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注げるもの

無心でペダルを漕いだ。

瞬きを忘れ、回る車輪をひたすら見ていた。


縁石にぶつかり、転ける。


「いってぇ…」


そりゃ下ばかり見てたら転けるわな、アホめ。

…ほんとに、何でこんなにも頭が回らないんだろ。

袋から出て来たオレンジが目の前を転がる。


あの女が居なければオレンジなんか買わなかった。

髪も切らなかったし、ここで転ける事も無かったのに。

あいつなんか引っ越して来なければ良かったんだ。


そしたら、こんなに…——

さっさとネカフェに拠点移さないと。




街に着いてチャリから降りるとガードレールに体を預けて凭れ掛かった。

ほとんど下り坂だった筈なのに、凄く疲れていた。

これでもかって位に猫背になって道行く人の足元をひたすらボーと眺めていた。


背後では車のライトが通り過ぎ、信号機や周辺の建物の明かりが忙しなく点滅していて、俺だけ止まっているように感じる。


「戻るだけじゃん…」

ほぼ無意識にそう呟いていると、ポケットに入れたスマホが振動して目線を上げる。


『あ、光くん?今電話いい?』

「ん、大丈夫」

『光くん、YouTube全然ログインしてないでしょ?今すごい事になってるよ』

「あぁ、何かと忙しくて見てないな」

『光くんが前に上げた動画が世界レベルでバズってるよ、“ナスとうずらの卵でエイリアンとシガニー・ウィーバー作ってみた”ってやつが』

「へぇ、そうなんだ」

『今、何処にいるの?外?』

「うん、拠点をネカフェに移そうと思って」

『…』

「ずっとあの家に居る訳にはいかないからさ」

『うちくる?』

「ユキエを追い出してくれたら行く」

『それは無理』

「何がそんなにいいの?ぷくおはあの女に手ぇ焼いてる感じだったじゃん」

『あのね、光くん、…なんつーか、ちょっと恥ずかしい事言うけど、恋愛って愛して貰うだけじゃないんだよ、愛する事も幸せなんだよ』

「…俺には、…分からん」

『まぁ、取り敢えず本当に困ったら言って、迎えに行くから』

「うん、その時は頼むわ」


電話を切ると手に持っていた袋の中のオレンジに視線を落とす。


本当は心当たりがあった、でも咄嗟に嘘をついた。

もう俺にはその資格が無いから。

そして気付かされた。

俺は恋をしていたんだなって。


頭ん中お花畑で、危機管理能力もゼロで、チャルメラもまともに言えないのに、それなのにあの純粋な笑顔が頭から離れない。


いつからだろうか、あいつが喜びそうな事、物を探してた。

全部あいつ中心だった。

俺はそれが楽しくてしてたんだよな。

終わってから気付くとか、バカだな。


重い腰を上げてトボトボと歩き出した。


「宮澤さん!」

突然前方から名前を呼ばれ、顔を上げると隣の女が立っていて小走りでこちらに向かって来た。


「何処に居たんですか?もう8時ですよ?帰って来ないから心配したじゃ無いですか」

「え、あ」

状況が読めず返事が出て来ない。


「髪の毛切ったんですか?似合ってる」

そう言って笑うと、俺の心臓はギュッと握り締められたかのように苦しくなった。


「…俺、家を出てくよ」

「え、なんで…?」

「いや、だって、迎えが来ただろ?花束持って…」

女は口をぽかんと開けて俺を見た。


「私は宮澤さんを迎えに来たんですよ?一緒に家に帰るために、私の家はあの森の中の小さな家なんです」

逸らしていた目線を向けると女は続けた。


「…私の、中には、宮澤さんしかいないです、他の人が入る隙間なんて無いんですよ」

照れたように視線を落としてそう言うと顔に赤みが滲み出した。


重力を失ったかのように、シュワシュワと炭酸が登っていくように体が軽くなっていく。


「さ、帰りましょ」

そう言って俺の手を引いて歩き出した。


「…優香!」

初めて名前を呼んだ。

名前を呼んだだけなのに唇が熱くなっていく。


「俺は、優香が好きだ、イケメンでも背が高いわけでも無い、金も何も無い、でも俺は今、すごく君を幸せにしたいと思ってる」


優香は小刻みに揺れるキラキラの目を俺に向けている。


「…こんな風に思われて、嫌、じゃない?」

恐る恐る聞くと優香はふふ、と笑い「やったぁ両思いだ」と目を細めた。


脳内で花火が上がる。

ジタバタしたいくらい嬉しい。


手を引っ張り優香の体を寄せると両手で頰を包んて唇にキスをした。

何の躊躇いもなかった。


顔を離すと街の灯りを反射させた、エレクトリカルパレード開催中の目が飛び込んで来た。


そして、とろけそうなほど甘い声で囁いた。


「帰ろっか」





      ———————————

拙い小説に時間を割き、読んで頂き、ありがとうございました。

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