奇蹟のカーニバル 開幕だ!
テンちゃんを肩で羽織り、干乾びた髭ダンディを右手に掴んで、都市に迫るワームの群れを追った。
砂漠の地平線の向こうからも、黒い波のように砂煙が立ち上がっている。
他にもたくさんの群れがいるみたい。
しかも一つや二つじゃない。
先団はすでに都市の外縁へ到達していた。
人々はパニック状態に陥り、悲鳴と轟音が重なり合う。
『急ぐぞ!』
「うん!」
わたしはメジェドモードへ切り替え、速度をさらに上げ 低空飛行で突入した。
「……様子がおかしい?」
近付くにつれ異様な雰囲気に気が付く。
逃げ惑う人々は、祭りの見物客なんかじゃない。
鎧を着込み、剣や槍、銃剣の付いた長銃を握っている。
……お祭りに参加するには、あまりにも物騒すぎた。
「お祭りじゃ無かったの⁉」
〈え? 血祭だよ♪〉
『都市を包囲してたみたいだな。都市の中のヤツが起死回生を狙ってワームを呼んだのか?』
戦争だ……。
介入していいの?
ワームを倒せば都市の人々から恨まれる。
でも、見逃せば――きっと罪の意識に取り付かれる。
「どうしよう……助けた方が良いのかな?」
〈好きにしたらいいよ。アンタには力がある。力無き者は大きな波に呑まれるだけ。結果を受け入れる事しかできない。……なんだったら、この戦いを止める力だってアンタにはある〉
『お嬢はどうしたい?』
視線の先には、鎧を着た兵だけじゃない。
荷車を引く者、担架を担ぐ者など。非戦闘従軍者の姿も混ざっていた。
「助けよう!」
『決まりだ。なに、最後はミーヤにぶん投げればいいんだよ』
〈そうそう〉
「よぉーし、テンちゃん!」
『よし来た!』
わたしは大きく跳び上がり、照明弾のすぐ横へ飛び込んだ。
――髭ダンディを魔法で横に置いてっと♪
「ムーンなんちゃらパワー(うろ覚え)ドレスアップ!」
空中でメジェドモードを解除し、テンちゃんをパージ!
文字通り、スッポンポンだ。
テンちゃんが布の身体を翻し、上から覆い被さってくる。
袖に腕が通り、前紐が蝶々結びになり――勝手に整っていく。
「~♪」
しかし、その途中。
――あっ?
髭ダンディが、すっぽ抜けた。
「落としちゃった……」
――変身バンク中、拾いに行くのも恥ずかしいし……。
いや、便利な盾が無くなるとあとで絶対困る。
わたしは半ばヤケになりながら、腕を上に掲げてクルクルと回転した。
もちろん下からは逆光で見えない……はず。たぶん。
テンちゃんを羽織り終え、再びメジェドモードに戻る。
そして――ビシッと決めポーズ。
「月に替わってぇ~」
『お仕置きよ♡』
〈袖に腕を通しただけじゃんw でも、なんで合体を? 二人別々で殴った方がよくない?〉
『俺の火力だと、あのデカ物には威力不足だ。エルフ産のミサイルもあるが、威力が未知数だしな。二次被害が心配だ』
「わたしのビームなら倒せると思うけど、砂の中にいると見つけられないの」
『そこで俺が火器管制システムの代わりを担うわけだ』
〈……なるほど?〉
わたしは落とした髭ダンディを拾いに降りた。
その瞬間――足元の砂が、もこりと盛り上がる。
『真下だ! 来るぞ!』
「……っ!」
放った光が地面を貫き、砂の下の巨大な肉塊が泡立つように崩れた。
ワームの体が形を失い、金色の粒子となって宙に舞う。
マナへ還元されたソレが、わたしの元へ吸い寄せられてくる。
――あ~んもぉッ、このまま続けたら……おちんちん生えちゃう~。
せっかく調整したのに……でも、この状況で出し惜しみは良くないよね?
