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沈黙の戦艦

 おっきな宇宙船に、スーパーヒーロー着地を決めた。

 激しかった攻撃もピタリと止んで、今はとっても静か。

 この宇宙船に、プリミヤちゃんのおばあちゃんが乗ってる――らしい。


 入り口を探して付近を探してみるけど……上部の甲板には無いみたい。

『お嬢こっちだ。 こっちにカタパルトが有る、ここから入れそうだ』

 宇宙船の側面を見に行ったテンちゃんが手招きする。

 向かうとテンちゃんの前には大な隔壁。

「コレ、無理やり開けたらダメだよね?」

「そうね、何事も無理やりはダメよ」

 ――そっかぁ、それなら……中の人に開けてもらおう。

 隔壁の前に立ち、大きな声で呼びかける――

「開けろ‼ デトロイト市警だ‼」

 …………。

 ――ダメみたいですね。

「メイジェちゃん、ノンノン。いくらクソデカボイスで言ったって、そんな可愛い声じゃ開けてくれないわ」

『もっとこう……ダミ声じゃないと』

「え~。じゃあお手本見せてよ」

「やるわよテンちゃん」

『応!』


 二人が乱暴に隔壁を叩き始めた。

 ダンダンダンダンッ!

『大阪や!』「あけろ!」

 ダンダンダンッ!

『はよあけろオラァ‼』「はよ出迎えんかい!」

 ダンダンッ!

『大阪じゃい‼』「ほら開けろコラァ!」

 ダンッ!

『ガサじゃ開けえこれ!』「はよ開けろやぁ!」

『大阪じゃボケコラァ!』「切るぞ!」

 ミーヤちゃんがエンジンカッターを用意してブィンブィン言わせる。

 2ストロークエンジン特有の白煙とオイルの匂いが漂う。

 ――あっ、この匂い好きかも♡

「開けんかい!」『ぶち破れコラァ!ドアぶち破れドアぁ‼』

 隔壁が、ゆっくりと開いていく。

「えぇぇっ⁉ いやッ、開くんかい!」

 テンちゃんとミーヤちゃんは得意げに振り向く。

 すると開いた隔壁の奥から唸るような低い駆動音、そして誘導灯が順次灯る。

 ――あっ、いや~な予感。

 程なく“BEEPITY(ビーッ) !”っと甲高い電子音が鳴り響き、最奥の赤色灯が緑色に変わる。

「あっ…(察し)」

 爆発のような音を響かせ射出される艦載機、静止状態からわずか数秒でマッハ2まで到達する。

 ――わっ、わぁ~っ!くるくるくるくる‼

「テテテテッ、テンちゃん! “収納”!」

『無問題、慌てなさんな』

 滑走する艦載機をいとも簡単に“収納”。

「無敵! 素敵! テンちゃんナンバーワン!」

『へへへッ、照れるぜ』

「まったく、さっきから殺意が高いわね」

「『首を洗って待ってろ』なんて言うからだよ。 わたし達、オハナシに来たんでしょ?」

「圧倒的な力の差を見せつけてあげないと、話なんて聞いてくれないわよ。 それに、どちらが上か教えてあげるのは躾をする時の基本よ」

 ――なるほどねぇ~。

「ミーヤちゃんって“ドS”なんだね」

「へへへッ、照れるわぁ」

『……褒めてねぇよ』

「………………げぇっぷぁ~ッ‼」

 唐突に放たれる乙女の噯気(あいき)

