届けこの想い
今日もまたピアノを練習する音がしている。
たまにウクレレの音が聞こえる事もある。
女は保育士と見た。
朝になるとド派手で阿呆丸出しのエプロンを着て何処かに出かけ、夕方には帰って来る。
あんなダサいエプロンを保育士以外が着ているところを見た事がない。
動画を撮っている最中に女の奏でる音が漏れてきて、何度撮影を中断した事か。
俺はYouTubeで登録者数10万人を誇る動画クリエイターをしているというのに。
魔界についての豆知識やコレクションしている呪物を紹介したりする動画を撮らなきゃいけないのに、なのにあの女が“かえるのうた”やら“チューリップ”を弾くから世界観が台無しだ!
…そんな迷惑な隣人には特別な贈り物をしようと思っている。
それは心霊大国タイの呪物、“ルッククロック”だ。
胎児の遺灰を混ぜて作ったと言われる、お土産感覚で買える金ピカ人形のクマントーンとは違い、ルッククロックは胎児をミイラ化させた呪物だ。
なんのこっちゃって思った奴にはちょっと古いけどggrksという言葉を送ろう。
とは言え、遺灰だのミイラだの、本物を手に入れるのは難しいので、俺はリアルな人形をネットで購入した。
人形とは言え、お菓子などのお供物をして大切に扱わないと災いを起こすと言われている。
この人形をあの女に送ったら…ふふふ…どうなるか楽しみだ。
週末、女は消防団の服を着て家を出る。
田舎の保育士になると自動的に消防団にも入らされるのだ。可哀想な自治会の犬め。
因みに俺には消防のお誘いの声は掛からない。
この村では森の中のお化け屋敷に住む危ない奴というポジションにいるから誰も俺に近づかない。
まぁ、そんな事はどうでも良い、俺は早速届いたルッククロックを女の家の玄関前に置いた。
見た目は茶黒く、四肢を曲げて背中を丸めた小さなカピカピの人形だ。
文字が書かれた赤い布に巻かれて桐の箱に入った精巧に造られた人形の禍々しさに、さすがの俺様も顔を引き攣らせる。
「…俺はお前の持ち主じゃないからな」
念の為に吹き込んでおく。
正午過ぎ、女が戻って来た。
車を降りると早速玄関前の荷物に反応する。
俺はその様子をカーテンの隙間から覗いていた。
女は箱の蓋を開けるも、特にリアクションはせず、箱を持って家の中に入って行く。
何とも呆気ないご対面に俺はガッカリした。
ちっ、もっとキャーとか言えよ、んだよ、あのノーリアクション。
でもまぁ、あの人形が何かしら良い仕事をしてくれる事を期待するとしよう。
次の日の朝、俺は目を覚ます為外に出てタバコを蒸した。
玄関ポーチに座ってぷかぷかしていると女が家から出て来る。
大きなカバンを持って阿呆丸出しエプロンを着ている。
その手には何やら小さな物が握られていた。
茶黒くて丸い頭の様な形…その体にはピンクのワンピースが着せられている。
……まさか…⁉︎
女は俺と目が合うとニヤリと笑って手を振って来た。
すると手に握られていた物がこちらを向いた。
ルッククロックだ…
ちゃっちぃワンピースの胴部分には“mell”と書いてあり、頭には赤いリボンが巻かれておめかしされている…!
女は車に乗り込むとルッククロックをボンネットに置いた。
車が動くとその振動で頭のリボンがズレて斜めになってしまう。
なんて…なんて不様な…
女は車で通り過ぎる時、またもやニヤニヤと笑いながら手を振って通り過ぎて行った。
「い…16,000円もしたんだぞっ」
立ち上がると、走り去る車に対して思わず叫んでしまった。
—————
お気に入りの場所で瞑想する。
それは2階にある子供部屋だ。
この部屋には世界各国のお面などの呪物や悪魔関連のオブジェやタペストリーなどが置かれている。
2階には俺の部屋以外にも書斎と何も無いだだっ広い部屋がある。
その2部屋に関しては何年も開けていない。
瞑想したいのにあの女のニヤケ顔が頭に浮かんで集中出来ない、クソ、俺の脳内にまで侵入しやがって、なんて迷惑な奴!
モヤモヤとする感情に抗うように頭を掻いていると外からカラスの鳴き声が聞こえてきた。
外に目を向けてみると、数羽のカラスが雑林の上空を飛んでいる。
まさか…
俺は外に出て、その場所に行ってみた。
やはり、カラスの死骸がある。
カラスは仲間の死骸に集まるのだ。
死んでまだ間もないようで臭いはしていないが、翼を広げた状態の真っ黒なその個体は、近寄り難い特異なオーラを放っていた。
俺は家にあったトングでそれを摘んで持ち帰る事にした。
近寄りたく無いから腕を伸ばしたまま、距離をとって歩く。
力無くぷらぷらと揺れているカラスの死骸を見ていると上唇がピクピクと吊り上がってしまう。
俺はソレをそのまま女の家の玄関前に置いた。
ふふふ、俺って悪い奴。
夕方、車の走行音が聞こえて窓から外を覗く。女が帰って来たようだ。
女は車を降りるとスタスタと玄関に向かって行った、そしてピタッと足を止める。
顔を近づけて確認した後、カバンからハンカチを取り出し、カラスの上に覆い被せると死骸ごと持ち上げた。
そしてそのまま家の中に入って行く。
んでだよっ、もっと、こう、キャーとか、ワーとか、言えよ!