半ば諦めて、ワーム達を見据える。
ワーム達は、人々を襲っているというより――笛の音に吸い寄せられている。
進む先に障害物があって、それを蹴散らしているだけ。そんな感じだ。
「向かう先に笛を吹いてる人がいるんだ!行こう!」
『応!』
〈お仕置きよぉ~〉
射線が通りやすいように地上30メートル程の高さを飛ぶ。
都市の防壁までは、まだ5キロほどある、ワームを倒しながら急ぎ向かう。
『11時方向! 距離二〇〇!』
“Zing! ”
テンちゃんが目標に向かって“ちくわ弾”を放つ。
金色の曳光が、砂漠の空を裂いた。
その軌跡を頼りに、わたしは瞳の模様の倍率を上げる。
「見えた!」
テンちゃんの補助で、砂の下のワームの位置がなんとか分かる。
『ヒトが近い! お嬢、還元した粒子に気を付けな』
還元したマナが飛び散れば、近くの人を穴だらけにしかねない。
――調整しやすいように出力を落として……。
「まかして! パワー 89 ! ビィーム!」
還元光が地面を穿ち、砂ごと巨大な物体が崩れていく。
近くのヒトも無事だ。
「どんなもんじゃい♪」
『上手いぞお嬢!』
だが――砂の中で巨大なワームが消滅したことで、地面は深さ10メートルほどの蟻地獄みたいになり、周囲の人々が足を取られて巻き込まれた。
「ああぁ~……まあ、食われるよりはマシ! ヨシっ!」
『おっ、そうだな♪』
〈いいねぇ。でも……合体しなくても良かったんじゃない?〉
「『…………』」
わたしは飛びながら、還元の光を撃ち続けた。
砂が爆ぜ、地形が崩れ、人々をから悲鳴が上がる。
……許して。
今は止められない。
〈ワタシも撃ちたぁ~い♪〉
「『え?』」
突然わたしの意思とは関係なく、一筋の還元ビームが微かに明るくなり始めた西の空へ放たれる。
都市の上を通り過ぎ、大きな弧を描き何かに当たった。
――メジェドちゃんビームの制御じょうず、わたしだって直線的な変化しか出来ないのに……
「って! ちょっと、ちょっとぉ⁉ お客様ぁ困りますぅ~!」
〈いやぁ~、あっちで大きな船が墜ちそうでさぁ~〉
――お船って……ここ砂漠よ?
〈嘘じゃないってぇ。それに誰も死んでないよ? たぶん〉
「“たぶん”って…………それならヨシ!」
『おっ、そうだな♪』
その時。
都市が白い煙に包まれた。
直後――爆音。
煙の中、都市の西側から、一〇〇騎にも満たない騎兵隊が飛び出してくる。
どうやら防壁を爆破してそこから出てきたみたい。
騎兵隊が跨っているのは馬じゃなくて鳥だ……ダチョウみたいな。
そして同時に都市内からも砲撃が始まる。
「いま撃ったら、騎兵に当たっちゃうよ⁉」
山なりの弾道が、騎兵の進むすぐ前に着弾する。
『……クリーピング・バラージだ』
テンちゃんが低い声でつぶやく。
巨大な白い鳥にまたがった兵たちが、砲撃の着弾と同時に前進する。
着弾地点が道しるべとなり、その後を騎兵隊が突撃していった。
着弾地点が一歩ずつ前へ移動し、その爆炎の“壁”のすぐ後ろを、騎兵隊が突き進む。
前進速度が早すぎれば味方の砲撃で焼かれる。
遅れれば敵の銃火に晒される。
「ひえぇ……ヒヤヒヤする」
……正気じゃない。
だがその無茶の先に、ひときわ大きな陣地が見えた。
旗が林立し、司令部らしき天幕が連なる。
狙いは、あそこだ。
相手も気が付いたらしい。
赤い信号弾が続けざまに上がる。
怒号が飛び交い、体勢を立て直し、少ないながら反撃を開始した。
銃撃。砲撃。魔術の光。
突撃する騎兵隊が、次々と落ちていく。
白い鳥が悲鳴を上げ、砂に転がり、踏み潰される。
それでも突撃は止まらない。
命を燃やしながら本陣に向けて一気に駆けて征く。
わたしは目を凝らす。
突撃陣の中央。
重装の騎兵たちに守られながら、細身のランスを掲げる一騎がいた。
ランスの穂先には、小さな戦旗が翻っている。
――笛の音。
あれは、あの一騎から放たれている。
「見えた! あの人!」
『アレか!』
「小さい……女の子?」
少年かもしれない。
けれど、わたしの目には女の子に見えた。
小さな身体。
誰かの装備を借りてきたのだろうか。胴鎧とチェーンメイルは明らかにサイズが合っていない。
羽飾りの付いたフルフェイスの兜も、かろうじて頭の上に乗っている。
そしてやはりサイズの問題だろう。
腕や脚には、装備が付いていない。
その時――頭の奥が、ぎゅっと掴まれる感覚。
――殺せ。
冷たい声。
「シュウちゃん?」
――あの娘が元凶だ。コロセ。
「……え? 嫌だけど……」
『なんだぁ? お嬢に何させるつもりだこの野郎⁉』
いきなり来て何なのさ?
