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遠い叫び

 拝啓

 やわらかな風が、草の匂いを運んでくるようになりました。

 遠くで聞こえる鳥のさえずりや、木々を渡る風の音に、春の訪れを感じております。

 こちらでは、今年もまた花が咲きました。

 芽吹いた時からひとときも離れず見守っていた雑草が、やがて花を咲かせ、そして枯れていく――

 その一部始終を見届けられるのは、もしかすると、この姿の私にだけ許された、ささやかな幸せなのかもしれません。

 ミーヤ様、お変わりなくお過ごしでしょうか。

 五十年です。

  わたしがこのミルクレインの街で目覚め、即座に石にされた日から、今日できっかり一万八千二百五十日。

 ミーヤ様から『この星のマナの管理、よろしくね♪』と任されたものの……、申し訳ありません。何一つできておりません。


 ――五十年前わたしが目覚めたとき、教会の中にいました。

 木造の祭壇、ステンドグラスの光。そこには長杖を持ったエルフの神父たちが五人ほどいて、『あ、これは歓迎の儀かな?』なんて、油断してしまったんです。

 寝起きでしたし、座ったままあくびをしたその瞬間――神父たちが一斉に長杖をこちらに向け、光ったと思ったら……気がつけば、石になっていました。

 目が覚めて、目が合って、隙を見せた瞬間に石化って……問答無用すぎません?

 出会って五秒で即石化⁉おかしいでしょ⁉

 ミーヤ様、言ってましたよね?

『少し前に神託を出しておいたから大丈夫よ。きっと歓迎してくれるわ』って。この教会、あなたを信仰してるところじゃないですよね?

 信仰対象、たぶん別の神様です。むしろ敵対派です。邪神の使いとか言われましたし。事前確認、大事ですよ⁉


 あと、なんですかコレ。

 どうして勝手に“おちんちん”を付けたんですか⁉

 わたし、女でしたよね⁉転生前はどうだったか覚えてませんけど、今世のわたしプリチーな女の子でしたよね‼

 しかも出発直前、まさに不意打ち!

 あなた言ってましたよね?『ふふっ……よく似合ってるわ。やっぱり可愛い女の子にはおちんちんがあるべきよね~♡』って‼

 完全にあなたの性癖じゃないですか! 神の気まぐれとかで済まされるレベルじゃないから‼

 しかもですよ?寝起きだったから起立状態で石化されちゃったんです!ビンビンです!

 あなたが付けた“おちんちん”のせいで、邪神の使い認定に説得力が出ちゃってるんですけど⁉


 そんな姿でも、そのまま破壊されることもなく邪神の使いの情報を伏せ、異形の女神像として祭ることにしたようです。

 ……おかげで、わたしの石像は街のど真ん中、教会前の噴水広場に堂々と設置されました。

 今では、すっかりこの街の名物ですよ。お土産も売ってます。

 ちなみに、わたしが載ってる台座。細かい装飾が綺麗で、黒くてかっこいいデザインなんですけど。設計した鍛冶職人が変態だったみたいで、股の下に寝転がれるスペースがあるんですよ、大事な所まる見えな形状してるのに!

 設計者曰く『ここに寝ると力が湧いてくるんだ‼』って……湧いてるのは頭でしょ‼地獄に行け‼

 実際に効果が有るのかわからないですが、老若男女問わず、安くないお布施を支払ってまで寝転がっていきます……。


 さらに触るとご利益があると噂が広まり、通りすがりの人々がやたらと触っていくんです。

 とくに女性陣!胸の尖端部ばかり執拗にこねくり回して――『あ〜、でたでた〜』って、ナニか出てるんです?ナニが出てるんです?まさか母乳?

 しかも出てきた謎の液体をお肌の気になるところに塗りたくるの、ちょっとおかしいですよね⁉

 ちなみに“おちんちん”に触ると途端に教会の関係者がすっ飛んで来て、ご婦人を蹴散らしてくれるので助かっております。

 夜中でもすっ飛んで来るので、警報機とか付いてますよ多分……。


 そうだ。服の件ですが。

 なんで半纏(はんてん)しか着てないんですか⁉

 せめて下着かズボン、くださいよ‼ 全部まる見えですよ⁉

 ちゃんと服、着せてから送り出してくれてもよかったでしょう⁉

 しかもその半纏はなぜか石化しなかったんです。だからすぐ脱がされるし、風が吹けば胸はチラチラ見え、街ゆく少年たちの視線もチラチラですよ!

 ミーヤ様が言ってましたよね、『その半纏には“収納”機能があって、必要な物が入ってるから到着したら確認してね♪』って言ってましたけど……。

 わたし動けないんですけど!どうしろと?

 それでもこの半纏、たしかにすごいんです。

 脱がされても勝手に戻ってくるし、五十年着ていても新品同様。雨でも濡れないし、悪ガキに石を投げられても当たる直前に“収納”して助けてくれるんです。

 面白がって、めちゃくちゃ石投げられました……、しまいには投げる石が街から無くなるぐらいに……。


 あと、『死なないから安心して』って言ってましたけど、せめて石化ぐらい無効化してくれませんか⁉

 もしかして、ミーヤ様石化フェチだったりします?わたしの姿を見てニッコリですか?

 こちとら生きたまま五十年間、羞恥プレイですよ?

 ――とはいえ、最初の数年で感覚はマヒしました。

 今ではもう考えるのをやめた状態です。

 “石の上にも三年”とか、ほんとよく言ったもんですね、ハハハっ…………。


 ――まぁ、言いたいことは山ほどあります……、ありますが、このへんで本題に入りましょうか。

 この五十年、わたしはミルクレインの街で、それなりに穏やかな日々を過ごしていました。

 けれど、つい一ヶ月ほど前、街の近くの小高い丘で、遺跡が見つかったことで状況が一変したんです。

 その日も、春先のミルクレインらしい天気――濃い霧に、ぱらつく雨。

 濡れた地面が崩れて陥没し、その下から遺跡が顔をのぞかせたんです。

 陥没の瞬間、わたしのいる噴水広場からもバッチリ見えましたよ。

 それで発見から二日も経たないうちに、近くの街からエルフの神父たちが大急ぎでやってきて、慌ただしく調査を始めました。

 どうやら中は古い造船所のような施設で、中には……なんと、船が置かれていたそうなんです!

 しかもその船、少し整備すればすぐに使えるくらいの良好な状態だったらしいです。

 すごいですよね? 遺跡に眠ってた船がそのまま使えるなんて。

 発掘船で船旅――ロマンありますよね!もしかして“幻の発掘戦艦”的な船だったりして‼

 ――でも、どうやら見つかったのは船だけじゃなかったみたいで。

 追加調査のあと、神父たちはなにか危険なものを見つけたらしく、急遽、街の人々を避難させることになりました。

 そのとき、女性陣が『この石像も一緒に運びましょう!』って騒いでくれたんですけど、神父たちに一喝されて、断念。

 せっかくのチャンスだったのに……。

 それからというもの、もう二週間。誰も戻ってきません。

 このまま放置……ですか……?

 わたし、これからどうなっちゃうんでしょう。

 タスケテェ……、ミーヤ様ァ……!

 声なき心の遠い叫びは、夜明け前の空へと消えていった――。

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