朱殷に染まった使徒
――半纏side――
お嬢の方に振り向き、袖口に息を吹きかけてみせる。
おどけた態度と、得意のポーカーフェイスで取り繕ってはいるが、正直肝が冷えた……
森の中がお嬢の“濃縮マナ”で満たされていて、居場所が探知出来なかったとはいえ、あれ以上、到着が遅れていたらどうなっていたか……。
『危なかった、非常に危険が危ないDangerousな状況だった……』
何だったんだあの三匹のジャッカルの魔獣は。速いし、賢いし、引いてくれなかったら本当に危なかった。
最後のクマも、硬すぎる。
まさか、この短時間でお嬢の“濃縮マナ”の影響で進化した個体なのか?
クマはそうかもしれん、進化直後に“濃縮マナ”の塊であるお嬢を見つけたことで、進化していない他の魔獣たちと同じ様に、思考が“マナ”に支配されていたようにも見えた。
でもジャッカルは三匹、この短時間で三匹も同時に進化するのは無理だろう。
そもそも、適量の“濃縮マナ”を摂取できたとしても進化できる確率は稀だ。ほとんどが体の変化に耐えきれず、風船のように膨らんで破裂する。
まあ、それでも進化への渇望と、“マナ”が囁く欲望に突き動かされて、死をも恐れずに挑戦するのだが……。
『なら、過去にお嬢の“濃縮マナ”とは関係なく進化して、生殖で数を増やしたか……?』
進化できる程の“濃縮マナ”なんて何処に――
「すごい!すごいよ、半纏!ぜんぶ倒しちゃうなんて……!」
考えを巡らす俺を前に、お嬢は目をキラキラさせながら、嬉しそうに拍手してくれる。
『……うん、かわいい。』
血まみれで、ドロドロ、ボロボロだがやっぱりお嬢がナンバーワンだ!
「ほんと、ありがと。すっごく助かった……。わたし一人だったら一生獣の餌で終わるところだったよ……」
そう言うと、お嬢の表情が曇る。すると周囲のマナも、冷たく、突き刺さる様な感触に変わる。
『うっ、お嬢の心の揺れが、マナの流れに乗って俺の中まで伝わってくる』
同じ魂を分けた俺には、誤魔化せない痛みだ。
『このままじゃまずい。五十年分の恐怖や怒りに加えて、石化が解かれてからも怖い思いをさせちまった。そのせいで負の感情に呑まれ、“邪神の使い”どころか本物の“邪神”になりかねん!……落ち着け、お嬢。今はもう大丈夫だ!』
内心でそう語りかけながら、俺は全身を軽く揺らしおどけて見せた。
「フフフ……、どうしたの?」
『俺が話せれば、少しはお嬢の心を支えられたのに……、あのクソ女神達……』
とりあえず移動だ、ここだといつまた魔獣達が襲ってくるかわからない、お嬢も安心して休むことが出来ない。
『まずは……安全な場所で、体と心を休ませるんだ』
実は、お嬢と合流する前に、使えそうな避難所を見つけてある。
ここからもう少し森の奥へ行ったところに、焼けた焦げた大樹を見つけた。雷に打たれて燃えたのか、外側を残し、内側が焼けぽっかり空洞になった木だ。
なぜかあの木の周りはマナ濃度が異様に低いんだ。魔獣は濃いマナを求めて彷徨ってるからな、ああいう場所にはわざわざ近づこうとしない。あそこなら隠れて休むにはちょうどいいだろう。
『よし!そうなりゃ“思い立ったが吉日”ってか、さっさと行こう!』
俺は魔獣の死骸をそそくさと“収納”にぶち込み、クマを吹っ飛ばしたお嬢の右腕も回収した。
飛んで移動するためにお嬢に着てもらおうとジェスチャーでアピールするが――
「わたし血まみれだよ?気持ち悪くない?」
『ふふふっ、愛い愛い』
そんな心配ご無用だぜシニョリーナ、お嬢をギュッとハグすると観念したのかスルッと着てくれた。
俺はお嬢を怖がらせないように、ゆっくりと一メートルほど浮き上がり、目的の大樹まで低空飛行で向かった。