〈まったく、シュウちゃんは極端だねw でもねぇ、ワタシは知ってるよ。あの娘に笛を渡したの、アンタだろ?〉
「『ホンマぁ?』」
わたしとテンちゃんの声が重なった。
メジェドちゃん、いつの間にそんな情報を?
――ッ‼ だ、黙れ!
怒りと焦りが、脳内を殴りつけてくる。
〈えッw マジッ? アンタもミーヤも、わかりやすすぎるわw〉
『カマかけかよ』
テンちゃんが呆れた声を出す。
メジェドちゃん、カマかけ上手すぎる。
「うわぁん、サイテー。シュウちゃんの事なんて知らない」
嘘つきシュウちゃんの事は無視だ。
今は、目の前の事に集中しなきゃ。
騎兵たちが突撃体勢を取る。
ランスをランスレストに載せ、身を低く沈めた。
撃ち減らされ、残りは二〇騎ほど。
しかし、その前方には――
パイクウォール。
突撃を受け止めるため、パイク兵が密集している。
その隙間からは銃兵が顔を覗かせ、容赦なく射撃を浴びせていた。
なのに騎兵たちは、回避も……減速も……しない。
『死ぬ気か⁉』
今ここで笛の音が止まれば、ワームたちがどう動くか読めない。
――なんとかしなきゃ!
「これしか!これしかなぁ~い!」
とっさに、わたしは持っていた髭ダンディを投げた。
髭ダンディが夜明けの空を飛ぶ。
重装騎兵の間をすり抜け、狙い通り――あの小柄な騎手へ直撃した。
不意打ちを受けた少女は、ぐらりとよろける。
速度が落ちた。
……けど。
減速した彼女たちに、容赦のない銃撃が叩き込まれる。
「――っ!」
胴鎧に穴が開き、血が滴り落ちた。
少女は落馬し、髭ダンディと折り重なるように倒れ込む。
兜が転がって外れ、褐色の肌とピンク色の髪が露わになった。
笛の音が、一瞬揺ぐ。
――まずい。
このままでは兵たちが取り囲み、止めを刺す。
笛を咥えていないところを見ると、口で吹く笛ではない。
けれど彼女が死ねば、音は止まる。
「テンちゃん、アレを使うわ」
『ええ、よくってよ』
「スーパー!」
『プラズマ!』
「『キィーック‼』」
少女の元へ急降下!
わたしの足が火花を散らし、砂を爆ぜさせる。
衝撃波と共に飛び込み――スーパーヒーロー着地!
そして――
〈双方、矛を収めよ!〉
わたしの声が魔法によって拡張され、戦場に響き渡った。
「(ちょっとぉ⁉ 何を勝手に言ってんのメジェドちゃん⁉ あれ? 声も出ないし、体の制御まで奪われたんだけどぉ⁉)」
〈我はミーヤ神が使徒、メイジェ! 天罰の地上代行者なり!〉
視界に映る兵が、一斉にこちらを向く。
ワームたちですら、動きを止めた。
〈すでに勝敗は決した。これ以上の流血を望むなら――この干乾びた男のように、塵となるまで地獄の苦しみを味わわせてやろう〉
少女の血を浴びた髭ダンディを、重力魔法で摘まみ上げる。
周囲に見せつけると、ざわめきが広がった。
「(ひえぇ~w)」
『うわっ、うわぁぁ~w』
あまりに中二感のあるセリフ回しに、わたしの心が若干折れかける。
パキッ……パキパキッ!
