流れ星☆
――ミーヤside――
「ミーヤ神……追わなくていいのか?」
「大丈夫よ……大丈夫。ルブナちゃん、こんなの大した問題じゃないわ」
頭一つで逃亡したメイジェちゃんの居場所を確かめると、ルブナ・ディールに真っ直ぐ向かっている。
――そうよ、大した問題じゃない。
メイジェちゃんがどこへ行こうと、この星域内にいる限り把握できる。
今は――今は、ルブナちゃんが無事なら計画に支障はない。
……そうでしょ?
いやぁ~でも、まさか逃げ出すとは……。
何がいけなかったのかしら?
星の意思か、名前の主に唆された?
それとも、うさ耳の効果が強すぎたかしら?
うさ耳の効果は、恐怖心の鈍化、気分の高揚、痛覚の鈍化……。
ビビりなメイジェちゃんにはぴったりの装備だったんだけど……。
まさか……両方?
「――何だかそんな気がしてきた」
「……ミーヤ神」
ルブナ提督は、わずかに視線を伏せた。
「メイソンは無事なのだろうか?」
声は落ち着いている。
だが、その拳は強く握られていた。
「平気よ。 居なくなったから言うけど。あのメイソンって奴は危険よ」
「危険? そんなわけないだろう? 五千年以上、航星帝国のために尽くしてきた男だぞ?」
「ん~にゃ、アレの主は他に居るわ」
「……他国のスパイだと?」
低い声。
その言葉の端に、苛立ちが滲む。
握られた拳の関節が白くなり、射抜くような視線が、まっすぐ私を捉えた。
――あ、怒っちゃった?
「他国? 違うわ。アレは他星の神の使徒。私のメイジェちゃんと同じ、神から遣わされた者」
「……えっ?」
「だから死なない。――むしろ……死ねないのよ」
「死ねない⁉」
「きっと私達みたいに、星を守るため航星帝国に介入しようとして失敗した成れの果てか――。……もっとも、本人は永く生きすぎて、自分が使徒である事もわからなくなっているみたいだけど……」
私の言葉に、ルブナ提督は目を閉じた。
しばしの沈黙。
「……貴方がそういうのならば、そうなのだろう」
納得したというより、納得せざるを得ない――そんな声音だった。
――意外とすんなり……何か思い当たる節でもあったのかしら?
「しかし……」
強く握られていた拳が、ゆっくりとほどける。
「それでも、あの男は、私にとって祖父のような存在だった……」
――思っていたよりダメージが深いわね。 拉致される前は、指揮棒でツンツンしていたくせに。
にしても……メイジェちゃんは、なんでメイソンちゃんを連れていったのかしら?
あの状態じゃ使い物にならないと思うんだけど……。
……ま、いっか。
「それより――ベスタちゃんと接触する段取りを進めましょう」
今、優先すべきはルブナちゃんにベスタちゃんをぶつけること。
そしてプリミアちゃんを復活させて――。
そこまで辿り着ければ、いずれマナ濃度は自然に落ちていく。
……けれど、それでは遅い。
あまりにも、悠長すぎる。
ならばメイジェちゃんに時間を稼いでもらうしかない。
この星の寿命を、最低でも千年――できればそれ以上。
結局のところ、近いうちに捕まえて、マナの濃い地点を片っ端から潰しに行く必要があるわね。
「私もすぐに動きたいのは山々だが……世襲に伴う相続手続きを済ませねばならん。――最短でも半年はかかる」
――半年? まぁ、それくらいはかかるか。
神の感覚からすれば、瞬きにも等しい時間。
「世襲って、当主を引退するって事?」
「そうだ。 貴方にこんな身体――“ふたなり”?にされてしまったし、若返りもしてしまった。さすがにこのまま“ルブナ・エラリス”で居続けるのは無理があるだろう?」
「そうね……。若返りの仕組みを探ろうと、研究材料にされかねないわ」
「だからこの際、私――ルブナ・エラリスは病死したことにする。表向きはな。その後は隠居、という形に収めようと思っている」
「へぇ~、いいんじゃない? でも、後任にも私の要求はちゃ~んと守ってもらうわよ?」
「ああ、そのつもりだ」
――よし、ルブナちゃんの方はしばらく大丈夫そうね。
あっ、そうだ。
地球のプリミアちゃんと話せるように、通信用のお人形を置いて行きましょう。
それならルブナちゃんのメンタルケアにもなるし……なにより、“本物のプリミアちゃんの魂は私が預かっている”と、遠回しに示すこともできる。
「メイジェちゃんがメイソンちゃん連れていっちゃったから、これを置いていくわ」
「ん? なんだ?」
私は収納ポッケに手を差し入れ、革張りのトランクケースを取り出して円卓の上へと置いた。
場違いなほど上質なそれが、重々しい音を立てる。
今回の人形は通信特化型。自立行動はできない。
だが――侮るなかれ。
地球にある本体と神界を経由して直結し、時差なく同期する。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚――五感すべてを共有可能。すごい!