 わたし達を覆う空気の層の中に、チョコレートのにほひが……

「キッタぁ⁉でございますワ⁉ ……えっ、なに⁉ これ……ゲップの臭い⁉」

『オイ! ソレやめろ!密閉状態なんだぞ! お嬢に変なもん嗅がせるんじゃねぇ!』

「ごめんチャ~イ。 この船のエネルギー供給を断ったのよ。殺意の高いギミックに加えて、ワープなんてされたら面倒でしょ? 先手必勝よ♪」

 ――あ、確かにカタパルトの駆動音が止まってるね。

『まったく……次からはコレを使え』

 “収納”から長さ二〇cm程の円柱を取り出し、ミーヤちゃんに手渡す。

「おっきい“ちくわ弾”? 黒くて恵方巻みたいだね」

『サプレッサーだ、銃に付ける物を参考に造ったのさ。 こいつを口に咥えれば、()ゲップの音も小さくなるだろ?』

「さすが! テンちゃん天才!」

「…………さっさと次、行きましょ」


 カタパルトと格納庫を隔てる二重隔壁を抜ける。

 動力を失った隔壁は、緊急時用なのか人力でも抉じ開けられた。

「ここから先は空気が有るみたいね」

 赤い非常灯が灯りうす暗い格納庫、物音ひとつ無い。

「誰も……いない? わたし、ホラーなジャンルはきr――」

 “THUD(ドゥン)-THUD(ドゥン)-THUD(ドゥン)-THUD(ドゥン)!”

 いきなりの発砲。

 低く腹に響く衝撃音が、格納庫の空気を震わせた。

 だが、その元凶も重力魔法に軌道を反らされ、壁や床面を削り取るに留まった。

「ぎ・や・ア゙ァぁあ‼ 出たぁ~!」

 見えないロボットが、次々と姿を現した。

 目を凝らすと、薄っすらと蜘蛛のようなシルエットが浮かび上がる。

『まったく……ビビらせやがって。あんな豆鉄砲、いくら撃ってきても効かないってのに』

「相手するのも面倒だし、ちゃちゃっとメイジェちゃんの重力魔法で吹っ飛ばして行きましょ」

「はーい。でも……行く場所わからないよ?」

 そう言いながら重力を叩きつけると、ロボたちは壁に激突し、カモフラージュが解除されたまま動かなくなった。

「そこは任せて。I am God」

『お……おう』


 ミーヤちゃんの案内で格納庫を抜けた――その瞬間だった。

 世界が、音もなく塗り潰される。

 視界を奪う、苛烈な閃光。

 ――白ぉ。

 瞳の模様を通して、頭の中に白い絵が映る。

 けれど、それは勝手に明るさを落とすみたいに、すぐ収まった。

「ああ、ああぁぁ……目がぁぁぁああああ〜〜〜‼」

 ミーヤちゃんは……もろに食らったみたい。

 テンちゃんは?

『うおっまぶしっw』

 ――テンちゃんって、どうやって視界を得てるんだろう……。

 そして――

「よしッ! 視界を奪ったぞ! 今だ、撃てッ!」

 一瞬の間を置いて、灼熱の極太ビームが照射される。

 わたしはそれを、正面から受け止めた。

 ビームの起点を辿ると、通路の突き当たりに、デッカイ大砲が鎮座している。

「えッ⁉ それ、人間相手に撃つ武器じゃないよね⁉」

「だっ、第二射!」

「せっかく船に穴を開けないように入ってきたのに、穴空いたらどうするのさ!」

『お嬢、あいつら……俺たちの近くに穴を開けて、外へ放出するつもりだ』

「そんなことしたら、あの人たちだって危ないじゃない?」

 放たれた二射目も、受け止める。

『お嬢は優しいな~』“Zing(ズィン)! Zing(ズィン)! Zing(ズィン)! ”