石像だった頃のお嬢からは、思うようにマナの供給が得られず、俺にできたのは最低限のことだけだった。
守りきれないもどかしさと、不甲斐なさばかりが積もっていた。
けれど今は違う。
お嬢がこうして目覚めてくれた今なら、大抵のことからは守ってやれるはずだ――
「うわぁ、でっかい木だ……」
目的の大樹を目の前にしてお嬢が呟く。
ひときわ静かな場所に、焼け焦げた大樹が立っていた。
高さは十五メートルほど、幹の直径は四メートル近い。周囲の木々を圧するように枝を張り、大きな葉が空を覆い隠している。
よく見ると、幹や太い枝から直接、小さな白い花が咲き、すぐ傍にはラグビーボールほどの実がぶら下がっていた。
内部は炎に抉られて煙突のように空洞になっているが、しぶとくも生命を繋ぎ、なお実を結んでいる。
空洞に足を踏み入れると、一・五メートルほどの空間が有る、小柄なお嬢なら横になって休むことが出来るだろう。
『微かに香ばしく甘い香りがするような――』
「チョコレートの匂いがする!」
お嬢は焼け焦げた木の内側に顔を近づけ、顔面を擦りつける勢いで匂いを嗅いでいる。
『確かに……こりゃチョコレートの香りだな』
俺も襟を寄せて匂いを確かめていると――お嬢の腹の奥から、「ぐぅう~」と可愛らしい音が響いた。
『お嬢、腹ぺこか?かわいい音が聞こえたぞ~♪』
振り返ると、お嬢は体を震わせ、浅い呼吸で目に涙をためている。
『……えっ⁉』
「うわぁぁぁ‼ 来た‼ 来たよぉ‼ 早く逃げなきゃ‼ 半纏たすけて‼ タスケテッ‼」
まさか……腹の音を魔獣の唸り声と勘違いしてる⁉
『大丈夫だ!ここにはお嬢を襲う怖い魔獣は居ない!』
ガクガク震えながら泣きじゃくるお嬢を、そっと抱きしめて頭を撫でる。
『不憫だ……』
「そっかー、これが“お腹が空く”なのかぁ……」
落ち着いたお嬢に、巧みなジェスチャーで説明してあげた。
どうやら知識としては知っていたようだが、実際に空腹を感じるのはこれが初めてだったらしい。
それに、魔獣に襲われた記憶もまだ生々しく残っている。
『とりあえず、まずは腹ごしらえだな、腹ペコじゃあ涙は止まらねぇってな!』
収納からミルク饅頭を取り出しす。
「それミルク饅頭?賞味期限とか……、大丈夫なの?」
『心配ご無用、俺の“収納”には時間停止機能があるのさ♪』
不安そうな目でミルク饅頭を凝視するお嬢の目の前で、饅頭を半分に割って見せると、湯気があがる。
饅頭屋の亭主が毎朝出来たての饅頭を供えくれたから、まだアツアツだ。
「うわぁ!まだあったかい!いい香り♪」
お嬢から「ゴクリっ……」と生唾を飲む音が聞こえた。
『よちよち、今食べさせてあげまちゅよ~、あーんして』
お嬢に食べさせようと口元まで持っていく。
「食べさせてもらわなくても、わたし食べれ――」
お嬢は自分の手を見て、汚れている事を思い出したようだ。
「えへへ、手、真っ黒だった、――あーん」
パクっと俺の袖から饅頭お食べるお嬢。
「あまーい♡ずっと食べてみたかったんだ、半纏ありがと♪」
その瞬間、俺はこの世の全てを理解した……。
『俺はお嬢のママになるために生まれたのだ……、俺はお嬢のママになるために生まれたのだ‼』
「……んー、ちょっとのど乾いちゃった。ねえ、飲み物ちょうだい?」
お嬢の天使のような甘え声に、俺は一瞬の迷いもなく収納を開く。
こんな時のために、ずっと作り溜めておいた――綺麗な水!
『元は、五十年間溜めた雨水だが……俺の能力をもってすれば無問題、純水を精製する事も出来るのさ!』
さらに、お供えでもらった桃のような果実をぎゅっと搾って追加ッ!
収納内でシェイク&ミックス!
