第5話:陰謀の輪郭と小さな決意
夜の宮中は、昼間の華やかさをすっかり失い、影が長く伸びていた。
私、月城繭は、薬匣の前で小瓶を並べながら、静かに呼吸を整える。
「月城さん……大丈夫ですか?」
藁屋咲の声が少し震えていた。今日、宮中の書庫で事件が起きた。書庫の鍵を握る古文書の一部が盗まれ、微量の毒が仕込まれた液体がこぼされていたのだ。
私は手早く調合を確認し、証拠を押さえつつ被害を最小限に抑える。香り、色、温度――五感をフルに使い、異変の原因を突き止める。
書庫の奥、誰もいないはずの場所に足跡がある。
「あ……誰か、いますね」
そっと声に出す。薄暗い書架の隙間に、影がちらつく。
「繭か」
前に茶会や廊下で聞いた声が、今度は近くで響く。振り返ると、黒装束の人物が立っていた。外部薬商ギルドの刺客――間違いない。
一瞬の判断で、私は小瓶を取り出す。瓶の中には、微量の中和剤と軽い幻香成分が混ぜられている。毒の検知と同時に、相手を足止めする――これは、師匠に教わった“即席防衛”の応用だ。
刺客は驚き、足を止める。その隙に、私は書庫の鍵の所在を確認し、毒を完全に中和する。
「これで……危険は避けられました」
心の中で小さく安堵する。
その夜、薬匣に戻ると、また和紙が滑り込んでいた。墨で書かれた文字は、『影は深く、宮中全体を覆う』。匿名投稿者の意図は明白だ――私を宮中の隅々まで導き、陰謀の輪郭を見せようとしている。
秋月禄が静かに現れ、短く告げる。
「君はよくやった。だが、この先も注意が必要だ。宮中の陰謀は、一筋縄ではない」
私は小瓶を握り締め、微かに笑う。
「はい……でも、薬匣が私の手の中にある限り、少しずつでも真実を照らせます」
夜空に浮かぶ蓮都の月を見上げる。冷たく、清らかに光る月――まるで、私の心を映すようだった。
薬匣の中の匂いと記憶は、まだ物語のすべてを語らない。
しかし小さな手の中で、私は選んだ。
誰も知らぬ影を一つずつ照らし、宮中の真実を解き明かす――その覚悟を。
小瓶の蓋を閉じ、深呼吸する。
明日も、匂いと観察眼を頼りに、私は宮中の秘密を追い続ける。




