4.幸せな場所
あの夜から2週間、オルマスの勧誘を断ってから10日経ったが、少女は未だに館にいた。
勧誘を断ったあの日、オルマスはある条件を出してきた。
『2週間後、もう一度お前を勧誘する。もし、それでもダメならば、諦めよう。』
約束の日まで後4日。
実のところを言うと、少女はかなり絆されていた。
エルナはもちろん、時折やってくる魔王軍の兵のシルク、オルマスの部下のコール、郵便屋のアルク。
皆、少女が人間でオルマスを殺そうとしていたと知っても特に態度を変えなかった。
少女は彼らの楽観的思想を危惧しながらも、生温い感覚に浸っていたいとも思っていた。
(……まずい)
「どうしたの?何か、口に合わないものでもあった?それなら、ごめんなさいね。」
「いや、違います。とても、美味しいですよ。」
少女が考え込んでいるのを見て、エルナが心配そうにこちらを見ていた。
あらぬ誤解を生んでしまったと少女は反省したが、丁度いいとエルナに問いかけた。
「あの、エルナさん。何で、オルマス様は私を配下にしたいのでしょうか?」
エルナは少し考えると、軽い口調で言った。
「多分、気に入ったからだと思いますよ。」
「……そんな理由で、敵だった人間を配下にしたいと?種族も違うのに。」
「まあ、そこは魔族ですから。」
そう言うが、納得のいかない様子の少女を見て、エルナは少し補足をした。
「オルマス様は、魔王様直属の配下でございますから、私たちでは想像もつかないような考えをお持ちになっているんだと思います。」
(なるほど……)
少女はますますどうしたら良いか分からなくなってしまった。
そんな少女の様子を見て、エルナはとある提案をした。
「一度、オルマス様に直接お尋ねになったらどうでしょうか。」
「……考えてみます。」
朝食を取り終え、カトラリーを置くとエルナはそれらを回収し始めた。
少女は手伝おうとしたが、エルナに止められ、早々に食堂を追い出されてしまった。
「……ベルトさんの所に行くか。」
ここ数日、やることもなく暇を持て余していた少女はよく、庭師のベルトの下に通っていた。
ベルトはドワーフと呼ばれる種族の男で老人に見えるが、ドワーフの基準的にはまだまだ若いらしい。
少女は裏庭までやってくると、ベルトの姿を探し始めた。
(おかしいな、いない……)
畑、倉庫、表玄関、とベルトが居そうな場所を巡ったが、ベルトを見つけることは出来なかった。
(温室かな……)
屋敷の離れにある温室はベルトが管理しているのではなく、オルマス自身が管理している場所だが、たまに様子を見に行くと言っていたのを少女は思い出した。
裏門から温室へと向かう道を歩きながら、ここ数日に出会った彼らのことを思い出していた。
(一昨日のエルナさんが作ってくれたお菓子、美味しかったな……ああ、そういえば一緒に作らないかって誘われてたな。シルクさん、私が暗殺者だと知って勝負を仕込んできたけど、結局やれてない。コール様、今日はちゃんと寝れたかな。アルクさん、今度魔国の珍しい物を持ってきてくれるって言ってたな。ベルトさん、まだ若いって言ってるけど、腰が痛いとか、お爺さんじゃないのだろうか……)
温室の扉に手を掛けると、少女はぴたりと動きを止めた。
(……そしてオルマス様。忙しいはずなのに、毎晩夕食にはやってきて、私の話を聞いてくる)
変な男。
「おや、あなたでしたか。ベルクを探しているなら、さっき出て行ったので今は庭にいると思いますよ。」
少女はじっとオルマスを見つめている。
黙ったままの少女を見てオルマスは何かを察して、少女の瞳を見つめた。
「幼い頃、両親を盗賊に襲われて亡くした私は暗殺者だった養父に育てられました。彼はトップクラスの実力者で、血の一滴もつけずに任務を遂行していました。そんな養父に憧れて、私も努力はしましたが私には実力も、才能もなかった。彼のようになりたいとは願いつつも、元々の気質も向いていなかった私は普通の人の生活を羨みながら、迷いながら暗殺者として任務をこなしていました。」
色のない日々、血に塗れた日々。
けど、変わるはずのない日々、だったのは2年前まで。
「ある日、殺した相手の子供を育てることになりました。生意気盛りの子供を2人。毎日のように殺し合いをしました。子供の内の兄の方は剣が上手くて、多分あと何年かすれば私は負けていました。妹の方は魔法が得意で、既に私よりも長けていました。……2人は、俗に言う天才でした。」
私がないものを持った2人。
「日々、殺し合いをしている中で、私たちの関係は少しずつ、少しずつ、変わっていきました。まるで、『家族』のように。」
私が手に入れた3個目の家族。
「2か月程前、とある任務を命じられました。魔王軍参謀長オルマスを殺せ、と。私ではなく、あの子たちに。」
「……それで、お前は代わりに俺を殺しに来たのだな。」
そう。そして……
「彼らを出発させる前夜、私はあの子たちに睡眠薬を飲ませました。そして、そのまま隣国行きの荷物の中に紛れ込ませて。あとは……。だから……」
だから。
「この、場所は本来、あの子たちが居るべき場所なんです。私が、私が身勝手に、あの子たちを逃がそうとしてしまったから。本当だったら、エルナさんやシルクさん、コール様、アルクさん、ベルトさん。そして……あなたも。私じゃなくてあの子たち、レオンとミーナに。……ここは、私が得るべきばしょではない。」
この場所はあの子たちの場所。私はその場所を奪った。
「……こんな幸せな場所、私なんかが居るべきじゃない。」
少女の独白は、少女の嗚咽と共に消えていった。
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