『どれどれお味は?――うまいッ⁉ 想定していたより桃の甘みが強い……加糖なしでこの甘さ⁉ みずみずしい味わい! 桃のポテンシャルの高さが光るッ!』
まさに神々の飲み物――“ネクタル”とでも言ったところか……フフフッ。
『器が無いな……造ろう。材料は……銅でいいか』
お嬢が石像だったときに乗っていた、あの台座。
それを材料に、収納内で瞬時にマグカップを造形。冷やした桃水を注ぎ、そっと差し出す。
『へいお待ち、冷えてるぞ』
「わぁ、ありがと~♪」
お嬢は両手でマグカップを受け取り、ちゅう……と可愛らしく一口。
「ん~、ほっぺが落ちちゃう~」
マグカップをそっと置き、両手でほっぺたを押さえてとろけるお嬢。
『天使だ……』
その姿を見つめながら、俺は心の中で呟いた。
「――あ、そうだ」
ミルク饅頭を食べ終えくつろいでいたお嬢がふいに顔を上げる。
「ミーヤ様が言ってたの、思い出した」
言いながら、そっと俺の袖口に手を伸ばす。
「収納の中にね、なんか大事なものが入ってるって……」
『……あー、あれかぁ』
ミーヤ様から直接預かった記憶がよみがえる。けれど、俺はその中身を知らされていない。
丁寧にラッピングされたそれらは、ミーヤ神が直々に収めたもので、お嬢に「必要な物が入ってるから到着したら確認してね♪」っと言っていたな。
『中身、なんなんだろうな……。いや、いま開けてみればいいか。ちょっと大きいから外で開けよう』
お嬢を連れ外に出る、そして収納の中から煌びやかな包装紙に包まれた、大きなプレゼントボックスをふたつ取り出す。
一つは、板のように細長い白い箱。縦に二メートル以上あり、金色のリボンが結ばれている。もう一つは水色の可愛い箱で、ピンク色のでっかいリボンがついていた。
どちらも、異様なまでに可愛らしい。
「おっきいね!何が入ってるんだろう!」
お嬢は鼻歌まじりで細長い箱に手を伸ばし、バリっ!とやや乱暴に梱包を引っぺがす――。
「ヒィッ‼」
突然、お嬢が短い悲鳴を上げ、箱から飛び退く。
『どうしたお嬢‼』
咄嗟に俺は箱とお嬢の間に割り込んで、臨戦態勢をとる。
「化け物が、わたしを見ていたの……」
お嬢は青ざめた顔で、震える指先を箱の中へ向ける。
俺は慎重に箱の中を覗き込む――
『…………鏡?』
破れた梱包の隙間からキラリと光る鏡が見えていた。
『ああ……、なるほどな……』
お嬢は鏡に映る、血まみれ泥まみれ自分の姿を見て怖がっているのか……。
箱に近づき、残っている梱包を一気に収納する。
細長い箱の中には二メートルほどの大きな姿見鏡が入っていた。
『お嬢、怖がらなくても大丈夫だ、ただの鏡だ。』
鏡を木に立て掛け、怖がるお嬢を安心させるように鏡に映るって見せる。
「……えっ⁉鏡……、ってことはさっきの化け物みたいなのって……、わたしだったの⁉」
お嬢は鏡に映る自分の姿を確認している。
「鏡かぁ……まあ、女の子だもんね身だしなみは大事だし……、ね……。フフフッ、こんな姿じゃ本当に“邪神の使い”だね……」
空気が……、変わる……。
『……っ!』
刺すようなマナが周囲に広がり、景色が変わる。
『まッ‼ 待て待てお嬢! もう一つ有る、もう一つ有るから!こっちはきっとハズレだったんだよ!だからな、落ち着こう、なっ?もう一つ有るから!』
俺は慌ててもう一つの箱をお嬢の前に差し出す。
「どうしたの?半纏、そんなに慌てて?」
『……ん?』
お嬢の声色に、微かな違和感を覚えた。
俺はそっと顔をうかがう――
俺の知らない蠱惑的な瞳がじっとこちらを見つめている。
もう変化が始まっている⁉本当に“邪神”になっちゃうのか⁉
『あっあっあっあっ!お嬢様⁉ こ、こちらを――』
パニック寸前の俺は、あわててプレゼントボックスの中身を取り出した。
――トランクケース⁉
光を吸い込むような漆黒の革。
重厚な金色の金具が、沈黙の中で静かに輝いていた。
『頼む!何か……何かッ!』
俺は願った。神に、ミーヤ神に。
トランクケースの小さな鍵に裾をかける。
「…………」
カチャリ。
重く鈍い金属音が響き、鍵が外れる。
そして、ゆっくりと開かれた。
『こッ‼ これはッ‼』
中にいたのは一体の球体関節人形。
ミーヤ神をモチーフにしたらしい、若干デフォルメの入った六十センチ程のドールだ。
だが、服を着ておらず、黒のフリルリボンで大事なところを隠すという、裸リボンスタイル。
さらに中には、大量のミニサイズの衣類と、一枚のカード。
俺はおそるおそるカードを手に取る。
そこには、丸文字でこう書かれていた。『かわいいミーヤちゃん人形よ♡ 大切にしてね♪』
『…………。』
「……ちがう……」
ボソリと呟かれた言葉に、背筋が凍る。
「ちがう……こんな、こんなのちがう……!」
『お、お嬢……』
お嬢はミーヤちゃん人形を手に取り、思いっきり地面に叩き付けた。
「あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ーッ‼」
絶望の叫びが森を震わせる――
「五十年……っ!五十年、ずっと助けを乞うていたのに……!
