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笛の音に誘われて


「やっぱり……海岸の辺りで降りておけばよかったかな?」


 わたし達は、徐々に高度を落としながら降下地点を探していた。

 眼下には広い砂の大地が、地平線の向こうまで果てしなく続いている。


『なぁに、どこに降りても問題ないさ。水も食料もたんまりある』

〈アハハ、それ死亡フラグじゃない?〉

『うっせぇ』


 ――ッ♪


「ッ⁉ ……あれ? ちょっと待って……笛? 音が聞こえる……」


 ――ピロリロリーン♪

 高い電子音のような響きが、三回連続で砂漠にこだました。


「マグ○大使?」

『ん? なんだ? 俺には聞こえないが……』

 テンちゃんには聴こえないの?

「……なんだろ。気になるから、音の鳴るほうへ行ってみるね」

『おう、いいぞ。行く当ても無いしな』


 笛の音(ふえのね)に導かれるまま飛んで行くと、徐々に地表に緑が増えていく。

 砂漠の切れ間には人工物の群れが見え、煌々とした光を放っていた。

 そして、定期的に打ち上げられる“小さな太陽”のような光が、ゆらゆらと降下しながら地上を照らしている。

 近づくにつれ、ドンドコとリズムを刻む太鼓の音。

 さらに先ほどとは違う笛の音が、混ざり合って聞こえ始めた。


〈ずいぶんと遠くの音が聴こえてたんだねぇ〉

「この音……祭囃子(まつりばやし)? それに明るい……花火大会かな?」

『花火というには地味だな……遠くてよく見えないが、都市の外まで人が押しかけてるように見える。祭りでもやってるんじゃないか?』

 目を凝らすと都市の周りには、大きな(やぐら)やテント。

 そして、うじゃうじゃと人々が集まっている。

〈祭りだ! 祭りだ! 近くに降りて行ってみようよ!〉

 わたし達は見つからないように重力魔法で高度を落とし、ゆっくりと都市から見えない砂丘の裏へ降り立った。

〈なんでそんなにコソコソしてんのさ?〉

「だって、うさ耳カチューシャを付けて、裸半纏で空を飛んでたら……さすがに補導されちゃうでしょ?」

〈……たしかにぃ?〉


 綺麗な三日月に照らされた砂丘。冷たい夜気。

 わたしは再生された身体を確かめるように、軽く体操をする。


 降りてる間に体は治った。

 ――“おちんちん”以外は!

 これなら、誰がどう見ても女の子だもんね♪

 髪を伸ばせば伸ばすほど、マナを効率よく取り込める。

 だから本当は伸ばしたいけど――今は短くしている。

 “おちんちん”が生えないようにね!


 連れて来た髭ダンディーは治らないみたい。

 わたしの近くだとマナが流れていかないのかと思って、ちょっと離して風に当ててみたけど……ダメだった。余計に乾燥しただけ。

 やっぱり心臓が無いとダメなのかな?

 わたしが食べたってことは……再現できる?

 今度やってみよ♪


「街までどうやって行こうか?」

『それより着る物を――』

 ♪ピリリリリリリ……

 電子音が鳴り響いた。


「……これ、何の音? さっきの音とは違う……着信音?」

『今度は俺にも聞こえるな。確かにそんな感じだ』

 音を辿ると、砂に半ば埋もれた端末が見つかった。


「これ、携帯電話? 可愛い!」

 ストレート型のシンプルなデザイン。

 白と黒の市松模様が特徴的で、小さな画面には《非通知》と表示されている。


『考えるまでもない。ミーヤだ。近くに居るぞ』

 ッぴ!

「も、もしもし?」

〈……へっ?〉

『……いや出るんかい!』

「≪えっ、なんで⁉ …………わ、私ミーy≫」

 ッぴ!


 声を聞いた瞬間、即切り。

 ミーヤちゃんだった。

 掛けてきた本人が、一番びっくりしてた。


「ふぅ~……さてと。早く移動しようか」

 ――♪ピリリリリリリ……

 再び鳴り始める着信音。しかも、さっきより大音量。


「…………も、もしもし?」

「≪私、ミーヤ。今、貴方の――≫」

 ッぴ!