 そう言いながら、テンちゃんは“ちくわ弾”をブッ放した。

 金色の曳光を引いた“ちくわ”は、砲身の奥へと吸い込まれる。

 次の瞬間、内部機構が悲鳴と煙を上げ、重い金属音と共に沈黙した。


「クソッ……化物め! しかし、ここを通すわけにはいかんのだ!」

『さっさと諦めて降伏なり何なりすればいいものを……』

「引きずってでも止める、イクゾー!」

 わらわらと兵士たちが躍り出る。

 武器を手に、甲冑めいたパワードスーツに身を包み、統率の取れた動きで雪崩れ込んできた。

「この状況で、ずいぶんと士気が高いわね」

 いつの間にか閃光のダメージから回復したミーヤちゃんが、感心したように呟いた。

 斬りかかってくる兵を、重力魔法で弾き返す。

 屈強な兵も、鉛弾も、エネルギー攻撃すらもすべて無効化する完璧な防御。

 ……それでも、退けられないものがある。


 それは――殺意。

 振り上げられた得物。

 兵士の瞳には、わたしに向けた明確な殺意が宿っていた。


 ――恐怖と殺意……殺意を……強い、殺意を感じる……。

 それを意識した瞬間、わたしの中で何かが軋んだ。

 バクバクと胸が跳ね、鼓動に合わせて視界が揺れる。

「はぁ、はぁ……」

『お嬢? ……どうした?』

「わからない……わからないよ……」

 ――わたし……どうしちゃったんだろう。


 フィルターを通したみたいに、襲いかかってくる兵士たちの心臓が、やけに、はっきりと見える。

 必死に脈打つそれが――とても、美味しそうに見えた。

「駄目よ」

 ミーヤちゃんの声が、耳に届く。

 それだけで、少し楽になる。

「ふぅ、ふぅ……」

「テンちゃん、急ぐわよ! 先行して立ち向かう奴らを、全員丸裸にして縛り上げなさい」

『おう、縛り上げておく』

「丸裸にして」

『…………』

 テンちゃんは何も言わず、先へ向かった。


「うわぁぁぁッ!」「なにが⁉」

「たすけっ!」「あッ♡」「あぁぁあっ!」

 暗い通路の奥から、阿鼻叫喚が響いてくる。

 ――こわいなー。

「抑えて。もう少しだから。ほら、深呼吸して」

「フゥ~……楽になったよ。 これ、もしかして名前のせい?」

「そうね……まさか、ここまで強く影響が出るとは思わなかったわ」

「……食べちゃダメ?」

「そうね……まずは鶏ハツから試しましょうか」

「焼き鳥がいいなぁ」

「今度、テンちゃんに料理してもらいましょう」

 楽しみ♪


 先へ進むと――全裸で縛られた人たちが並べられていた。

 目隠しに、口には猿ぐつわ。

 その前には、きちんと畳まれた衣類と下着、その上に置かれたネームプレート。

 ――わぁ、テンちゃん縛るの上手……。

 腹這いの海老反り状態でガッチリ固定され、整列させられた彼らの姿は、アート作品だと言われたら、うっかり信じてしまいそう。

 ちなみに、隠すべき部位はしっかり隠してあり、匠の配慮が彼らの尊厳を守っている。


 目隠しのせいか、彼らからはほとんど殺意を感じない。

 あるのは敗北感と羞恥心。

 ……興奮している変態も、混じってるみたいだけど。