…てかよく持てるな。
しばらくするとパタンと車の扉が閉まる音が聞こえて来た。
カーテンの隙間から外を覗くと、女が上半身を車に乗り込ませて何かを探している様子だった。
車内に忘れ物でもしたのだろうか、馬鹿そうな女だからな。
車から体を出すとその口元には食べ物を咥えていて、串に刺さった物のようだった。
よく見るとそれは焼き鳥だと認識した俺の目は、点になる。
女は腰に手を当て、目を上に向けて何か考えるような仕草で口をもぐもぐと動かしている。
……まさかな…
俺は口に手を当てて肩を縮こませた。
いくら新鮮な肉だったとはいえ、それは無い、よな?
そもそもあの死骸を見た後によく焼き鳥が食えるな信じられん。
あの女、絶対頭おかしい。
早く出て行ってもらわないと。
そう思いながら俺は鳥肌の立ってしまった両腕を指すった。己を抱きしめるように——。
自らを抱擁してから程なくして玄関チャイムが鳴る。
普段は訪問客など来ることがないので“ピンポーン”という音に俺は体がピクンと反応してしまった。
恐る恐る玄関ドアを開けるとそこには隣の女が立っていた。
女の姿を見て、俺は得体の知れない恐怖…緊張感…いや、よく分からんが取り敢えずなんか心臓がしんどくなった。
「あ、宮澤さん、こんばんは、隣の香田です」
女は目を柿の種みたいに曲げてコロコロした声で喋り出した。
「…なんだ?」
いつもよりも低い声を出す。俺なりの威嚇だ。
「あの、肉じゃがを作り過ぎてしまって、良かったら貰ってくれませんか?」
「…」
「牛肉が売り切れてたので、代わりに鶏肉が手に入ったのでそれで煮込んだんですけど、」
「いらんっ!」
俺はおも思いっきりドアを閉めた。
——————
「やべーじゃん、その女」
「恐ろしくて昼しか寝れん」
「いや、ただの昼夜逆転」
久しぶりの外出。
今俺は唯一友達と呼べる“ぷくお”と喫茶店に来ている。
ぷくおは登録者数100万人越えのゲーム実況YouTuberだ。本名は上福治。
主にホラーゲームをプレイしており、何度かコラボもしている。
お互いに親なし、兄弟、親戚なしのクールな男、という共通点があり住んでいる場所が近い事もあってすぐに意気投合した。
月に何度か気が向いた時にこうして静かな喫茶店で近況を報告しあっている。
「そんな遠回しなアプローチじゃだめだと思うよ、光くん」
「下の名前で呼ぶな」
「くくく」
両親が付けてくれたからこんな事言いたくないけど、自分の名前、嫌い。
「もっと、こう、俺はお前を嫌っている、呪ってやる!って感じを出さないと分かんないと思うよ、その鈍感女には」
「そうか…」
「あと、俺彼女出来た」
「そうか…、え、はぁ!?」
ぷくおの発言に俺は尻を浮かせた。
「どおりで…どおりで引きこもりの白さが保たれてないと思ったんだよ」
「いや、肌の色で引きこもりの判断するなよ、差別だぞ」
(裏切者)
「彼女出来ても引きこもってはいるよ、彼女が休みの日はうちで一緒にゲームとかしてるし」
(裏切者)
「でも、家賃がもったいないから一緒に住もうかって最近話しててさ」
(裏切者)
「…彼女作らない約束とかしてないよな?さっきから口パクで裏切者って言うの止めろよ」
「…お前は“天涯孤独仲間”だと思っていたのに、俺は悲しい」
「別に好きで孤独してた訳じゃねぇよ」
「…ぷくおのバカ」
「止めろよ、“恋心に気付かない鈍感な幼馴染に向けてのセリフ”みたいに言うな、あとぷくおも止めろ」
ぷくおは俺と違って金もあるし清潔感もある、彼女が出来るのも不思議ではない。
ただ、ショックである。
同志だと思っていたから、女に笑顔を見せる事があるのかと思うとジェラシーが湧いてくる。
ぷくおは今度彼女を紹介すると言うと俺は無視を決め込んでやった。
俺たちはその後2時間話し込み、別れた。
ぷくおはスープラに、俺は電動アシスト自転車に乗ってそれぞれ帰路に着く。
家に着くと“俺だけのぷくお”を失った悲しみを抱いて、ソファで眠りについた。
———小さな物音で目を覚ます。
カーテンを捲り、外を見ると女が草取りをしていた。
首にタオルを巻き、手には軍手をつけて家の周りの草を抜いている。
ご苦労なこった、草を抜いたところでボロ屋の景観が良くなるとでも?
メリットはせいぜい蛇が出てこなくなることくらいだろう。
雑草が生い茂っている方がお化け屋敷感あるから俺は抜かないけどな。
前屈みで忙しなく手を動かす女の首元のタオルが解ける。
するとじんわりと汗の滲んだ胸の谷間が姿を現した。
ぷるんぷるんと茶碗蒸しみたいに揺れている。
……………
「…ぐぁっ!」
体を反らせて目頭に手を当てた。
何を見ているんだ俺は!
馬鹿野郎!己の目を潰してやろうか!!
女は不意に顔を上げると俺と目が合う。
すると歯を出して笑って手を振って来た。
その瞬間、何かがふわっと体を突き抜けたような気がした。
…呪いか?あの女、何かしやがったな。
俺は眉間に皺を寄せて手を上げて胸の前で円を描きなからブツブツと呪文を唱えた。
この前のガキに使ったやつだ。
女は俺を見ながら目をぱちくりさせている。
と、思ったらいきなり親指と小指を立てて両手をフリフリと振ってノリ出した。
—————っ違う!!!!
俺は思わず四つん這いになって床を叩いた。
届け、届いてくれ、この想い———。




