第2話:失踪と湿疹の謎
宮中の朝は、いつもと変わらず静かに始まる。
しかし、薬匣の匂いが私を迎える日は、平穏で終わった試しがない。
「月城さん、また事件です」
藁屋咲が息を切らして駆け込んできた。手には小さな紙片が握られている。
内容は簡潔だった――妊婦が宮中の外で忽然と姿を消した、そして皇族の若い令嬢に奇妙な湿疹が現れた。どちらも一見無関係だが、薬師の目で見ると小さな“共通点”があった。
まず妊婦の件。血色は悪く、薬の痕跡は不自然だ。誰かが体調不良を操作した可能性がある。匂いを嗅ぎ、肌触りを確かめる。すると微かに、普段は使われない薬草の甘い香りが混じっていた。甘い――これは巧妙な毒のサインだ。
次に皇族の湿疹。見た目は軽度だが、触れてみると熱を帯びている。典型的な湿疹の原因とは異なる。薬匣から取り出した硝子苓や銀葉草を調べる。結果、体表の湿疹と一致する成分が混入されていたことがわかった。誰かが薬を操作している――。
夜になり、秋月禄が私の前に現れた。
「君の目は、よく働いているようだ」
静かにそう告げる。褒め言葉だが、同時に警告の響きもある。宮中には、私の知らない力が蠢いている。
その晩、薬匣の前で考え込む。
小瓶を一つずつ開け、匂いと色、感触を確認する。
「薬は、人を救うだけではない……時には操る道具にもなる」
心の中で呟く。匿名投稿『薬匣の鍵』の符号も、今回の事件に関係している気がする。師匠の符丁と、何処か似ているのだ。
翌朝、藁屋咲がまた駆け込む。
「月城さん、情報です!失踪した妊婦が宮中近くの倉庫で発見されました。でも意識が混濁していて……」
香りを嗅ぐと、やはり甘い薬草の匂い。巧妙に調合されていた痕跡がある。少しずつだが、線が見えてきた。
私は小瓶を手に取り、慎重に調合を始める。薬の力を逆手に取り、被害者の体調を整えつつ、操作された痕跡を検出する。ゆっくりとだが、謎は解け始める。
その時、和紙が一枚、机に滑り込む。
墨で書かれていたのは、『次は皇族』。
胸がざわつく。匿名投稿者は、ただの噂屋ではない。宮中を試しているのか、それとも警告か。私の観察眼と薬師としての才覚が、これから試される――。
夜が更け、宮中は静まり返る。
薬匣の引き出しを閉じ、私は小さく息をつく。
「明日も、匂いと記憶を頼りに、真実を追う――」
甘い香りの奥に潜む陰謀。それはまだ、全貌を見せてはいなかった。