 ――知ってるこれ!

 人形を捨てた女の子の元に謎の電話がかかってきて、取るたびに発信場所がどんどん近づいてくる怪談のやつ!

 それなら電話に出なければ進展しないはず!


「今、貴方の右耳を舐めるところなの」

「――ひぇッ⁉」

 ぞわり。

 右側から、聴こえるはずの無い声。そして、かすかな吐息と気配。

 ――じゅぞぞぞぞっ!

 ぬるりと細く温かいものが、耳の奥を蹂躙していく。

「脳がッ! 脳が吸われるゥッー!」

『――ッ! 何コラ、クソコラ、タココラ、テメェッ! お嬢に何しやがる!』

「ど、ど、どうやって撃退するんだっけ⁉」

 とっさに思い出した魔除けの呪文を叫ぶ。

「ポマード! ポマード! ポマードぉ‼」

『……お嬢。それは口裂け女の撃退方法だ!』


 テンちゃんがミーヤちゃんを乱暴に引きはがし、ぶん投げる。

 美しい弧を描いて飛び、ミーヤちゃんは頭から砂山に突き刺さった。

 ……と思ったら。

 次の瞬間――ミーヤちゃんは、わたしの目の前に立っていた。

 全身に付いた砂をブルりと払い落とし、キリッとドヤ顔を決める。

「はわわわっ! 瞬間移動だ!」

「フフフッ、転移魔法よ♪ 髪、短くしたの? 似合ってるわね♡」

『砂山にブッ刺さる前に出来れば完璧なんだが……』

 テンちゃんのツッコミが、夜の砂漠に虚しく響く。


「……メイジェちゃんってば、悪い子ね。敵中に私を置いていくんだから」

 そう言うとミーヤちゃんは、よよよ、と泣く真似をしてみせた。

「ご、ごめんなさい……。でも……ミーヤちゃんが――」

 言葉が詰まる。

「……わからなくなっちゃって」

 ミーヤちゃんは少しだけ目を細めると、首を傾げて静かに微笑んだ。

「神のやることに疑いを持つのは、よくないわ」

 優しい声。

 でも、今はそれが逆に怖い。


「それで? 誰に(そそのか)されたのかしら?」

「シュウちゃんが、ミーヤちゃんは信用できないから逃げようって……」

「シュウちゃん?」

「この星の意思って言ってたよ。呼びにくかったからそう呼んでるの」

 ミーヤちゃんの口元が、ぴくりと動いた。

 笑顔は崩れていないのに、空気だけが少し冷える。


「……もしかしてだけどぉ、勝手に名前を付けちゃったのかしら?」

「そうみたい?」

〈しっかり付いてたよ、名前〉

 メジェドちゃんが隠れるように小さく囁く。


 ――なんでそんなにコソコソしてんのさ?

