三十六計逃げるに如かず
――ミーヤside――
「あばッ⁉ あばばばばばッ! メ、メメメ……メぇ~イジェちゃ~ん⁉」
――ヤバババっ! よりにもよって、このタイミングで?
無理やり押さえつけようにも、ルブナちゃんに“おちんちん”生やしちゃったせいで、マナの残量が心もとないのに。
補給しようにも、赤メイジェちゃんのマナは明らかに危険だし……デカいカカオもテンちゃんに預けたまま。
それに――誰の使徒かも分からないメイソンが居るこの状況じゃ、真名を呼ぶことも出来ない。
……いや、待てよ。
今のメイジェちゃんはどっちが主体かしら……?
メイジェちゃん本人だったら、大した問題じゃない。御しやすいからね、なんとかなる。
でも星の意思が主体だったらマズイわ……あの子は亜人種を憎み過ぎている。それに――私の事も……。
いざとなれば、アレを使わざるを得ない。
「ミーヤちゃん、テンちゃんは……?」
――お♪ よかったぁ~。 まだメイジェちゃんが主体のようね。
そうよね、テンちゃんへの侵入失敗で、あの子も消耗しているはずだもの。
ボロボロのテンちゃんに気づいたメイジェちゃんは、慌てて駆け寄り、優しく抱き上げた。
「……私のテンちゃんを、誰が虐めたの?」
「あ~、いや、これは……事情がね、 あるのよ」
「ミーヤちゃんなの? 磔にして、こんなにボロボロになるまで乱暴したの?」
「…………イエ、チガイマス! このヒゲがやりました!」
メイソンを指差す。
「「――はッ⁉」」
「あはッ♡ そうなの……」
「ミーヤ神……話が違いますぞ⁉ 説得するてぇ!」
必死に抗議するメイソンに、私は念話を送る。
『メイソンちゃん、聞こえますね……今、貴方の脳内に直接呼びかけています……』
『直接脳内に……⁉ ……念話か?』
『一瞬だけでいいから、私がメイジェちゃんに取り付く隙を作って頂戴』
『しかし、隙を作るにしても……どうやって?』
「こうするのよッ!」
私はメイソンを、メイジェちゃん目がけて蹴り飛ばした。
「お゙ッッッ♡」
「ちゃぁ~い♪」
合掌し、片目を閉じて謝罪のポーズ。
――ダイジョブ、ダイジョブ。
メイソンちゃんの死ぬ予定は入ってないから。
「このヒゲ、ステゴロのタイマン勝負をお望みみたいよ」
「ほんとぉ? 殴っていいの?」
「い・い・わ・よ♡ でもぉ~、魔法は禁止ね♪」
「やったぁ~!」
メイジェちゃんはテンちゃんを軽く畳み、円卓の上へ丁寧に寝かせた。
「テンちゃん、見てて。仕返しするから!」
「ミーヤ神ご無体な……」
『大丈夫よ、メイソンちゃん。一発殴られれば分かるわ』
『分かるって……この世の真理を死んでから悟っても遅いでしょう……⁉』
『さっさと逝け!』
「ミーヤ神、大丈夫なのか?」
心配そうに問うルブナ提督。
「大丈夫よ。魔法さえ使わせなければ。 メイジェちゃん本人は殴るの好きみたいだけど、力が弱――」
"THWACK-SQUELCH!"
「お゙ッ! お゙お゙っぉ……ぉ」
鈍く、重い打撃音! そしてメイソンの呻く声。
続いて、ビチャビチャと液体がこぼれる音……。
――ん⁉ まちがったかな……。
「メッ、メイソン!」
メイソンの背中から、細い腕が突き出ていた。
その手には――脈打つ心臓。
――あっ……。
名前の主――メジェドだわ……。
「とれたぁ♡」
引き抜いた心臓を、宝物のように掲げ、恍惚とした表情で見つめる。
その間に、メイソンの身体は急速に干乾びていく。
「メイジェちゃん……それ、渡して頂戴」
「ええぇ~? ミーヤちゃんも食べたいの?」
答えを待たず、齧り付いた。
ブチブチと音を鳴らし、夢中になって貪っている。
――心臓を食べることで、名前の主が影響力を強めようとしている⁉
このままでは、三つの意思が鬩ぎ合うことになる。
メイジェちゃんは、最後の大きな一口を口の中へ放り込み、モチャモチャと幸せそうに咀嚼する。
――今ッ! 今しかない! 無理やりにでも止める!