「取り扱い上の注意は――説明書を読んでね」
「……説明書? いや、それよりも。そのポケットはどうなってるんだ?」
ルブナ提督の視線は、どうやらトランクよりも私の収納ポッケに向いているらしい。
まだ中身を知らないからこその余裕だ。
――ふふっ、中身を見たらどんな反応するかしら?
「あと、パイプ役としてこの子も――ユルナちゃん! カム・ヒア!」
ぱちん、と指を鳴らす。
空間が裂けるように開き、巫女装束のユルナちゃんがふわりと落ちてきた。
……が、横たわったまま規則正しい寝息を立てている。
「爆睡してるぅ⁉ 修行で疲れちゃった?」
「フィリステ少尉⁉ 無事だったのか」
驚愕と安堵が入り混じった声が上がる。
「さっき言ってた助手の件だけど、実はユルナちゃんとは、もう話が付いてるの」
「……本人は納得しているのか?」
「納得――というより、契約ね。神との正式な契約。 生涯、巫女として仕えてもらうことになってるの。だから身辺整理は早めに済ませてあげて」
「契約?」
「おっと、それは答えられないわ。ユルナちゃん本人に聞くのもナシ。でも安心して。悪いようにはしないわ」
「本当か?」
ルブナ提督はじっと私を見る。
私は肩をすくめ、微笑んだ。
「神に誓って」
ルブナ提督はわずかに目を細め、短く息を漏らす。
「……フッ。かなわないな」
さて――メイジェちゃんが出ていった以上、外の連中も動き出している頃合いね。
感動の再会に水を差すのも野暮というもの。
ここは神らしく、ミーヤちゃんは、クールに退散するとしよう。
「私もそろそろお暇しようかしら」
「あのメイジェという娘を追いかけるのか?」
「べ、べつに~。 私だってやる事がいっぱいあるの」
「私は結局、彼女に謝罪することができなかった。近いうちに、その機会を与えて欲しい」
ルブナ提督の声は低く柔らかかった。
「気が向いたらね」
「……そうか、メイソンの事も頼む」
「……はいはい。それより、早く着替えた方がいいわよ。外の連中がなだれ込んで来るわ。そんな格好じゃ示しがつかないでしょ?」
若返った身体に、異質な気配。
今の姿を見られれば、余計な混乱を招くのは目に見えている。
「仮面も付けて若返った顔を隠すか……」
「それがいいわ。あとトランクケースも自室に持って行きなさい。見つかると面倒よ」
「いったい何が入ってるのやら」
――ふふっ、中身を知ったら、私に足を向けて眠れなくなるわよ♪
「困ったことが起きたらユルナちゃんに言ってね。じゃあこれで、ばいば~い!」
私は魔力を収束させ、転移魔法を編み上げる。
行き先は――マナの大樹。
まずは大樹でマナを補給。
それから地上へ先回りして、メイジェちゃんを確保。
頑張って私から逃げたのに、いきなり目の前に現れたら、怖かろう?
フフフッ♪
「あッ! ちょっと待っ――」
ルブナ提督が何かに気づいたらしく、慌てて声を上げる。
けれど、その続きを聞くより早く。
魔法が発動した。
空間が静かに反転する。
無機質な宇宙船の船内が歪み、光に溶け、次の瞬間には――
澄みきった空気と、朝露の匂い。
爽やかな午前の森へと、景色が切り替わっていた。
――…………あ、メイジェちゃんの体、置いてきちゃった。
まぁ、たぶん大丈夫でしょう。
たぶん。
***
一方そのころメイジェ達は一路ルブナ・ディールに向かっていた――
「げ、減速できませせぇん! 大佐ァ! 助けてください‼」
〈メイジェくん……君には大気圏を突破する性能は無いのだ……気の毒だが……〉
――何をやってんだお前ら……。
「これ、やってみたかったんだ♪」
〈わかる~。でもそのシーンのときは“大佐”じゃなくて“少佐”だからね?〉
「ん? へぇ~」
メジェドちゃん、わたしよりも詳しい――なんで?
……それより、マナの残量が、明らかに少ない気がする。
今は空気の層を作る魔法と、重力魔法、二つしか使ってないけど……。
それでも、じわじわ削られていく。
これ――足りないよね?
