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バーニング

『車で迎えに行くからさ、いつもの喫茶店で会おう』

「いや、ちょっと予定が入っているから」

『何の予定だよ』

「…風邪引く予定」


ぷくおが電話してくるなり彼女を紹介したいと言うから、何とかそれを避けようと俺は言い訳しをて逃げている。


女とはあまり話した事が無いし、接し方が分からない、友好的な態度を取れる自信がない、だから避けたい。


『じゃあ、来週の金曜日迎えに行くから』

そう言うとぷくおは強引に電話を切った。


ぷくおのバカ…。


スマホを放り投げてソファに寝転んだ。

不貞腐れながらクッションの位置を整えていると、外から何やら話し声が聞こえて来た。



「女の子が1人だと何かと危険だからさ、俺が守ってあげるから、ほら、隣の奴とかから」

「そんな、大丈夫ですよ」

「俺酒飲まずにここまで送って来たんだよ?お茶くらい飲ませてよ」

「ごめんなさい、もう遅いので、」


隣の女が男に絡まれている。

女の顔はいつものヘラヘラ顔だが、引き攣っている。


あの若い男は消防団員と見た。

田舎の消防団は暇さえあれば何かと集まっては酒を飲んでいるのだが、女もそれに付き合ったのだろう。

そんなの、セクハラ受けに来ました、って言うような物なのに、阿呆な女だ。


「…」


カーテンの隙間から様子を見ていた俺は、ある物を取りに2階へ向かった。


それは昔“インシディアス”と言う映画を見た際に心を奪われた悪魔のマスクだ。

劇中で俳優のパトリック・ウィルソンの背後に悪魔が姿を現すシーンがあるのだが、俺はポテチを撒き散らしながら悲鳴を、いや、黄色い歓声を上げた事がある。

それほどドキッとするご容姿なのだ。


〈インシディアス 赤い悪魔〉で検索するといい。

ドキッとするから。


マスクはネットで購入し、YouTubeで紹介した後は箱にしまっていたのだが、ついにこの“赤い悪魔”のビジュをフルに活用する日が来たようだ。


シリコンマスクを頭から被り、黒いガウンを着るとフードを被って外に出た。


男は女の肩に手を回し、顔を覗き込んでいる。

女は泣き出しそうな顔をしているのに、気付いていないのだろうか、この馬鹿ちんこ野郎は。


俺は女の背後から2人に近づき、玄関ライトの当たる箇所までゆっくりと歩いた。


暗闇から目を見開いた赤い顔の悪魔が、ぬっと姿を現す。


「ッギャーーーー!!!」


男は俺と目が合うと金切り声で悲鳴を上げ、腰を抜かしながら逃げて行った。

想像以上のデカい声に俺までビックリする。


膝をガクガクと揺らしながらキャーキャー言って男は走って行く。

おう、そうだそうだ、森へ帰れ、産まれたての子鹿め。


女は状況が読めず、「え?」と漏らしていたが、振り向いて俺と目が合うと悲鳴を上げて手で顔を隠した。

と、思ったらすぐに顔を上げて俺を見た。


「…宮澤さん?」


「……あっ…」

しまった、いつものタバコ吸い用のサンダルで出て来てしまった。

バッドばつ丸くんのやつで。


俺はすっと後退りしてその場を去り、家に戻る。

多分だけど、ガチャって音でバレてる、俺だって事が。


別に、女を助けようとして取った行動ではない。

男に襲われるのは、ちょっと、可哀想かな、って。

それが俺の呪いのせいにされたら堪らないし、俺はそんな酷いものは望んでいない。

階段の最後の一段に気付かず心臓がヒヤッてなるとか、レトルトパウチを両側から裂いたのに本体から切り離せなくてイライラするとか、その程度でいい。



—————



黒のバックスクリーンに照明を当てて被写体を置く。

部屋のカーテンを閉め切り、真っ暗にしてからカメラの録画ボタンを押す。


「今回は海外のサイトで購入した古いオルゴールを紹介しよう」

ナレーションは後から低くて重量感のある声に加工する。


「このオルゴールの最初の持ち主は、殺害され死体はバラバラに」

ピンポーン

「ひゃんっ」


緊張しなから曰く付きのオルゴールについて語っていると玄関のチャイムが鳴り、俺は跳ね上がった心臓の叫びを代弁するように声を上げた。


バクバクする胸に手を当てながら玄関を開けると、やはり、隣の女だ。

こいつ以外に俺を訪ねる人間なんて居ない。


10㎝ほど開けた玄関から中を覗くように女は首を傾げた。


「あ、宮澤さん、こんちには」

「…なんだ」

「あの、カレーを作り過ぎてしまって、良かったら貰ってくれませんか?」

「いっ、」

いらんと言いたい所だがカレーは好物だ。


「鶏肉は入れてないです、ポークカレーなんですけど」


それを聞いた俺は玄関を開けて手を伸ばす。

すると女はゆっくりと目を開いて少し驚いたような顔をした。

陽の光を反射した水面みたいに目がキラキラと輝いている。


俺は後ろを振り向いた。

池、じゃないよな、俺の家だよな、ここ。


女は俺と目が合うと、涙袋をぱんぱんにして目を細め、ふふっと笑った。

女の髪の匂いが風と共に室内に吹き込む。


その瞬間、またもや何かが体を突き抜けた気がした。

太鼓の一打の如く、心臓がどどんっと鳴る。


「あの、この前、」

女が何か言おうとしていたが俺はそれを聞こうとせず、手を中に引っ込めて玄関を閉める。

我ながら素早い動きだ。


あれ以上あの女の前に立っているのは危険だ。

体中がむずむずしてくる。特にケツの穴が。

あの女、何かしやがったな…?





