序章
明日が休日だというけれど、予定はない悲しいオンナ。
別にオンナが悲しいというわけじゃないけれど、オトコでも休みの日が退屈というは甲斐性なしね。
草食系に見えて、やることをやっているというか。
よく分からないけれど、コンビニに行き、お酒を大量に買い込む女という未来像を子ども時代に想像したことはなかった。
だって、バラ色に満ちていたわ。
そう―――棘の道を。
あら、鍵が開いている。
閉め忘れたのかしらそうかしら。
物騒だから気を付けなくちゃなんていうほど、取られて不味いものはないし、見られてまずいものもない。
たまにあるわね、こういうこと。
次から気を付けましょう。
あら、知らない靴に人影。
「おかえり」
「・・・ただいま」
******
人は夢を持てという。
夢。
夢を持つことはいいことだわ。
夢を持たない人間の末路といったら、案外普通に生活しているもの。
でも、無責任だと思うわ。
「お前には夢がない。なにか夢でもないのか?」
いいじゃない、夢なんてなくたって。
醒めているってわけじゃないのよ。
夢を持つリスクをあなたは考えたことある?
「ない」
あなたは悩まずに突き進む人間だったわね。
簡単に図で説明すると…
「口でやれ。口でしろ」
あら、いやらしいわね。
女を喜ばしたって、嬉しいとは限らないのよ。
夢を持つことはひたむきに努力をすること。
どれかを選んで高みを目指すこと。
可能性を切り捨てるということね。
例えば、そうね。
恋愛でお話をしましょうか。
大好きな人間がいて。
好きな人間なら、相手のことをしろうと努力をするわね。
だって、大好きなんだから。
熱意を相手に伝えるために、知識をたくさん持つ必要がある。
知っていく上で嫌な部分も見えてくるかもしれないけど、人間関係を築いていく上で嫌な部分が見えないのはうわべだけの付き合いですらないわ。
嫌なことを知って、それ以上に好きな部分を知って。
この想いを伝えるために、様々なアプローチをする。
恋する乙女は、繊細で純情なのよ。
それにセックスに飢えているのよ。
「で?」
つまんない男ね。
相手といい感じになったとしましょうか。
物語はハッピーエンドしか認めていないから、当然ね。
しかし。
残念ながら付き合うことができなかった。
まあ男なんて一人じゃないから別の人間を当たればいいのだけど、年を取ると大変よね。
マイコーじゃないけど、年齢が上がるにつれて、どんどん白く、そして化粧代がバカにならなくなる。
新商品が意外と私の肌に合うってこともあるし、永遠に終わらない戦いを常に続けることになるわね。
それに、35歳以上の女性が結婚できる確率って酷いものよ。
絶望的と言っていい。
明日は快晴ですと予報されているの関わらず、傘と長靴を装備して出社するようなもの。
奇跡を起こせる人間は精々、芸能人くらいなものじゃないかしら。
だって、彼女らはスターなんですからね。
「で?」
嬲って嫐るわよ。
少女漫画みたいに簡単で、携帯小説よりも単純に説明しましょう。
夢が叶わなかった。
彼を忘れることができなかった。
激しい夜だったのね。
新しい人間を探すも、彼の面影を忘れられない。
彼を基準に考えてしまう。
いい人だったけど、もし彼だったら。
イケメンだけど、もし彼だったら―――
夢を持つということは情熱を注ぐこと。
たくさんある選択肢の中から、1つを選ぶこと。
可能性を切り捨てること。
もし価値観が1つに定まってしまったのなら、それは信仰と言っていいわ。
普遍的な価値観なんて存在せずに、絶対的な価値観なんてあるはずがないの。
だから、夢を追う人間はトラウマを追う覚悟もすべきなのよ。
トラウマを追う責任を考慮せずに、ただ夢を持て!頑張れ!という言葉は冷たすぎるわ。
「ふうん」
あら、私ったら、つい長く話してしまったわ。
無口キャラが崩壊してしまう。
あなたがたまには話しなさい。
「うっせーな」
酷い。
その言葉、墓場まで持っていくから覚悟しなさい。
夢(Dream)と心的外傷(trauma)のスペルって似てるものね。
1つの想いに縛られるという意味では、どちらも一緒なのよ。
ポジティヴに考えれば、それを夢という。
ネガティヴに考えれば、それを心の傷という。
本来、どちらも一緒のものなのに。
ただ見方が違うだけで同質に扱えるもの。
だから、私は言葉が嫌いなのよ。
言葉に意味なんてないわ。
「そんなもん慎重になればどうにかなるん―――」
慎重になれるっていうの?
私には無理ね。
夢が掴めそうで、現実的になり、あと少しの場所ではしゃぐことなく、居続けること。
私には無理よ。
どこで喜べっていうのよ。
だから、私は夢を見ないの。
夢追い人の結末は、いつもDEAD ENDなのよ。
******
「どれくらい飲むんだよ。そろそろやめとけよ」
あら、優しいわね。
いいのよ、別に明日休みなんだから。
特に予定もなく、未来もなく、将来もなく、寝て過ごす予定だったし。
「まだ引き摺ってんのか?いい加減、止めろよ」
引き摺る?
私、なにか持ってきたものなんてあったかしら。
考えてみるとそうね。
ないわね。
「トモ。あれは捨てるべきだ」
あれ・・・それ・・・・どれ・・・・ううえう
「酔いが顔に出ない奴だから困る。強いのか弱いのかわからねえよ。大丈夫か」
大丈夫に決まってるじゃない。
大丈夫じゃなかったことなんて一度もないわ。
常に私は、前向きに健康的に生きてきて、これからも健全に生活していくわ。
それよりも、どうしたの。
いきなり私の家に訪れて。
また相談事かしら。
「前にメールを送っただろ。忘れたのか?」
メール?
ちょっと待って。
最近、見てなかった。
えっと・・・・・どれだ・・・・・115・・・・あった。
こんなメール来てたのね。
忘れてたわ、忘却の彼方に。
「ったく、このダメ女が。俺よりも、まず、トモ。いい加減、大人になれっつーの」
お腹が空いたわね。
少し時間が遅いけど、なにか作ってくれないかしら。
それか近くのコンビニにお酒を買ってきてちょうだい。
「まだ飲むのか!!俺、全然あけてねーぞ」
あー眠くなってきたわね。
今日はちょっと疲れたのかもしれないわね。
珍しく夢を語るなんて青臭いことを言うなんてね。
どうかしているのかも。
「おい、ちょっと待て。落とせ!!つか寝るな!!」
落とせ?
落とせってなにを落とせって言うの。
私の人生かしら。
ごろごろにゃー
寝るな?
誰かと一緒に寝た感覚が懐かしい。
最近は、忙しかった。
忙しくても、やることやっているものなんだけどね。
「×××・・・・・あー・・・・×ん×く×ー・・・・」
声がだんだん遠くに聞こえる。
これは睡魔に襲われているようね。
どうせ襲われるならイケメンが良かった。
好きな芸能人と聞かれれば、誰かしらね。
私、綺麗なだけの若者よりもちょっと渋いおじ様が好きなんだけど。
それであなたは何で私の元に訪れたんだっけ?
確か話したいことがあったようね。
すっかり忘れていたわ。
覚えているのなら、今度、聞かせてくれるかしら。
今はだた―――優しい嘘に包まれていたい。