3.朝の目覚め
朝が来た。目を覚ますと……
「っ‼︎え⁉︎」
飛び起きた少女は勢い余って白い天蓋が吊るされたベッドから転げ落ちた。
起き上がろうとしたが強い痛みが走り、その場に蹲った。
かなり大きな音がしたからか、扉の外から足音が聞こえてきた。
勢いよく開け放たれた扉から使用人服の初老の女性と、オルマスがいた。
「貴方、よかったわ……目が覚めたのね。」
初老の女性は床に這いつくばる少女に駆け寄ると、見た目に反した腕力で少女を抱き上げ、ベッドに座らせた。
続けて、少女のことをジッと見つめると「うん、大丈夫そうね。」と言い、優しく少女の頭を撫でた。
(医療の心得があるのだろうか……でも、何で頭を触るんだ?)
少女は不思議そうにきょとんとした。
「さて、エルナ。少し席を外してくれ。」
いつの間にか椅子に座っていたオルマスが、脚を組み直して言った。
エルナと呼ばれた女性は少し顔を歪めて、チラリと少女を見た。
「……承知いたしました、オルマス様。ですが、どうか寛大な御処置を。」
「分かっている」とオルマスが言うと、エルナは安堵の表情を見せた。
エルナが恭しく頭を下げて部屋を出ると、オルマスは指と指を擦り付け、パチンと音を鳴らした。
(何だ?)
不思議に思っていると、どこからか紙とペンがやってきて、少女の目の前で止まった。
魔族の文字で書かれているが、断片的な内容からそれが契約書であることは分かった。
「これは?」
「契約書だ。……ああ、魔族と人間とでは使う文字が違ったな。」
オルマスが指を宙に弧を描くと、文字がもぞもぞと動き出した。
しばらくすると、人間の使う文字に変わっていた。
「これは、どうも。」
何の契約書かと思いながら、少女は改めて契約書に目を通した。
少女は契約書を読み切ったが、顔を青くしてもう一度読み直した。
「……あの、オルマス、様?これは何でしょうか……?」
「何とは?普通の契約書だが……」
「ええ……まあ、そうなんですが……」
(これ、雇用契約書だ)
少女は何度も読み返してみるが、本当に雇用契約書であった。
しかも、特に悪質な点などはなく、むしろかなり好条件な雇用契約だった。
(何か裏の意図が……)
そう思い、少女は眉間に皺を寄せながら、何度も契約書を読み返した。
(特殊な加工がされてて、裏規約があるとか……)
しかし、何度も探したが変わった点はなく、次第に、少女の眉間の皺は深くなっていった。
少女がチラリとオルマスの顔を覗けば、そこには相変わらず腕を組みながらジッとこちらを見つめる男の姿があった。
「何か気になる点でも?」
「……いや、特には。」
「そうか。」
オルマスは悠々と少女が契約書にサインするのを待っていたが、少女はオルマスの目の前で契約書を破り捨てた。
「なっ……!」
「……申し訳ありませんが、契約はいたしません。」
上質な紙でできた契約書がはらはらと細かくベッドの上に破り捨てられた。
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