私は素早く背後に回り込み、バニー衣装の尻尾を引き抜く。
その瞬間、衣装が“応えた”。
――こんなこともあろうかと、保険として着せたバニー衣装。
「拘束具になってるとは、分かるまい!」
バニースーツ、カフス、パンスト、付け襟、それぞれが対応する体の部位の制御を奪ってゆく。
動きが奪われ、膝が床に落ちる。
「ミーヤちゃん……?」
振り返った瞳は、戸惑いに満ちていた。
――メイジェちゃんに……戻りかけている?
纏うマナも赤色から金色に戻りつつある。
しかし拘束は止まらない。
地面に突っ伏しながらも、顔だけがこちらを見つめていた。
――メイジェ脳内会議――
体が、動かない。
石にされたんだっけ?
……違う。石化は、もう解けてる。
じゃあ、これは――ミーヤちゃんに拘束された⁉
このバニー衣装はそのための装備だったの?
――その通り。
「だ、誰ェ⁉」
〈あなたの中にいるワタシ〉
「え……もう一人、いるの……?」
――あの女神はお前の事を処分するつもりだ。
〈用済みなのかな~?〉
「そんな! ミーヤちゃんはそんなことしないよ!」
――そうか? 何故そんなにあの女神の事を信用している?
「ずっと一緒って、約束したもん!」
〈ふ~ん。体のいい便利な駒じゃないの?〉
――テンだって、あんなにボロボロにされたにもかかわらず、あのメイソンという男を放置していただろ?
〈えっ? それ、やったのあんたでしょ?〉
――……、分かたれて不安定な状態の魂を元に戻そうとしただけだ。
〈あれぇ? 言ってる事さっきと全然違うじゃん?〉
――……チッ。
「舌打ちしたぁ! ひどぅい……嘘つき!」
どうやら二つの意思は味方同士ってわけでは無いみたい?
〈ま、その嘘つきのおかげでワタシが顕現できたわけだけどね〉
「そうなんだ~」
〈……もしかして、自分が何したか、覚えてない?〉
「……えっ?」
〈ほら、目の前に転がってるミイラ――メイソンの心臓、食べちゃった♪〉
「はあぁッ⁉ これ髭ダンディー⁉」
〈あはははっ♪ まあ……やったのはワタシだけど、実質あなたがやったようなもんでしょ?〉
「そんな……わたし……ころ、殺しちゃったの……?」
〈えっ。 死んでないよ?〉
「完璧ミイラだよ? 真夏のコンクリの上のミミズだよ?」
〈こいつもあんたと一緒、使徒だ。主人の許可なく死ぬことは出来ない〉
「ふーん。 ところでさ、お二人はどちらさん?」
――今?……この話の流れで?
〈あんた、まだ居たんだ〉
―― まあいい、聞かれたからには教えてやろう。
我は星の意思。
この身体を奪いそこにいる、ルブナという女を殺さねばならない。
〈おおぉ~、本性現したねぇ〉
「もぉー、わたしの体で勝手な事しないでよ!」
――我は七五〇年間、亜人種共に必死に抗ってきた……。しかし、これまでだ……この星の寿命は後、二六六年。最期に我を穢した亜人種共に一矢報いて……。
「あきらめんなよ……」
――ッ⁉
「あきらめんなよお前!」
――……お前に何がっ!
「どうしてそこで終わろうとするのそこで!もう少し頑張ってみようよ!
ダメダメダメダメあきらめちゃあ!
住んでるヒトのこと思えよ、ミーヤちゃんだってまだ諦めてないんだよ!
星が壊れるなら、壊れきるまで足掻けばいいじゃん!
わたしだって知らない星に転生して、宇宙にまで来て頑張ってるんだよ!
もう少し頑張ってみれば! わたしが必ず助けてあげる!
だからこそ、Never Give Up‼」
〈炎の妖精特有の、励ましの言い回しだね〉
「ってか『星の意思』って呼びにくいから、あなたは今日から“シュウ”ちゃんね」
――…………えっ?……いや待て! なぜ、そうなる?