ずっと、期待していたのに……!
ずっっっっっっと!待っていたのに……
こんなのが……私を救ってくれるって思ってたなんて……バカみたい……バカみたい……‼」
地面を殴り、転がり、絶叫するお嬢。その全身に、金色の濃縮マナが集まり始める。
ぱちぱちと煌めく粒子が、光輪のように頭上を舞う――が、それも束の間。
マナの輝きはみるみるうちに濁り、まるで黒い墨を垂らしたかのように金が朱に、朱が赤黒く……やがて暗い血のような朱殷へと変わっていく。
『お嬢……、だめだ……だめだ……!このままじゃ本当に“邪神”になっちまう‼』
どうすればいい?お嬢を止めるにはどうすれば――
「……、マナヲ、チュウ☆ニュウ、シテネ♡ ……、マナヲ、チュウ☆ニュウ、シテネ♡……、マナヲ、チュウ……」
『……っ⁉ なんだ⁉』
地面に叩き付けられたミーヤちゃん人形から声が出ていることに気が付く。
『この人形……、そうか‼ ええい、儘よ!』
俺はミーヤちゃん人形を拾い上げ、お嬢から少し距離を置いた場所で、周囲からかき集めたマナをミーヤちゃん人形にマナを注入した。
ピクリ、と指先が動く。
『キタキタキタキタッ‼ここから逆転満塁サヨナラホームランを頼む!』
むくりと起き上がる人形。次の瞬間、瞳に金の光輪が瞬き、声が空気を震わせた。
「ふあぁぁ……、私の可愛い使徒ちゃんお勤めご苦労さま!でも、もう少し早く……って、なにこれ⁉やばー!」
『この感じ……、ミーヤ神みずから憑依したのか⁉ 早く!お嬢がヤバいんだってば!』
動き出すミーヤちゃん人形に俺は身振り手振りジェスチャーで状況を伝える。
「ええっと?よくわからんけど……、アレ私の使徒ちゃんよね?ヤバいことになってる事はわかったわ!」
するとフワっと浮き上がり、お嬢の頭上へ。
そして、躊躇なく――つむじに手刀をズボッ‼っと突っ込み、そのまま肘の辺りまで沈めていく!
