まさに未知との遭遇だな!
『お嬢、暗くなってきたから、今日はもう上がろう』
「そうだね!」
今日一日で、体と能力の扱い方がだいぶわかってきた。
空も飛べるようになったし。髪を長ーく伸ばして、ザトウムシみたいな形態で、素早く森の中を走り回れるようになった。
ただ“還元”はまだ苦手で、ラップタオルを何枚もダメにしちゃった……。
でも、もう森の中に一人で入っても大丈夫って、テンちゃんのお墨付きをもらったもんね。
そういえば、わたしの飛び方は、ちょっとおかしいらしい。
重力魔法? っていうのを使ってるんじゃないかって、テンちゃんは言っていたけど……。
まぁ、飛べるんだから無問題ッ! 重い物も軽々持てて便利ぃ~!
『午後はずっと動き回ってたから結構汚れたな。俺は夕飯の準備してるから、先に風呂に行っておいで』
「わかった。そういえば、ミーヤちゃん途中から居なくなっちゃったけど何処に行ったの?」
『調べ物がどうとか言って中に入ったあと、急に用事だって飛んでいったな。夕飯前には戻るってさ』
「そうなんだ、それじゃあお風呂行ってくるね♪」
『着替えとタオルは後で持っていくから、ゆっくり温まってきな』
それじゃあ早速お風呂へGo!
「あれっ、男湯と女湯で別れてる……。わたし……女湯で良いんだよね?」
“おちんちん”付いてるから一瞬不安になったけど、他に誰も来ないし……たぶん大丈夫!
暖簾をくぐって脱衣所へ。ってコレ、男湯と女湯わかれてる時点で察したけど、家風呂の広さじゃあないよね?
服は着てないのでそのまま浴室へ――。
「…………ひろぉ」
広い洗い場! 大きな浴槽! 高い天井にサウナまである!
「スンゴぉ……これ、ほんとに一人で入っていいの?」
貸し切り状態にテンションブチあげですよ神!
「とりあえず体を洗わなきゃね♪」
逸る気持ちで髪を洗い、続けて体を洗っていると、大きな問題にぶち当たる。
「えっと……“おちんちん”って、どうやって洗えばいいんだろう……」
五十年来ずっと一緒にいたけど、正面から向き合ったことなんてなかった。いや、正面からは向き合えないんだけど……。
テンちゃんに聞くのも気まずいし。ミーヤちゃんは不在。仕方なく自分で洗い始めたら――。
「うわっ……なんか剥けそう?……剥いた方が良いのかな?」
皮を引っ張っり頭の部分を出して触ってみる。
「痛っ! ええぇ……痛いんだけど!?」
これじゃ洗えないよ?
「えっとぉ……とりあえずいったん戻そう……」
慌てて戻そうとしても、すぐにまた剥けてしまう。
「ええっ!? どうしよう……戻らなくなっちゃった……」
イジっているうちに先っちょから、なにやらヌルヌルした粘液が出てきてくる。
「な、なんか出てきた!?」
シャワーで流そうとするも、細くて強めな水流が、ダイレクトに刺激してきてこれがまた痛い。
「もーッ! ……しょうがないミーヤちゃんに聞こう」
神様だもん、きっと“おちんちん”の事もなんでも知ってるでしょ。
「……“女の子の方”も聞いてからでいいよね? そっちも痛いかもしれないし……」
すっかり気分もシナシナですよ……。
「ミーヤちゃんに、どうしておちんちん付けたのか聞くの忘れてたな……」
趣味だから――とか言いそうだけど……。
“おちんちん”は触らなければ痛くないし、お湯に浸かる分には大丈夫らしい。
湯船に肩まで浸かると極楽、極楽♪
お風呂から上がると、脱衣所にタオルと着替えが置いてある。
下着はシンプルな灰色のスポブラとボクサーパンツ、そして犬 (パグ)の着ぐるみパジャマ。
「むむッ!これテンちゃんのチョイスじゃないな……可愛いけど……、なんで犬?」
ボクサーパンツは着用するとき少し擦れて痛かったけど、はいてしまえば意外と収まりが良い。……これはこれでアリかも♡
この体、汗が出ないからすぐに服を着られる。こういうところは便利だな!
ダイニングに向かうとミーヤちゃんが待ち構えていた。満面の笑みだ。
「お風呂、きもちよかった?」
……なんでそんな笑顔なのか、ちょっと気になるけど。
「う、うん。とってもよかったよ?」
「そう、下着はどう? 痛くないかしら?」
「…………えっ?」
……なんで知ってるの?
――もしや、見ていたな?
「……ミーヤちゃん、まさか――」
「あっ、そうそう。今から宇宙人が来るから」
「……は?」
問いただそうとしてたのに、とんでもないこと言い出したぞ!
