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光くんと優香ちゃん

スクールカースト上位です。

我が社の営業部のエースです。

休日はいつも予定が入ってます。

あなたとは正反対です。


写真の男を見ているとそんな言葉が浮かぶ。

爽やかなカップルの写真、ウザいだけのはずなのに、男に寄り添い笑顔の女の顔を見ているとモヤモヤしてくる。


カタン


襖が音を立てるとビクッと体が反応し、振り向くと、女が立っていた。


「あ、悪りぃ」

「いえ、大丈夫ですよ」


女は部屋の明かり付けると室内に入り、俺の横に並んだ。


「この写真は1年前の物で、私の横に写っている男性は…元、婚約者といったところです」

「…へー」


何だか訳ありっぽくて聞きたく無いなと思ったが女は続けた。


「中学生の時からなのでもう10年以上の付き合いがあったのですが、」

女は言葉を詰まらせた。




「去年、…交通事故で……」




女は震える唇を噛んでそれ以上語らなかった。


俺は返す言葉が見つからず、写真に視線を落としたまま黙っていた。




「担ぎ込まれた病院先の看護師さんとデキてしまったんです」

「生きてるんかい!!」


思わず大きな声を出してしまった。

この流れ、死んだと思うじゃん?


「12年、一緒にいて家族のような存在だったのに、呆気なく離れてしまって、悔しくて、悲しくて…」


俺のツッコミが聞こえていなかったのか女はポロポロと涙を流しながら話し続けた。


「本当に好きなら彼の幸せを祝福するべきなのに、それなのに、私はそれが…出来なくて、だから、遠くに逃げて、彼は死んだんだって自分に言い聞かせて、写真飾って…」


「——…んなもん、死ぬほど恨んでやれよ」


俺がそう言うと、肩に掛けたタオルで涙を拭いた女は顔を上げる。


「恨めばいいじゃねぇか、その男でも看護師でも、アタリどころはあるだろ?俺が呪いの掛け方教えてやる、藁人形の作り方も教えてやるよ、とことん恨めよ!」

女はタオルを握りしめ、戸惑いの表情で俺を見ている。


「俺なんて、アタリどころが無かった、」





———————

「何それ?」

「変だよ」

「気持ち悪っ」

「変わった子だ」

「協調性を持ちなさい」


俺は昔から周囲と馴染めず、浮いた存在で周りの大人やクラスメイトからはいつも否定的な言葉ばかりを浴びせられていた。

イジメとまではいかないが、何かあると俺のせいにして攻撃の対象にしていた。


図工で作った奇形の怪物も気持ち悪がられ、大人は顔を顰めるが、両親だけは褒めてくれた。

成績が良い方ではなく、スポーツが出来る訳でもない。

褒められる所なんて何一つない。

それでも俺の親は俺を責めたり更生されるような事はしなかった。


「光は優しい子」

「私達には分かっている」

「光は自分の世界を持っている子」

「誰かに合わせる必要なんて無い」

「光はそのままでいい」

「人に迷惑掛けていないなら、好きな事をしなさい」


両親はいつも俺を褒めて、肯定してくれる。

人の多い所が苦手な俺でも、親と一緒なら観光地でも祭りでも楽しかった。




俺の唯一の拠所である親は、交通事故で死んだ。

車線をはみ出した大型トラックが、車の前方に座っていた両親を潰した。


この世界で唯一自分を認めてくれる存在、愛情を注いでくれる存在、それが一瞬で、2人同時に居なくなった。


突然、真っ暗な穴の中に落とされたようだった。

深い深い穴の中に。




死んだトラックの運転手の嫁が葬式の時に来て、俺に向かって土下座しようと砂利の上で膝を付いた。

デカい腹を抱えて必死に体を折り曲げようとして、周りがそれを止めに入る。


それを見た俺は誰を恨んで良いのか分からなくなった。

だから“神”ってやつを恨んだ。



その後施設で育ち、18で1人暮らしを始めて就職するも長続きせず、職を転々として嫌な思いをたくさんして、世間から逃げるようにこの家に戻って来た。

両親との思い出が詰まった、安心して“自分”に戻れるこの家に。


否定ばかりされてきた俗世からは距離を置き、1人の世界にどっぷり浸った。


こうしてお化け屋敷の住人が完成した。

——————




一頻り話し終えた俺は、俯いた顔を女に向けると、女はじっとこちらを見ていた。