 ミーヤちゃんは微笑みながら、一人一人、顔とネームプレートが写るようにポラロイドカメラで撮影していた。

 カメラの駆動音と、被写体の荒い息づかいだけが、この場を支配している。

 ――この光景、後で夢に出そう。


 エルフが一番多いけど、他の種族もちらほら。

 モフモフもいれば、鱗に覆われた人もいる。度合いもピンキリだ。

 ――君は縛られて興奮するフレンズなんだね。


『お嬢、大丈夫か?』

 引き返してきたテンちゃんが、心配そうに顔を覗き込む。

 首筋に触れたり、目の様子を確かめる。

「大丈夫だよ」

『そっか。……ところでミーヤは何やってんだ?』

「わかんない」

「フフフッ。顔と名前を押さえたから、彼らの魂はもう私の管轄(かんかつ)よ」

 撮影した写真をひらひらと見せ、得意げに言い放つ。

 全員の写真を撮り先に進む。

 通路の突き当たりには、エレベーターと非常階段。

「非常階段は……待ち伏せが心配ね」

『そうだな、ならエレベーターシャフトから行くか』

 エレベーターシャフトを一気に抜ける。――約一四〇メートル。

 瞳の模様をエレベーターの扉の隙間から送り込んで様子を見る。

「誰も……いないみたい、透明なロボットもいないよ」

 扉を開けて三人そろって通路を覗き込む。

 艦橋前の通路は――妙に静かだった。

「そこの隔壁の向こうが目的地、第一艦橋ね」

『誰もいないとは……あきらめたか?』

「それならいいんだけど……」

 隔壁の前に立った瞬間、はっきりと感じる。

 ――中に、人がいる。

 息を潜めるような、張りつめた気配。

 次の瞬間だった。


 “BANG(バーン) !!”


 ミーヤちゃんが第一艦橋の重厚な隔壁を、予備動作もなく一息に開け放った。

「来たわよぉ♪」

「っ⁉」

 わたしもテンちゃんも、そして中で短杖を手に待ちかまえていた人たちも、同時にビクンと跳ねる。

 ほとんどはそのまま気を失って崩れ落ち、意識のある何人かも腰を抜かしている。

 そんな中、ミーヤちゃんは平然と艦橋の中へズカズカと歩いていく。

 わたし達も続いて中へ入った。

 中は、想像以上に広かった。

 円形の艦橋、半球状の天井、巨大スクリーン。

 非常灯の赤い光だけが、不気味に床を染めている。

 そして誰も、動かない。

「……動けない、の?」

「ええ。隔壁を開けた音でビックリしちゃったみたいね」

 ミーヤちゃんは悪びれもせず微笑む。

 ――そういえば、プリミヤちゃん達と遭遇したときもこんな感じにだったね。

 意識を保った数人の視線が必死に動き、恐怖と困惑だけが、艦橋の空気を満たしていた。


 三段ある艦橋の一番上、いかにも偉い人が集まっていそうな円卓に、意識を保っている男女がいた。

 男性の方は人間換算で50代後半〜60代前半の、髭ダンディー。この状況でも動けるようで女性を庇うように立ちはだかっている。

 女性の方はエルフ耳、金属質のお面を付けているから顔はわからないけど、恐らくルブナ提督。

「あらメイソンちゃん」

 髭ダンディーに話しかけるミーヤちゃん。

 ――えっ! 知り合いの髭?