「(何の音? わたしの心が折れる音じゃないよね?)」
枯れ木が折れるような、不気味な音。
『この音……髭ダンディだ!』
干乾びて、しおれていた髭ダンディが――
パキパキと音を立てながら、動き出した。
「オォォッ……オっ! オオオン♡」
呻き声。
蠢く肉。
「死神だ!」
「死霊使いだ!」
「邪神!」
「悪魔め!」
兵たちが わたしに武器を向ける。
〈アハハハハッ! 我に逆らうつもりか! ならばよい。奇蹟のカーニバル 開幕だ!〉
両手の中指を突き立て、挑発。
「(ちょっとぉ!穏便に収めてよ!)」
『コイツ……勝手してくれるなぁ』
一人の兵士が一歩前に出る。
「邪神め! 我が剣を受け――」
〈ワタシは知っているよ。その立派な剣、祖父を殺して奪い取ったもんだろ? その祖父も戦友から奪い取った、まさに呪われた剣だねぇ〉
「…………死ねぇ!」
男が突きを放つ。
わたしの頭部を狙った剣を、テンちゃんが収納。
そのままの勢いで突っ込んできた彼の両腕は、マナへ還元されて霧散した。
「――ッ‼ 腕が!」
後退りする男を前蹴りで倒し、心臓に手を突き立てる。
「ヤメっ――」
ぬっぷりと腕が体内へ沈み込む。
〈咎人さん、アンタの心臓はどんな味がするのかな♪〉
引き抜かれた腕には、脈打つ心臓。
それを恍惚の表情で見つめ、躊躇なく食べ始める。
「(うん、おいしい!)」
『…………』
〈(テン、塩ちょうだい。塩)〉
「ヒィっ……化け物……」
異様な光景に兵達も動けない。
すると――心臓を抜き取られた兵士の遺体から血液が抜け、髭ダンディの躰へ吸い込まれていく。
血液を吸った体はみるみるうちに肌の艶が戻り、空いていた穴も塞がっていく。
「(わたしの便利な盾が……)」
〈(ねぇテン。あれ……ちょっと若返ってない?)〉
『た……確かに』
翼を広げ、くねくねと躰をくねらせながら完全復活した。
確かに元々50代後半位に見えていたのが、40代前半位にまで若返っている。
いい感じのイケオジ。
しかし、全裸だ。
「あれはっ!血吸様じゃ!」
「神の使い……」
「おっきい///」
「///」
周囲の兵もワームたちも、髭ダンディに夢中た!
――ふーん……なにさ、わたしの方がおっきいもんね!
そんなことを考えた瞬間。
股間が、もぞもぞと疼いた。
「(あぁ~あっあっあっ、おちんちん生えちゃう⁉)」
〈あれっ⁉ ちょっと待って! 今いいとろな――〉
ポロンっ――
いささか控えめな“おちんちん”がわたしの股間に姿を現した。それと同時にメジェドちゃんの気配が消える。
「(おーいメジェドちゃんぁ~ん!)」
『あいつ消えやがった……』
メジェドちゃん困ります、やるなら最後までやって! この状況どうすればいいの?
「うぅっ……チンビン様……お許しください」
「――っ⁉」
足元から声が――
目を向けると、わたしは少女の頭を跨いでいた。
思いっきり“おちんちん”見られちゃってる! ってか、わたしの事知ってる?
少女は薄い意識の中で泣きながら、許しを乞うていた。
そこへ――
「マリスティア海洋国、ディラン・シーウォード・フォン・マリスティアである」
煌びやかな甲冑の男が、護衛を引き連れて現れた。
♪ピリリリリリリ……
また着信……しかし今回は通話ボタンを押す前に、勝手に喋り始めた。
「タチケテ……あく、タチケテ……」
ミーヤちゃん……
弱々しい笛の音と、風の音が残る。
……あゝ。なんだかとっても面倒な事になりそうです。