「えっ⁉ おめかししなきゃ!」
「今の格好でいいわよ」
「犬の着ぐるみパジャマだよ?」
「大丈夫よ、 その格好、宇宙人に会う時の正装なの」
はぁ? 正装って?
「テンちゃんもこれ着て」
夕飯の準備をしているテンちゃんを呼び、服を差し出す。
『俺も?半纏が服を着るっておかしくないか?』
「いいから、いいから着替えてらっしゃい! 私もちょっと着替えてくるわね」
――そして着替え終わって合流。
二人とも黒いスーツにサングラス、ピカピカに光ったデカい光線銃を担いでいる。
前世で見たことがある!たしか……BMI? みたいな略称の映画!
「あれ、もしかして……わたしの格好……喋る犬の宇宙人役?」
「なんのことかしら?」
「え~、わたしもKとかJみたいなエージェントやりたい! エージェントMにして!」
「なんのことかしら?」
「…………」
ミーヤちゃんったら、しらばっくれちゃって。
「ねぇ、ミーヤちゃん。宇宙人ってどんなタイプ? タコっぽいの? それとも虫っぽいの?」
あんまり怖いのはやだなぁ。
「今から来るのはヒトとあんまり変わらないわ」
「そうなんだ、よかった」
『お嬢、ミーヤの言う事だ、わかんねぇぞぉ? 巨人かもしれないし、顔が割れて中から小さい宇宙人が出てくるかもしれないぞ』
「大丈夫よ、今から来るのは地球の創作物にも出てきた“エルフ”みたいな――」
「ええっ⁉ エルフって宇宙人だったの?」
「そ、そうよ? もしかして、知らなかったの?」
『この星で最初に会ったのがエルフの神父なんだぞ⁉ そしたらこの星の固有の種族だと思うのは当然だろ!』
あれ、テンちゃん、すごい怒ってる?
『そんでもって挨拶も無しにお嬢を石にしたんだぞ⁉ そんな奴らに会わせようってのか⁉』
まさか! またわたしを石にするために来るの⁉
森の一角を更地にしちゃったから居場所がバレたんだ!……ああぁッ!きっとそうだ‼ もうダメだ~!
「わァ……あ……」
『みろ! お嬢が泣いちゃったじゃねえか! よしよし、大丈夫だ。今度は俺が守ってやるから』
テンちゃんが、ぎゅっと抱き締めてくれる。
「ご、ごめんごめん、知らなかったのよ。エルフが地上で神父やってるなんて……」
ミーヤちゃんが慌てて手を振る。
「大丈夫。今回の子たちは、ちょっと痛めつけて連れてきただけだから。 もしメイジェちゃんになんかしたら、この星の輪廻の輪に加えてやるわ! それにね、エルフちゃん達、見た感じ“か弱い女の子”だからね? きっとお友達になれるわよ?」
ミーヤちゃん……“か弱い女の子”を痛めつけて連れてきたって……それ、犯罪では?
『“か弱い女の子”だって、なんでわかるんだ?』
「それはほら、外にもう来ちゃってるから……」
――もう来てんのかい!
『おまえ一人で会うんじゃダメなのか?』
「今の姿だと、“魔法生物”だと思われて相手にされないわ、だから一緒に会ってもらいたいの」
『はぁ~(クソデカため息)、勝手に捕まえてきたくせによぉ。会う前に確認しておきたいんだが、エルフに会ってどうするんだ? 宇宙旅行とか?』
「違うわよ、あいつら“マナの樹”を敵視しているから、手を出さないように談判するのよ」
「もしかして、人質にするの?」
「そんなちゃっちいことしないわ。一番偉い奴の居場所を聞き出して、カチコミに行って、オ・ハ・ナ・シするのよ♪」
――うッはぁ~、野蛮~ッ♡
――プリミアside――
アウロラを不時着させた私たちは、途方に暮れていた。
わざわざ生かしてこんな場所に誘導しておきながら、なんのコンタクトもないのだ。
「隊長、マズいですよ。このままじゃ味方の砲撃に巻き込まれます!」
「そうだな……ユルナ、すぐに移動準備だ。リンラン、魔動甲冑は使えそうか?」
『使用可能です、安全圏までの距離は二〇キロ』
「機体に残っているエニーマを分配して起動しろ。質量砲の着弾予定は?」
『着弾予定は八時間四〇分後です、魔動甲冑、起動完了』
アウロラのコックピットフレームが外れ、外骨格型のパワードスーツへと変形する。
緊急脱出用に搭載されたこの魔動甲冑は、軽装甲・軽武装ながら人工筋肉アクチュエーターによって身体機能を大幅に補助し、長距離移動を可能にする。
「よし、いいぞ。魔動甲冑があれば安全圏までの走破も見えてくる。ユルナ、フェ・ランシエをここへ降ろせ。人工妖精も連れて帰るぞ」
貴重な実戦データだ。無駄にはできない。
「了解」
ユルナが眼鏡型の端末を装着して生き残った人工妖精に指示を出す。
『警告。間もなく艦隊からの報復攻撃が予想されます』
「……それは、私が墜とされたからか?」
『はい。艦隊司令ルブナ提督の性格上、身内である貴方が未帰還となれば、苛烈な報復攻撃を行う可能性が高いです』
「なんてこった……。確かにラムダとの通信も切れたままだ。撃墜されて戦死したと判断されたか」
『三〇〇メートル先に目標となる喰星樹を確認。危険です、退避を推奨します』
「三〇〇メートル? 着陸のとき、そんなもの見えなかったぞ?」
「隊長、あれ!」
ユルナが指差す先に、木に刺さる誘導装置が有った。
「えっ? ちっさ‼」
森の中心部に生える最大個体と比べれば、あまりに小さい。
そこらの木より一回り大きい程度だ。
小さいと言われて気に障ったのか、枝葉や実を揺らしているが、こちらを攻撃してくる様子はない。……まさか、言葉を理解しているのか?
