買い取り、ぐへへとやってみたい。
その時は、誰を呼ぼうかしらね。
あら、女子がなんてはしたないことを口走っているのかしらしら。
新聞紙が大量に詰め込まれていた箱の中に、黒くて怪しい棒状のものが。
少し太いわね。
私のなかに入るのかしら。
ちょっと試したことがないし、殿方でもここまでのものはないと思うわ。
もごっと艶やかに――ぶち込んでみる。
「おいしい」
美味しい黒糖ふがしね。
高級品なのか市販のものよりも太く大きく、黒光りが強く感じられる。
決して双頭ディルドが入っていたわけじゃないわね。
まあこっちじゃなくて、もう一つ入っていたもの。
おそらくそっちがメインなのでしょうね。
「これはフレーム?フォトフレームかなにか?」
長方形の黒縁に、中は透明なガラス。
フォトフレームにしては、少し、いえかなり大きい形をしているようにも思えるけど、たぶん間違いはないわ。
これは、ちょっとオシャレなフォトフレーム。
なんで私の家に送られてきたのかしら。
全く持って予想がつかないわね。
いたずらにしても意味が分からない。
もっと卑猥な写真や盗撮した映像を送りつけて私を楽しませることでもないし、知人が送りつけたにしてもね。
私が喜ぶ品物にも思えないでしょう。
それに写真なんて、この家にはないわ。
飾る写真がなければ、この子の使い道はない。
この子を立てるために、私がちょっと踏ん張らないといけないのかしらね。
ふふふっ、さっきからなにを考えているのかしら。
欲求不満?
別に否定をする気はないわね。
だって――コホン。
わざわざ撮りに行くようなもしないし、残念だけど、誰かからの贈り物はそのまま押入に直行決定。
それにしても、おっきい。
しばらく眺めていると、信じられないものが映った。
信じられないことが起こったということは、これは夢なんだと思う。
夢。
夢でなければ、悪質極まりない冗談。
私の肢体が流出するよりも残忍で狡猾に私を傷つけるもの。
だって、そこにはね。
――居てはいけない人が映っていたのだから。