「…苦し…い…」


このカレーには絶対に何か入っている。

中毒性の高い何かが。


普段の俺は華奢なOLさん位しか食べないのに女の持って来た鍋入りのカレーを全部食べてしまった。

お陰で我が家のサトウのご飯が品切れだ。


「う、体が重い…あの女、一体何を…!」

俺は負けない…くっ、油が固まる前に…この鍋を、洗ってやるっ


鍋を拭いて中にメモ用紙を入れて女の家の玄関前に置くと、帰って速攻寝た。


満腹で寝るって気持ち良いものなんだな、と忘れていた何かを久しぶりに思い出したかのように心地よい懐かしさを感じる。


因みにメモ用紙には“うまかった”とだけ書いてある。

正直、下心だ。

また、作り過ぎて欲しいという下心。


カレーがうまいのは認めよう、でもそれ以外は認めない。

絶対にな。



———それから女は時々食べ物を持ってくるようになった。


ハンバーグや餃子とかならまだ分かるが、一人前のオムライスを作り過ぎたと言って持って来た時はどうツッコもうかと思ったけど、とりあえず「お、おう」とだけ言って受け取る。


チャイムが鳴ってドアを開ける度に、女は目ん中でエレクトリカルパレードを開催してるのかってくらいピカピカさせて俺を見る。

そんで、何がそんなに楽しいのか分からんが、いつもヘラヘラしてる。


女を見ていると、体を内側からくすぐられているような感覚がして、何と言うか…ションベンしたくなる。

だから女が何か喋っていても俺は食べ物を受け取ると直ぐにドアを閉めた。


そんな粗塩対応しているのに女は懲りずにまた何かしら持って来る。

…健気な奴。

いや、違う、何か企んでるのかも知れない。

餌付けして俺の弱みを握って優勢な立場を確立しようとしているのかも知れない。

阿呆なフリして実は策士の可能性もある。

油断大敵だ。



————



「名前はユキエ、歳は21」

「…へぇー」


車に乗って喫茶店へ向かう道中で、彼女の情報を晒すぷくお。

どうでもいい…出発したばかりだがもう、帰りたい。


「別に、愛想良くしようとか思わなくて良いから」

「…思ってねぇよ、ただ、この泥棒猫って叫ぶかも」

「そっちの方が嫌だ」


ぷくおご自慢のスープラから降りて店に入ると、店内にはユキエが座って待っていた。


ユキエは黒髪のショートで、片目を隠すように前髪が斜めにカットされたヘアスタイル。

目の周りは黒く、濃いアイメイクを施し口は赤黒く塗っている。

服装はストッキングみたいなシースルートップスにタイトな黒のキャミワンピを着ていた。

意外なゴス風な彼女にぷくおの方を二度見する。


「お待たせ」

「大丈夫、あたしも今来たばかり」


ユキエはそう言うと真っ黒な爪でタバコを灰皿に押し潰す。


「…どうも」

「どうも」


俺とユキエは挨拶を交わし、席に着いた。

初っ端からこんな事思いたくないが、同族嫌悪、そんな言葉が浮かぶ。


「……」

「……」

「……」


沈黙。

ユキエは腕を組んで俺をじっと見てるし、これじゃあ側から見たら男女の修羅場みたいだ。


「で、どう?ユキエ」

ぷくおが話し始める。

どうって何?と思いながらぷくおを見ると2人とも真剣な顔をしていた。


「うん、色々憑いてるね、面白いくらい、色んなのが」

「やっぱり…」


2人の会話の内容が汲み取れず、首を左右に動かして交互に顔を見た。


「ユキエは見える子なんだよ、色んなモノが」

「え?視力がマサイ族並みって事?」

「…」


誰も“マサイ族”に関して反応してくれない。キツ。

今のを思い出して5日は落ち込める。


「お前は変なモノばかり集めてるから心配で、だから一度ユキエに会わせたかったんだよ」

「君、このままの生活続けてたら1年後には死ぬよ」

うるせぇよ、って言い返したいがぷくおが心配してくれているから言わない。


「でも、なんかすんごいポジティブなものも感じるんだよね、外からだけじゃなく、内側からも」

ユキエはそう言うと、人差し指でくるくると俺を囲うように円を描いた。


「俺は心配なんだ、光くんの身に何か起きそうで」

「ぷく、治くん…」

「大丈夫だよ、一気に変わる…煙…が、見える、悪い物が一気に取り払えて、陽の力が君を変える、はず」


「本当に近いうちに大きな変化が起きるよ」

ユキエはそう言うとコーヒーを啜った。


そんなこと言われても正直俺は、へー、としか思っていない。

頭ん中では鼻ほじりながらユキエの話を聞いてる。

煙だの、変化だの、勝手に言ってろつーの、なんて思いながらぷくおに家まで送って貰ったのだが、帰ったら家が燃えてた。


そう、家が燃えてた。

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