「もしかして、このちっちゃな喰星樹がわたし達をここへ誘導したんですかね?」
だが悠長にしてはいられない。
味方の砲撃が迫っている。早く離れなければ――。
喰星樹を凝視していると、その裏から三つの影が現れた。
「……ユルナ、警戒。ヒト型が二つ、異形型が一つ」
「はっ、はい!」
三つの影はフワリと浮き上がり、こちらへと近づいてくる。
ヒト型の小さい方と異形型は、銀色の武器らしきものを手にしていた。
咄嗟に火器のセーフティへ指をかける――その瞬間、ヒト型の小さい方が一気に距離を詰める。
「速い!」
礼服のような衣装を纏った人形だ。
私たちの横に迫るやいなや、冷たい声を放つ。
「おイタはダメよ」
その声が鼓膜を震わせた瞬間、脳の信号が遮断されたかのように、身体の制御が失われていく。
――魔術⁉ この人形、私たちの手に負える存在じゃない!
声も出せず、目だけが動く。ユルナは……気を失ったらしい。
そんな中、可愛らしい声が響いた。
「もー、ミーヤちゃん! そんなデカい光線銃なんか持ってるからびっくりして気絶しちゃったじゃん!」
……人間の少女⁉
年齢は十歳くらいだろうか。犬を模したような奇妙で可愛らしい服を着ている。
なぜこんな危険な森に子どもが? しかし……その服、可愛すぎる! 帰ったら絶対再現しよう!フルオーダーで!
『いやお嬢……多分ミーヤがなにかしたんだよ』
さらに、今度は――服が喋った。
人形と同じ礼服を纏った衣類が、“念話魔術”で少女に語りかけている。
――ガウンにしては丈が短い。おそらく服の上に羽織るものだろう。
だがそれが、礼服を着て、自分で立ち、喋っている。
言動からして、この中では一番話が通じそうだ。
……人形と衣類、どちらも魔法生物なのか?
『デッカイなぁ、二メートルぐらいあるんじゃないか? エルフってもっと華奢なイメージだったんだが……』
「ミーヤちゃん、“か弱い女の子”って? 筋肉モリモリマッチョウーマンだよ?」
「でも隣の子は、メイジェちゃんと同じぐらいじゃない?」
「わたしも、あれぐらい“ボインちゃん”になりたい!」
「“ボインちゃん”て……」
『ってか小さい方、眼鏡かけてる⁉ スゲェ! 宇宙を飛び回るほど技術が進んでるのに、眼鏡という道具は残ってるのか!』
「低身長、巨乳、眼鏡、ショートカット、エルフ。さらにピッチピチのボディスーツ……ぱっと見だけでこの戦闘力! とんでもない逸材ね!」
『ってかスーツぴちぴち過ぎ! ボディラインが見えすぎて目のやり場に困るぞぉ……』
「ほんとだ、おっきい子はシックスパックがクッキリ見えるね……」
ひたすらに、私たちを見て好き放題言っている……。
早く危険を知らせなければ――もう時間がない!
声は出せないが“念話魔術”なら。
「《聞こえるだろうか……私は、クラウディア航星帝国所属 ルブナ・ディール星域艦隊、第二航宙特殊偵察隊 隊長プリミア・エラリス少佐》」
「あら――念話、ね?」
よりにもよって、一番ヤバそうな人形が反応した。
「……聞こえているわよ、プリミア・エラリス少佐。貴方たちの使う“劣化念話魔法”じゃ、この子たちには届かないけどね。――とりあえず、お口でお話しましょうか?」
“劣化念話魔法”……確かに私たちの念話は、古代魔法を再現した模倣品にすぎない。
だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「《……すまない。あなたの声を聞いてから、体の自由がきかないのだ》」
「それは……アンタらが私にビビッて動けないだけよ、私は何もしてないわ」
この状態……魔術ではなく、一種の恐慌反応か?