目に涙をタプタプに溜めている。


「…辛かったね」

そう言うと両目からドバッと涙が流れる。


「お前もな…」

そう言うと俺はTシャツの裾を顔に当てた。

涙が流れたからだ。


辛かったね、その言葉で、自分をぎゅうぎゅうに縛っていた紐が解けて、息がしやすくなって体の力が一気に抜けていく。


女は踵を上げると俺の頭を抱えて自分に引き寄せる。

俺はごく自然に手を回していた。

小さい体のはずなのに、大きく感じる。


顔を埋めた茶碗蒸しからは石鹸とは違う、今まで嗅いだ事のない良い匂いがした。



——————



昔、ハムスターを飼っていた事がある。

口を大きく開けるから“プレデター”と名付けて可愛がっていた。


両手で囲うようにして待つと、ふんわりと柔らかくて温かくて小刻みに動くその振動が心地良かった。



———…何かが額の上を優しく擦り、その動きは耳へと流れた。

薄目を開けると誰かの手の平が視界を遮っていて「あ」と言う声の後に手が引っ込むと、女の顔が目の前に現れた。


「おはようございます」


少し動いたらくっ付いてしまいそうな程の距離にいる女と目が合うと俺は慌てて顔を逸らした。


「…ぅお、ぁあっ」

女の体から手を離して後退りすると、情けない声を上げながらベッドから落ちてしまった。

ゴツンと棚に頭を打ち付ける。


「大丈夫ですか?」

「…くっ」




あまり覚えていない、と言いたい所だが、女に甘えたのを俺は覚えている。

女に頭を撫でられて、抱きついて、2人して泣きまくった、気がする。

その後、2人とも泣き疲れてそのまま寝てしまったのだろう。


恥ずかしい、恥ずかし過ぎて穴掘ってブラジルまで行きたい。






天パの長髪に無精髭、重めの奥二重。

アイテムだけで言えばオダギリジョーと一緒だ。

違うのは顔の各パーツの形と配置。

そんな俺様の顔は今、目がパンパンで森山未來か米津玄師みたいになってしまった。


冷水で顔を洗い、鏡の中の自分のを見てため息を吐き、項垂れる。

あの女に抱き付いて寝てしまった事をさっきから何度も思い返しては悶絶している。


「宮澤さん」

「ひゃいっ」


背後から名前を呼ばれ、びっくりして声が上擦った。


「チャ()メラ作ったんですけど、食べませんか?」

「あ、あぁ、食べる」


ちゃぶ台の上にはどんぶりが2つ用意され、中にはハムと卵の乗ったラーメンが入っている。


女は髪を一つに結ぶと「いただきます」と手を合わせたので、俺も「…ます」と聞こえるか聞こえないかの小声で手を合わせた。


「あ」


女が何かに気付いたように声を出すと俺は顔を上げる。


「ちょっといいですか?」


そう言うと膝立ちしてデーブルの向かいにいる俺に向かって両手を伸ばした。

すっと手がこめかみを撫で、後頭部に流すと手首に付けていたヘアゴムで髪を縛り始めた。

目の前にある胸に、昨夜の光景が浮かび思わず目を瞑る。


「はい、出来ました」


その言葉に目を開けると外の光を背に受け、優しく微笑む女の顔が飛び込んできた。

体がふわっと浮く感覚がする。

ジェットコースターの急降下の時のような浮遊感。


「えへへ、お揃いですね」


この女は、何がそんなに楽しくて笑っているんだか、うふふ、と体をもじもじさせて、何がそんなに楽しいんだ?


そんで、なんで俺も頬が上がっているんだろ。

抗えないくらい強い力で引っ張られるように顔がニヤけてしまう。


なんか、良く分かんないけど、もう、お腹いっぱいだ。






「…え、家に?」

俺の問いにコクリと頷く。

女は焼け跡に何か残っているかも知れないから見に行こう、と言い出した。


家は綺麗に燃えた訳ではなく、2階部分を少し残したまま建っている。


「崩れたりしたら危ないからやめた方がいい、消防からも入るなって言われてるし」

「そうなんですか?…ヘルメットがあれば良いのかな?」

「いや、違うと思う」

女は腕を組んでう〜んと考えていた。


「ヘルメット無いしな…何か守れる物…」

「いや、話聞いてた?」

「あっ、そうだ、良い事思い付いた!」


余計な事じゃなくて?と聞きたいが話が噛み合わなさそうだから取り敢えず女の話に耳を傾ける事にした。

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