「え⁉ なぜッ⁉」

 視線だけを必死にこちらへ向け、歯を食いしばるようにして、髭ダンディーは低く声を絞り出す。

 ルブナ提督の視線が髭ダンディーを睨み付ける。

「ええぇ? だって貴方、祈ったでしょう私に? ルブナちゃんが自棄を起こす前に早く来てくれって」

「…………え?」

「…………まあいいわ。 それで、もう解ったでしょどちらが上か? そろそろ降参したら?」

「……どうするつもりだ」

「用事があるのはルブナちゃんだけよ」


 金属質の仮面の奥で、ルブナ提督が小さく息を吸う。

 そして――迷いを切り捨てるように、手にした短杖をわたし達へ向けた。

 次の瞬間。

 艦橋を満たす赤い非常灯の中に、別の光が走った。


 石化の光。


「――ッ!」

 反射的に身構える間もなかった。

 胸の奥が、きゅっと掴まれる。

 世界が、重くなる。

 手足の感覚が、急速に遠ざかっていく。

「……また……?」

 声が、出ない。

「また……また私をッ――」

 言葉が終わる前に、皮膚の感触が、冷たい石へと変わった。

 ――石だ。

 教会。

 台座。

 動けない時間。

 祈りも、叫びも、届かなかった日々。

 人々の視線。

 全部が、一気に蘇る。

 ――――――


 石にされバランスを失い倒れそうになるお嬢を、受け止める。

『お……お嬢?』

 床にクッションを敷き、まだぬくもりが残るお嬢の体をそっと横たえる。

 ――まただ……、また俺は、お嬢を助けられ無かった……。

「クソッ! 一体だけか……」

 ルブナ提督が悔しそうに俺たちを睨み付ける。

 ――あの女……

 殺意の衝動が新品のマットレスの様に膨らむ。

「ああぁ~あ、やってくれたわね。よりにもよってこの子達の一番の地雷を踏み貫くんだから」

 俺は髭ダンディーとルブナ提督に詰め寄り、二人の身ぐるみを剝ぐ。

 二人とも、すっぽんぽんだ!

 素顔を晒したルブナ提督は人間換算だと30代後半位か?

「テンちゃん、落ち着いて。どうどう」

『あの女やりやがった! お嬢を! また石にしやがった!』

「そうね」

『許せねよな! こちとら気を使って不殺生でここまで来たってのに!』

「うんうん」

『皆殺しにしてやる!』

「それは駄目、やるなら“オハナシ”が終わってからよ?」

『…………いやだねッ!』

 その瞬間だった、何かが引っかかる感触。

 途端に身体が動かなくなった。

『オイッ! ミーヤ! 何をしたッ!』

「あれぇ~知らなかったの? ハンガーよ、ハンガー」

 ――ハンガー? 服を吊るすアレの事か? まさか、ハンガーに吊られた⁉

 理解が追いつかない。

 俺は今までマナの枯渇以外で、何もできない状態というものを知らなかった。

 ――まだマナは十二分に有る、それなのに……ハンガー一本でこのざま⁉

 動けない俺を横目にミーヤは話を進める。

「それじゃ“オハナシ”……しましょうか、ルブナちゃん」

「…………」

「アンタに拒否権は無いわ。この“衣類の化け物”を解き放ってみましょうか?」

『解き放ってくれぇ~』

「テンちゃん、黙って」

「……脅しのつもりか」

 ルブナ提督は、唇を噛みしめる。

「いいえ、確認よ」

 ミーヤは肩をすくめる。

「今、ここで“オハナシ”するのか。それとも(のち)()()()()()で“オハナシ”するか……のね」

「…………」

「……閣下もはやこれまでです。 いずれお話をなさるのなら、早い方が良いかと……」

 低く、落ち着いた声。

 横に立つ髭ダンディー(全裸)が諫言(かんげん)する。

 ――お前はちっと前を隠せ!


「……分かった」

 ルブナ提督は、ゆっくりと息を吐いた。

「まず最初に言っておくが。()()の件、断らせてもらう」

 ――ん?