「《あなたが私たちをここへ導いたのか?》」
「そうよ。私が貴方達を痛めつけて、ここに来るよう仕向けたの」
――全ての元凶はこの“人形”か!
「《……早くこの場を離れた方がいい。攻撃が来る!》」
「ちょっとぉ! そういうことはもっと早く言いなさいよ!」
その言葉と同時に、喰星樹に突き刺さった誘導装置が眩い赤い光を放ち、空へ一直線に光柱を伸ばした。
――始まってしまった!
「あ゙ーッ! 街を吹っ飛ばした時のヤツ!」
『ミーヤ! あれヤバい奴だぞ!』
「メイジェちゃん、テンちゃん! ずらかるわよ! テンちゃんは宇宙船の回収と、小っちゃい子を運んで! メイジェちゃんはでっかい子! 二人とも動けないみたいだから!」
そう叫ぶと、人形は空高く飛び去っていった。
残された衣類と少女も、同時に動き出す――。
衣類はアウロラに近づき、袖を向けた。
するとアウロラが跡形もなく消えた。
「ど、どういうことだ……? ――あっ、声が……戻った……」
声を取り戻した安堵も束の間、近寄ってきた少女があっけらかんと言う。
「アレはね、テンちゃんが“収納”したんだよ」
「“収納”……? まさか伝説の“収納魔法”か⁉ 遠い昔、魔術式が生まれる前に途絶えたという……」
我がクラウディア航星帝国において、“魔法”はとうに失われた概念だ。
今では“魔術”こそが主流。魔力を扱えれば誰でも使える簡略体系であり、消費魔力量も安定している。
“魔法”はその原型とされるが、莫大な魔力を要し、扱える者は極めて少ない――そんな伝説上の力。
「えっと……彼? はテンという名前なのか?」
「そうだよ!天才だからテン! わたしが名前を付けたんだ♪ わたしはメイジェ、よろしくね!」
無邪気に笑うその少女。
しかし――その瞳の奥に、底知れぬ何かを感じた。
可憐な声も、あどけない笑顔も、どこか“人ならざる”気配を纏っている。
あの人形ほどではないが……我々よりも上位の存在――そんな直感が走った。
「あっ……ああ、私はプリミア・エラリス。そして彼女はユルナ・フィリステ」
『お嬢、急ぐぞ! ――お嬢さん、ちょっと失礼するぞ』
テンは魔動甲冑を“収納”し、気を失っているユルナをお姫様抱っこで持ち上げる。
……まさか衣類のくせに紳士とは。
「わたし達も行こう!」
まさか、この小柄な少女が私を運ぶ気なのか?
「しかし、メイジェ。自慢じゃないが私は重いぞ?」
「大丈夫、重さとか関係ないから」
メイジェが私に抱きついた。
甘い、ミルキーな石鹸の香りがふわりと広がる。体温も高い。――まさか風呂上がりなのか?
そして小さい……頭が私のみぞおちの下あたり。どうやって運ぶつもりだ?
その瞬間、彼女の髪がふわりと浮いた。地面の小石まで宙に舞う。
――“重力魔法”⁉
「これは驚いた、重力を操れるのか」
「ホントはね、テンちゃんみたいに空を飛びたかったんだけど、イメージが浮かばなくって」
“魔法”はイメージだけで発動するのか……。
“魔術”は回路構築か詠唱を要するというのに。
私たちは小さな喰星樹に向かって飛んでいく。
いや、正確には――喰星樹に向かって落ちていく。
「駄目だメイジェ、攻撃はあの木に対して行われている。反対に逃げるんだ」
「大丈夫!中に安全な場所があるから」
地下シェルターでもあるのか? それにしても、前は見えているのだろうか?
そんな疑問が浮かんだその時――。
空が昼のように明るくなった。
上空の艦隊から放たれた幾万発もの焼夷榴弾が、空中で次々とバラバラになり、眩い光とともに消滅している。
「綺麗……ミーヤちゃんが攻撃を防いでるみたい」
あの人形が――?
我が艦隊の攻撃を、たった一体で⁉
メイジェに抱えられたまま、煌めく空を見上げていると――影が差した。
フェ・ランシエ。そういえば、着陸命令を出したままだったな。
機体が旋回し、着陸態勢に入る。フラップが開いた瞬間――片翼が吹き飛んだ!
こっちに突っ込んでくる!
ぶつかる――‼
「――危ないッ‼」
「えっ⁉」
咄嗟に体が動いた。
メイジェを抱き寄せ、ありったけの魔力でシールドを展開する。
轟音。衝撃。
視界が白く染まる。
そして私は――死んだ。