ぬか床を混ぜるが如く腕を出し入れして、最後に手首をクルっクルっとひねってから腕を頭から引き抜いた……。
――パタリ。
電池が切れたように、お嬢は静かに倒れ込む。
赤黒く濁っていたマナも、空気に溶けるように消えていった。
「ふぅ~、危なかった。誰よ!私の可愛い使徒ちゃんをこんな風になるまで虐めた奴は‼」
『お、お嬢……⁉ だ、大丈夫か?大丈夫なのか⁉』
俺はピクリとも動かないお嬢をそっと抱きしめる。
「あっ、大丈夫、眠らせただけよ、そのうち目が覚めるわ」
『そうか……よかった……それなら安心だ……』
俺はお嬢を抱き上げ、大樹の空洞の中にフカフカな枯葉を敷き、その上にお嬢を寝かせる。
『ゆっくりお休み』
お嬢の頭を撫でてから木の外に出る――
『それなら安心だぁ‼』
俺は勢いよくミーヤちゃん人形に掴みかかると――
『ここでお前をぶっ壊しても大丈夫ってことだなぁ‼』
ボコッ!ボコボコボコボコボコボコッ‼
「ちょっ……ちょ、いたッ、待って、やめ、痛い痛い痛い!わッ、私が神だと知っての狼藉か?あっ、やだ、顔はやめて、顔は!」
『もっと!お前が真面目に仕事していれば!お嬢のがこんな酷い目に合うこともなかったんだぞゴルァ!』
「なんなのよ、アンタもおかしくなってるの⁉ 何とか言いなさいよ‼オラッ!オラッ!」
負けじとミーヤちゃん人形も殴り返してくる。
「アンタにおしゃべり機能はついてないんだっけぇ⁉忘れてたわ‼出来損ないめ‼デュクシ!デュクシ!」
『それが神の言うことかぁ‼』
「あだだだ!神御衣のレプリカのくせに!」
『んだと!芋ジャージ女神が!』
「なんで半纏に魂が宿ってんのよ!」
『しるかボケェ!地球の女神に聞けぇ!』
醜い争いは日が暮れた後も続いた――。
――七十二時間後――
「は、話し合おう……」ボロボロ
『そ、そうだな……』ボロボロ
お互い満身創痍で地面に転がりながら、ようやく休戦協定を結ぶ。
俺もミーヤちゃん人形も、お嬢のマナが有れば無限に回復できるのだ。不毛な戦いだ。
「取りあえずアンタに“念話”機能を付けてあげるわ。このままじゃ話し合いもできないし」
ミーヤちゃん人形が、俺の襟に指先で何やら模様を書き込んでいく。書き終わると、模様は淡く光り、襟に吸い込まれるようにして消えていった。
「できたわ。もうしゃべれるはずよ。声を出すイメージでしゃべってみなさい」
『あー、あー、……聴こえるか?』
「あら、意外とイケボね。ナイスミドルって感じ」
ついにお嬢との意思疎通の手段が確立された。まさに神の所業だ。素直に感謝の気持ちが湧き上がり、ミーヤちゃん人形の方へ姿勢を正して頭を下げる。
『ありがとう。これでお嬢を――』
「“お嬢”⁉ ちょっと待って‼ 使徒ちゃんのことを“お嬢”って呼んでるの? これからも? そのイケボで⁉」
『おっ、おう……そのつもりだが?』
「おおぉ!神よ!」
両手を天に突き上げ、ぐるんと仰け反るミーヤちゃん人形。まるで狂信者のように俺の“お嬢呼び”に歓喜している。
……いやいや、コレをお嬢を近付けて大丈夫なのか?
というか、こいつが神って本当なんだよな?やっぱり不安しかない……。
「ところであなた、何者なの? 使徒ちゃんと一緒に私のところへ送られてきたけど」
冷静さを取り戻したミーヤちゃん人形が問いかけてくる。
『地球の女神がお嬢を創ったとき、俺も同時に生まれた。……つまり、一つの魂からお嬢と俺が創られたってわけだ』
「…………そう」
ミーヤちゃん人形の視線が鋭さを帯びる。
「――あなた達、女神の姿は、見たの?」
ミーヤちゃん人形はじっと俺を見据え、真意を探るように問いかける。
『正直、よく覚えてない。お嬢は意識がなかったし、俺もマナの補給が無くて朦朧としてたからな。――ただ、地球の女神の甲高い声が耳に残ってて、それで状況をなんとなく把握したくらいだ。――もしかして、姿を見てたらマズいのか?』
そう答えた途端、張りつめていた空気がふっと和らぐ。
「……ふぅ。見てはいないようね」
『さては魔法で真意を確かめてたな?』
「魔法? はて、何のことやら」
白々しいその態度が癪に障るが、今日のところは“念話”機能に免じて許してやろう。
『俺からもちょっと良いか?』
「なにかしら?」
『ずーっと気になっていたんだが、その格好“H〇T LIMIT”か?』
「ちッ、ちがわい////」
こうして、ミーヤ神が憑依する人形と出会った俺たちは、奇妙で破天荒な同居生活を始めることになった。
――俺とお嬢の明日はどっちだ。