〈ワタシの存在がバレたらヤバそうじゃん?〉

 その瞬間。

「あらぁ?」

 ミーヤちゃんの視線が、真っ直ぐわたしを貫いた。

 背中に冷たい汗が伝う。

「メイジェちゃん。何か“混ぜ物”が入ってるわね」

〈ゲェッ!バレてらw〉

 ミーヤちゃんは笑顔のまま、わたしの顔を覗き込んでくる。

 距離が、近い。


「それで? シュウちゃんとは違うみたいだけど……何者でちゅか?」

 ――“でちゅか”て……

 突然の赤ちゃん言葉が逆に怖い。

 わたしは反射的に背筋を伸ばした。


「えっと……この子はね。わたしの真名から生まれた子。 わたしの中に居るけど……」

〈テンとミーヤ、あんた達の考える“メジェド神”のイメージが具現化したんだよ〉

 説明するわたしの中で、メジェドちゃんが勝手に補足してくる。

「あ~はいはい……ナルホドネェ」

 ミーヤちゃんは納得したように頷きながら、納得していない目をしている。


『俺は理解するのを諦めたが、ミーヤなら何か解るだろ?』

 テンちゃんが半ば投げやりに言う。

「ミーヤちゃん、わかる?」

 わたしも縋るように聞いてみた。


「私にだって……わからないことぐらい……有るわ……」

〈知らんのかぁ~いw〉

 メジェドちゃんのツッコミが、わたしの脳内に木霊(こだま)した。


「まっ、いいわ。害意があるわけじゃ無なそうだし」

 ミーヤちゃんは肩をすくめ、あっさりと話を切り替える。

〈さすが神、懐が深い!〉


「それで。星の意思――シュウちゃんは?」

「シュウちゃんはどっか行っちゃた」

 わたしがそう言うと、ミーヤちゃんは軽く顎に指を当てて考え込む。

「ふ~ん、いずれ話し合う必要がありそうね」

 その口調は穏やかだけど、きっと見つけ出して“オハナシ”をするって事だろう。


『それよりもだ。ミーヤ!』

 テンちゃんの声が、空気をぶった切った。

「なによ?」

『お前がプリミア嬢を……やったのか?』

 テンちゃんの言葉は、怒りというより確認だった。

「なぁによ、いきなり。 違うわよ。運命よ、運命」

 ミーヤちゃんは、ため息混じりに言った。

 まるで「そんなことも分からないの?」とでも言いたげに。


『運命には逆らえないってか? その運命を操って――』

「さすがにそこまで万能じゃないわ。運命がどう転ぶか知っているだけよ。まして生物が生きるか死ぬかの運命ならなおさら。だからね、私はその結果を上手く利用して交渉に使っただけよ」