「えっと……たぶん、そろそろマナが切れて魔法も使えなくなりそうだけど……この後どうしようか?」
〈えっ? さっきの茶番を本気で再現する気⁉〉
「燃え尽きても死なないみたいだけど……熱そうだよ? それに……テンちゃんだって、きっと燃えちゃう……」
わたしのマナ不足のせいか、テンちゃんの意識はまだ戻らない。
頬を寄せても反応はなく。
ボロボロで裂け、だらりと垂れた冷たい半纏が、やけに重い。
高度が下がる。
星が、迫る。
――あッ! わ、我は用事を思い出したぞ!
その瞬間。
内側にあった“何か”が、すっと引いた。
「ええぇッ⁉」
〈ああぁッ⁉ シュウちゃん逃げちったぁ?〉
「わたしの中から、居なくなっちゃった?」
〈居なくなったというより、干渉をやめた……みたいな?〉
そして――
流れ始める。
今までどこかでせき止められていた、わたしのマナが。
ゆっくりと、確かに。
テンちゃんへと、注ぎ込まれていく。
――もしかして、シュウちゃんが……?
びくり、と布が震えた。
――なんだろう……前よりもテンちゃんとの繋がりが、強くなったような気がする……。
今までは、体から大気中に滲み出るマナを、テンちゃんが吸収していたみたいだった。
でも今は違う。
直に、灌がれていく。
わたしの中心から、テンちゃんの中心へ。
「……テン、ちゃん?」
裂け目が、少しずつ閉じていく。
飛び出していた綿が、吸い込まれるように戻っていく。
テンちゃんが修復していく中、状況はどんどん悪化していく。
マナの消費が多い重力魔法は崩れ、落下速度が跳ね上がる。
空気の焼ける匂いが次第に強まる。
「ダメ……間に合わない……!」
〈うーん、じゃあさ。とりあえず髭ダンディを盾にしようよ〉
「その手が有った!」
大柄なミイラを引き寄せ、その陰に身を隠す。
浴びていた灼熱が、和らぐ。
〈持ってきて正解だったでしょ?〉
「うん! いい感じかも♪ 頑丈だし、髭ダンディいいね!」
そして――。
「テンちゃん、起きて! テンちゃん!」
『…………お……お嬢……』
重かった蘇芳色の布地が、ふっと軽くなる。
麻の葉模様が、内側から淡く発光する。
――戻ってきた!
「テンちゃん!」
『お嬢!……頭だけ⁉ とうなってる⁉ 状況は⁉』
声に反応して動き始めた半纏は、状況を確認するように周囲を見渡す。
「マナがもうないの。テンちゃん、おっきいカカオ出して」
『お、おう! 直ぐに出す!』
袖口から出されたカカオを、即座に“還元”。
再生したのは――胴体だけ。
「一個じゃ足りない⁉ 手足が生えない!」
でも。
「これだけあれば、いける!」
重力魔法を再展開。
空気の層を厚くし、摩擦熱を分散させる。
「ま、まにあったぁ~……」
ちょっと焦げて黒光りした髭ダンディを後ろへ下げる。
テンちゃんは、ひらりと舞ってわたしの肩へ。
『それ……まさか……メイソンか?』
「髭ダンディ! テンちゃん、このオジは髭ダンディなの!」
『ええぇ? なんでまた?』
「わたしの名前と被ってるんだもん!」
『……えっと、“メイ”が被るってこと?』
「そう! さすがテンちゃん! わかってるぅ~」
『……うん、じゃあこいつは髭ダンディ……だな』
即決だった。
そしてふと、テンちゃんの気配が鋭くなる。
『ところでミーヤの奴は何処行った? お嬢を危ない目に合わせやがって……しばいてやる!』
低い声音。
怒っている。
「あのね、わたし……、ミーヤちゃんから逃げてきちゃった……」
わたしはこれまでの経緯をかいつまんで話す。
テンちゃんは、何も言わずに聞いてくれた。
口を挟まず、ただ黙って。
その沈黙が、少しあたたかい。
『……そうか』
短い一言。
『確かに俺も、ミーヤは何かを隠しているような……そんな気がしていたんだ』
「テンちゃんもそう思う?」
『ああ。何度か問いただした……気がするんだがな。どうにも記憶が曖昧でな』
〈それ、魔法ではぐらかされてるんだよ、きっと〉
『――ッ!』
テンちゃんが、びくんと跳ねた。
『んッ⁉ 誰だぁ! どこにいやがる!』
「ごめんテンちゃん、紹介まだだったよね。 この子、わたしの中のもう一人のワタシ――メジェドちゃんなの」