「……今日から“シュウ”ちゃんね」
――…………分かった。……シュウでいい。
〈あきらめんなよ! 抗えよ!〉
胸の奥で、何か重たいものが静かに座り直した気がした。
〈なぁっ⁉ 本当に名付け出来てるぅ~⁉ ええぇ……なんでぇ?〉
――今の我にはこの身体を奪う力もない。
それに……この娘だけは、我を“存在”として見た……。
〈チョロすぎぃ!〉
「それで――あなたは、誰?」
〈……ワタシはメジェド。 あんた達が思い描いてきた“メジェド神”のイメージが、よく分からない形で具現化した存在〉
「よく分からない?」
〈意味が分からない、が正解〉
「“あなた達”って? わたしはメジェド神の事、あんまり知らないけど……テンちゃんと、ミーヤちゃん。 あと……シュウちゃんのイメージ?」
――我はメジェド神を知らんが?
〈そうだね、テンとミーヤ神が由来のイメージが主だね〉
「じゃあメジェド神ってわけではないんだ?」
〈今までは あんたに、ちょ~っと干渉するだけの微かな存在だった。
でもさっき、ミーヤ神が『心臓を食べることで、名前の主が影響力を強めようとしている(キリ』みたいな事を考えたから生まれた来ちゃった的な?〉
「へぇ~、意味が分からない存在だね」
〈でしょぉ~?〉
――それで? これからどうするつもりだ。
このまま拘束されたままだと、女神に何をされるか分からんぞ。
〈逃げちゃう? 逃げちゃう?〉
「ちょっと待ってよ。 シユウちゃんってば、なんでそんなにミーヤちゃんを疑うのさ?」
――現に、ミーヤ神から与えられた服で拘束されているではないか!
「それは……そうだけど……」
バニー衣装の制御下に置かれ動かないわたしの身体は、ピクリとも動かない。
「でもさ……わたし、髭ダンディーの心臓、毟り取って食べたんでしょ?」
〈うん。塩があったらもっと美味しかったと思う。あとゴマ油〉
「…………そりゃあ、拘束されるでしょ?」
――……そうだな。
〈あっ、納得しちゃうんだ?〉
――それだけでは無い!今回の“オハナシ”の手札に使うため人を殺めている!
「えっ……? 本当に?」
――過去には亜人種共を排除するために共闘していたのだ、奴がどれだけ手を汚してきたか、我は知っている。
〈へぇ~、どんな悪さをしていたのさ?〉
――先ずは、ルブナの旦那。
リュシアンという男が罹った、あの流行り病だ。
あれは、ミーヤ神が我に創らせた。
亜人種だけが罹るよう、選別された病を、な。
だがミーヤ神は、被害が広がり過ぎぬよう、リュシアンが死んだ直後、すぐに収束させた……。
本来ならば――あの病で、亜人種共に鉄槌を下すはずだった!
それなのに!
屠れたのは、たった一五万ほどだ!
〈つまりさ“狙い撃ち”したってことだね。 ってかあんたも大概だよ⁉〉
――さらに直近では、ルブナの孫娘――プリミアが、あの場で死ぬこともミーヤ神は知っていたぞ。
〈へぇ~、つまり交渉の手札に使うために、見殺しにしたわけだ〉
「そんな……あれは偶然起きた事故で……!」
――アレは生と死を司る神だからな。
魂の支配権を得ているなら、運命の偶然など、必然に導く事も不可能ではない。
「…………」
言葉が出なかった。
否定したかったのに、言葉が見つからない。
――それに。お前はどうして、あの街の教会に送られた?
わざわざ亜人種の神官が待ち受ける、あの街の教会に、だ。
「……っ!」
――ミーヤ神は、お前が石化される事を承知の上で、あの街に送ったのだ。
いつでも動かせる“駒”として、配置するためにな。
「……ねえ、シュウちゃん」
自分の声が、思ったよりも静かで、少し驚く。
「わたしに石化が効くのって……つまり、そういう事だよね?」
――そうだ。
本来、あの程度の低俗な魔術など、お前に通用するはずがない。
ヒトの魂でありながら、神の器を持って転生する――そのはずだったのだから。
だが、ミーヤ神はそれを許さなかった。
お前は転生の時点で、意図的に弱体化させられている。
転生前。
ミーヤちゃんが、光る板を使って、わたしの容姿を変更していた光景が脳裏に浮かぶ。
「神の器って……本当に?」
――我らと、ここまで同化出来る。
それこそが、その証拠だ。
胸の奥が、じわりと熱を持っていた。
怒りでも、恐怖でもない。
失望だ。
「わたしさ……ミーヤちゃんのこと、信じてたんだよ?」
バニー衣装に絡め取られた身体は、まるで石像みたいに動かない。
なのに――。
心だけは、動いてしまった。
「信じてた……でもね」
言葉が、ぽろりと零れる。
「わからなくなっちゃった……」
――逃げろ。
シュウの声が、初めて優しく響いた。
〈逃げちゃおうよ〉
「……うん」
心の中で小さく頷く。
「今は……逃げよう!」
その瞬間。
“Pop!”