 淡々と語られる言葉。

 でも内容は、事務的で、突き放すような言い方。


「プリミヤちゃんがあの場に降り立った時点で、死ぬ運命だったのよ」

 胸の奥が、きゅっと締まる。

『余計にたちが悪い。死ぬのが分かっていて、わざと見逃したってことだろ!』

 テンちゃんの声が低くなる。

『お嬢だってあんなに……。それなら――』

「運命を捻じ曲げる事ができるのは、運命の女神達だけよ。もし、私がそれをやったら――」

〈嘘だね。運命は長い年月をかけて少しずつ介入していけば、アンタでも変える事ができる。そしてプリミヤ嬢をあの場に来るように仕向けた。そうでしょう?〉

 メジェドちゃんが、唐突に割り込む。

 その声は軽いのに、言葉は鋭い。

「なぜそれをッ⁉」

 ミーヤちゃんの表情が一瞬で崩れた。

 動揺。――そして、苛立ち。

『あぁ~んッ⁉』

 テンちゃんから怒りのオーラが立ち上がる。

 僅かに金色に発光し始め、空気がピリつく。

 でも……まだ、理性は残っている。


『……それに、昨日の朝お嬢になにかしただろ⁉』

 追撃。

 ミーヤちゃんが、ぎくりと肩を跳ねさせた。

「なッ、なにかって……なによ?」

『お嬢の母乳、ミルキィ……何とか――』

〈えっ⁉ あんた母乳出るの?〉

「…………うん」

 ――改めて確認されると、ちょっと恥ずかしい///


〈それなら簡単だ。この女神、直飲みしたんだよ〉

「ソンナコト! スルワケナイジャナイ‼」

 声が裏返る。

 あ、これ……完全にクロだ。

「…………OMG」

『なんだァ? てめェ……』

 テンちゃんの声が、殺気を帯びる。

「ちょッ、調査だから! 危険な物じゃないかの調査だから!」

『直飲みする必要なんて無いだろ‼』

〈それに、魔法ではぐらかしてたみたいじゃん?〉

「…………」

 ミーヤちゃんは視線を逸らした。

 沈黙が、答えになっている。

『つまり、後ろめたい事をしてたってわけだ!』

 ミーヤちゃんの肩が、ぴくりと跳ねる。

 ギクッ。ギクッ。

 ――ミーヤちゃんは、分かりやすいね。


『そんなんだから、お嬢はお前の事を信じられなくなったんだろ!』

「メイジェちゃん……」

 ミーヤちゃんがわたしを見る。

 その瞳には、ほんの少しだけ……罪悪感みたいなものが滲んでいた。


『どうせまだ、隠してる事あるんだろ?』

「……当り前じゃない。全てを共有しても、わかり合う事なんて出来ないわ。ヒト同士だってそうでしょう?」

〈うわぁ、いきなり開き直ったw〉

 言っていることは正論。

 でも、この場で言うと煽りにしか聞こえない。


『こいつに何を言っても無駄だ!ここで決着をつける』

「やッ、やろうっての?」

『お嬢、下がってな。俺がやる』

 テンちゃんの麻の葉模様が脈動し始める。

「ふん、それならちょっとは痛い目にあってもらおうかしら?」

 二人ともスイッチが入っちゃったみたい。


「力の差を……思い知る事ねッ!」

 ミーヤちゃんは怪しく瞳を光らせ、後方へ跳び上がって距離を取る。

 そして仁王立ちのまま砂丘の頂上へ降り立つと、全身からマナを放出――

〈すんごい攻撃が来そうだ!〉

「テンちゃん!」

『わかってる! 大丈夫だ!』

 その時――

 ぐらり。

「……じッ、地震⁉ ミーヤちゃんの……攻撃⁉」


 砂丘が波打つ。

 足元の砂がさらさらと崩れ、足が埋まっていく。

「すごい! これが神の力! まさに天災!」

〈えっと……生き埋めにするつもり……かな?〉

『いや……違うだろ。飛べば無害だし』

〈だよねぇ~w〉


 ミーヤちゃんに視線を向けると、肩まで砂に飲まれていた……。

「『〈あっ、ああぁ~……〉』」

 情けなくワタワタと溺れるように藻掻くミーヤちゃんの姿に、わたし達の声が揃う。


 そして、遠くで地面が盛り上がった。

「砂の下に何かがいる!」


 ――ズズズズズズッ……!

 砂が裂け、巨大な影が(うごめ)く。

 ワームだ! 20メートルはある!

 しかも一匹じゃない。群れだ!

「トレ○ァァァーズッ! “午○のロードショー”で見た! きっと、ミーヤちゃんが使役しているんだよ!」


 ひときわ大きな個体が群れの中から躍り出て、わたし達の方へ迫る。

 そして勢いのまま大きな口を開き――


 ミーヤちゃんを丸飲みにした。


「『〈おおぉ~⁉〉』」


 ……え?


「きッ、きっと!体内から操って――」

 テンちゃんがそっとわたしの肩に袖を置き、襟を左右に振る。

『お嬢……』

「そんな……そんなわけないじゃん。だって……神様なんだよ?」


 ♪ピリリリリリリ……

 再び鳴りだす携帯電話。


 ――ミーヤちゃんだ!

 きっと「謝るなら今のうちよ!」って言うに違いない!


 わたしは期待に胸を膨らませ、けたたましく鳴り響く携帯電話の通話ボタンを押した。

 ッぴ!

「も、もしもし?」

「≪タチュ……ケテ……≫」

 ッぴ!


「…………」

〈こんなマナの枯渇した場所で、大量のマナを放出したもんだから、エサだと思われたんだよ……〉

「そ……そんなの……ただのマヌケじゃん」

『…………そうだな、ただのマヌケだな』

〈マヌケw!〉


 エサが無くなったことで、ワーム達は砂の上に顔を出し、キョロキョロと辺りを探り始めた。

『なんだ? どうしたんだこいつら』

 ――何かを探してる?

 よかった~。絶対に次はわたしがエサになるパターンだと思ったけど、見つかってないみたい。


 ――ピロリロリーン♪ピロリロリーン♪ピロリロリーン♪

 今度は、再びマグ○大使の笛の音が鳴り響いた。

 するとワーム達は一斉に砂へ潜り、都市の方へ向かう。


「笛の音だ! この笛の音に引き寄せられているんだ!」

『笛の音⁉ お嬢にだけ聴こえるってヤツか⁉』

〈ハハハ、笛の音に釣られてここまで来たワタシ達も、ワームと大差ないねw〉


 ワームの群れは都市の方向へ、一直線に猛進している。


 ――祭りで集まっている人が、たくさんいる。

 このままじゃ――

「行こうテンちゃん! 助けなきゃ!」

『おうよ!』


 白み始めた曙の空、テンちゃんと二人。

 髭ダンディを小脇にかかえて奔り出した。

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