『なんだてぇ⁉ 俺よりお嬢の近くに居るヤツが居るってのかぁ! おのれぇ赦さん!赦さんぞぉ!』
テンちゃんが、ぶわっと膨らむ。
蘇芳色の布地が限界まで張りつめ、麻の葉模様がビキビキと光る。
〈きゃあ~、コワぁ~いw〉
嫉妬で狂いだすテンちゃんを、メジェドちゃんが容赦なく煽り散らかす。
〈ワタシとメジェドちゃんは、一心同体? 不離一体? 一蓮托生ってやつ? これからひと時も離れる事無く、ず~っと一緒さ! それに比べて君は所詮――衣・類♡ ハンガーで吊るされたら何も出来ないポンコツちゃんなんだよね♪〉
『ぬぁにぃぃぃぃ⁉』
ぷるぷると震えだすテンちゃん。
怒りで布が波打ち、風もないのにバサバサと揺れる。
『衣類だとぉ⁉ 俺はお嬢と魂を分けた唯一無二の存在だぞ⁉ 俺はお嬢のママなんだぞ⁉』
――ちょっと何言ってるのか、わかんないけど。 そんなふうに全力で嫉妬してくれるのが、ちょっと嬉しい。
テンちゃんは可愛いね♡
くすっと笑うと、テンちゃんの揺れがほんの少しだけ弱まった。
「わたしは、テンちゃんをただの衣類だと思ってないよ? 優しいし。ご飯も作ってくれるし。ぎゅうって抱きしめてくれるし」
ほんのわずか、テンちゃんが黙る。
『……そっか?』
「それにね。マナの繋がりが戻ってからね。テンちゃんが前よりずっと近くに感じるの。マナを通して、“つながってる~”って感じ?」
照れたように布が揺れる。
『それならヨシ』
〈えぇ…(困惑)〉
さっきまで得意げだったメジェドちゃんの声が、急にしぼむ。
『それで? 魔法ではぐらかしてるってのはどういうことだ?』
さっきまでとは打って変わって、余裕のある大人な声色だ。
〈単純な話で、声に魔法を仕込んでるってこと。問い詰められた時、聞いた側の認識をほんの少しだけ“ずらす”。疑問を疑問のままにしておく程度の、軽い干渉だけどね〉
『記憶を消すわけじゃないのか?』
〈消してはいない。だから“違和感”だけは残る。でも深く追及する気持ちが、なぜか削がれる。 まぁ、その気になれは消すことも出来るけど……〉
ぞくり、と背筋が冷える。
「わたしも、身に覚えがある……」
喉がひりつく。
「テンちゃんに名前を付けた直後――そう、着替える時。テンちゃんが朝食の準備をしに部屋から出ていってから、服を着るまでの記憶が曖昧なの」
そこに確かに“時間”はあったはずなのに。
――何かされた……? 何を……?
思い出そうとすると、靄がかかる。
ダメだ。 触れた瞬間、するりと抜け落ちる。
〈エッチなこと、されちゃったぁ?〉
『なるほどな……しばく理由が増えたな』
低く、短い声。
怒鳴りも、荒れもしない。
だが――テンちゃんは静かにキレていた。
『……ミーヤのことは後だ。今は、とりあえずお嬢の体だな』
声色は低いまま。
それでも、口調だけはいつも通り優しい。
『治りきってないだろ。もう一本いっとくか?』
そう言って、袖口からカカオを覗かせる。
怒りの余熱を、そっと包み隠すみたいに。
「う~ん……残りは何本あるんだっけ?」
『あと……5本だな』
――わたしにとって万能薬みたいな物だし……、節約しとこ。
「じゃあ……今はいいや。大気中のマナを回収して治してみるよ」
『そうか? すぐ治したい時は言ってくれ、すぐに渡すから』
〈あははッ! それ、きっと最後まで使わないヤツだ!〉
――ふふふっ。“おちんちん”生えないように、うまぁ~く調整しよ♪
やがて熱圏を抜け、中間圏を抜け、成層圏へ。
下界は、夜。
まるで、流星になったみたいにテンちゃんと一緒に星空をゆっくりと落ちていく。
そして、雲と同じ高さへ。
魔法で作った空気の層に、小さな穴を開ける。
外気が流れ込み、マナが少しずつ体内に取り込まれていく。
冷たい夜風が頬に当たる――でも寒くない。
温かいテンちゃんに包まれているから。
降りる場所がどこなのか、わからない。
何が待っているのかも、わからない――でも恐くない。
テンちゃんと一緒なら。
どこへでも。
どこまでも行ける。
それが嬉しくて、自然と笑みがこぼれていた。