軽い音が、世界を裂いた。
視界がグルグルと床を回転し、自分の身体が、遠ざかっていく。
「えっ?」
――えっ?
頭と体が、さようならしたこの状況を、ようやく理解する。
〈はい、パージ完了♪〉
――髪を!
「わっ、わかった!」
ザトウムシのような異形の姿で、床を蹴った。
「テンちゃん!」
髪で絡め取り、即座に回収。
〈髭ダンディーは使えるから持って行ってね〉
「ええぇ~ん。 触りたくないよぉ~」
仕方なく腕を髪で摘まんで引きずっていく。
そして――来た道を全速力で逆走する。
エレベーターシャフトを一気に降り、変態犇く廊下をダッシュ!
そのまま格納庫、カタパルトへ!
まさに脱兎の如き速さだ!
「あっ! 頭に“うさ耳”が付いたままだ!」
拘束は――されない様だ。
「この“うさ耳”は拘束具じゃなかったんだ?」
――……勇気。
「えっ? なんて?」
〈装着すると勇気が湧く効果が有るみたい?〉
「なら付けとくか! メイジェ! いっきま~す!」
重力魔法でセルフカタパルト。宇宙空間へ!
――ミーヤside――
拘束後、メイジェちゃんは白目を剥いたままパクパクと口を動かしている。
「頭は拘束して無いから、喋れるハズなんだけど……?」
三つの意思が頭の中で序列をかけてバッチバチにやりあってる感じかしら。
「ミーヤ神! メイソンが!」
干乾びたメイソンを、ルブナ提督が心配そうに指揮棒で突いている。
「大丈夫、死んでないわ。さすがバンパイアってところかしら?」
「吸血種と言えど心臓を潰されたら死ぬぞ⁉」
「じゃあ、すご~い特別なバンパイアだったのね。 まっ、そのうち治しとくから」
「そのうちって――」
そんな話をしていた矢先――
「信じてた……」
メイジェちゃんの口からそんな言葉が……。
「……え?」
“Pop!”
「――ッ⁉」
急いで音源を見る、そこにあるのは――
首から下の、メイジェちゃんの身体だけ。
「……あれ?」
少し遅れて、視線が動くものを捉える。
床に転がる、ころんとした“何か”。
それが頭だと、認識するまでに、ほんの一拍かかった。
「えええええええええええええっ⁉ ち、ちょっと待って! えっ!? 何が起きた!? え!? 頭!? 頭、取れた!?」
三度見した時には、もう頭は消えていた。
「……あ」
ようやく、理解が追いつく。
「……逃げ……られた?」
その言葉が、口から落ちた瞬間。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
「……逃げた、だけ……だよね?」
自分に言い聞かせるように呟く。
メイジェちゃんが完璧に乗っ取られる最悪のパターンが脳裏に浮かぶ。
「……うん。大丈夫、拘束に驚いて逃げただけよ」
なのに。
胸の奥に残った、ざらりとした感触が、消えなかった。
「……信じてた、って……」
さっきの言葉が、遅れてリフレインする。
私は、自分の胸を押さえる。
なにか大切なものを失ったような……心に穴が空いたような――空虚さが心を満たしていた。
「……メイジェちゃん?」
返事は、ない。
「……ま、いっか!」
気持ちを切り替えて、明るい声を出してみる。
でも、どこかぎこちないのが自分でもわかる。
「私から逃げられるはずないのに……」
何処まで行こうとすぐに捕まえられる。
「……次は、ちゃんと捕まえよ」
この心の虚しさが
執着なのか
焦りなのか
失ったものへの違和感なのか
私自身にも、まだ分からなかった。