「私は二五〇年前に夫を失った。 だが今も、私の夫はただ一人だ。 いくら貴様が強者であろうとも、受け入れるつもりは無い!」

 その言葉に、髭ダンディーも腕を組み、「うんうん」と深く頷いている。

「はぁ⁉ どうしてそんな話になってるのよ……」

 思わず素で声を上げるミーヤ。

「――ッ⁉ どういう事だ……メイソン!」

 ルブナ提督は眉をひそめ、疑問符を浮かべたままメイソンを睨む。

 視線を受け、メイソンは一瞬たじろぎ、慌ててミーヤちゃんの方を指差した。

「あなたが“首を洗って待て”と言ったのでしょう⁉」

「……ええ、言ったわ。 言ったけど……なんで?」

「“首を洗って待て”は、強者が力尽くで奪う意思表示ではないか!」

 しばしの沈黙が流れる。

 その沈黙は、理解が追いつくまでの時間だった。

「…………あ、な~る!(ああ、なる程の意)」

『ああぁ~。こりゃあ……文化の違いってヤツだな』

「文化の……違い⁉」

 ルブナ提督の声が、わずかに裏返る。

『こいつが言った“首を洗って待て”はな、“この後、ひどい目に遭わせるぞ”って意味の脅迫とか、警告のニュアンスなんだ……』

「………………」

 ルブナ提督は絶句した。

 その横で、メイソンは天を仰ぐ。


「……まさか……あれだけ明確に力の差を見せつけられてなお、降参せずにしぶとく抵抗していたのって……」

「……皆、閣下と……閣下の“想い”を守りたかったのです」

 ミーヤの疑問に、メイソンは低く答えた。

 ――いい話だなぁ~……っと言いたいところだが、何か引っかかるんだよなぁ。

『それならさっさと逃げればよかったのでは?』

「いやいやテンちゃん」

 ミーヤが肩をすくめる。

「司令官が尻尾巻いて逃げるわけにはいかないでしょう?面子だってあるわけだし」

「……艦に取り付かれ、エネルギー供給を断たれた時点で、私の策は尽きていた」

 ルブナ提督が、静かに口を開いた。

「だが――艦長であるメイソンや、乗員たちがその気になってしまった。だから私も、最後まで抗うことを決意したのだ」

「この艦の乗組員は」

 メイソンが、一歩前に出る。全裸であることを微塵も気にした様子はない。

「エラリス家に忠誠を誓った、最精鋭のみで構成されています。そう易々と閣下を、得体の知れない者に引き渡すという選択肢など、ハナから存在しないのです」

『そうは言ってもよ……下にいた兵達は常軌を逸していぞ? まるで死兵となって戦っているようだった……』

「閣下と、亡きご夫君リュシアン様……」

 メイソンはふっと息を整え、まるで祈りを捧げるような間を置いてから、言い放った。

「閣下×リュシアン様こそ至高!」

『「「はぁ⁉」」』

 メイソンの狂言に、思わず、ミーヤと声が重なる。

 当のルブナ提督も、さすがに言葉を失い、目を見開いた。

「それを、力で奪うなど……」

 メイソンは、ゆっくりと顔を上げる。

 その瞳に宿るのは、理性ではなく確信だった。

「許されるはずがない!それを侵す者――死あるのみ!」

 艦橋に、異様な静寂が落ちる。

「……これがこの艦の、総意です」

 メイソンは断言する。

「……何それ……怖……」

 ルブナ提督は絶句する。

『……道理で、立ち向かってくる兵の士気と殺意が高いわけだ』

 俺は納得した。そして、ミーヤは――

「その話、詳しく聞かせてもらいましょうか!」

 食いついた。

 するとメイソンは満足げに口角を上げ、コンソールの下から端末を取り出した。

「これッ! これが生前のリュシアン様です!」

「これ? これで……? 歳はいくつなの?」

 ミーヤが画面を覗き込み、首を傾げる。

「確か当時は……七三六才だったかと、ちなみに閣下とは幼馴染です」

「えッ! ウソぉ⁉」

 ミーヤが一歩のけぞる。

「うわッ、うわッ……強い! これで⁉ つまり……合法⁉」

『おぃ、俺にも見せろよ!』

 画面に映っていたのは、ルブナ提督に背後から優しく抱き寄せられ、どこか儚げな微笑みを浮かべるショタエルフ。

 並んで写るルブナ提督と同じ年齢とは到底考えられない。

『おおおっ! これは……、これはまた……たまげたなぁ』

「“ショタエルフ”は強いわ……」

 ミーヤが、しみじみと頷く。

「いやいや。亡きご夫君を今なお想い続けておられる閣下こそ――尊い」

 メイソンが即座に返す。

『いいや! お嬢が最強だろ!』

 価値観が正面衝突し、艦橋は完全な混沌に包まれた。

 

「狂ってる……」

 ぽつり、と。

 ルブナ提督が呟いた。

「どいつもこいつも……みんな、狂ってる……」

 しかしその声は、誰の鼓膜にも届くことなく、艦橋を照らす赤い非常灯の中へ、静かに、溶けていった。

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