プロローグ:月に照らされて
「はぁ……」
まんまるとした月が照らす夜空を眺めながら、少女は溜息をついた。
今は、遠くで輝く星を恨めしく思っていた。
少女は暗殺者で、名はなかった。
昔は様々な名で呼ばれていたが、今はもうその者達はいなくなってしまっていた。
(まさか、魔族領が死に場所になるとは……)
現在、少女は主人のとある策略に巻き込まれ、死地に送られている。
少女はまだ若いが、長年、陰謀や私利私欲のまじった世界で生きてきたせいか、今回の任務の裏の意味に気付いてしまった。
だが裏の事情を知っていたとしても、少女にそれを断る理由は存在せず、むしろ戦いの中で死ねるのなら本望だとも考えていた。
少女は端末の電源をつけると、一枚の不明瞭な写真と数行の文章が書かれたページを開いた。
――魔王軍幹部『四天王』オルマス
ターゲットとなる男の名を、少女はまじまじと見た。
(実力値は不明、使用魔法は解析不可能、年齢不詳か……ここまで酷いのは初めてだ)
仲間が命懸けで調べた情報だというのに、少女は呆れざるを得なかった。
写真に写った男は若く、外的特徴は人間そのものだった。
記録では、撮影者はデータの送信後行方がわからなくなっている。
恐らく、オルマスによって殺されたのだろう。
(索敵魔法を警戒する必要があるな)
この写真を撮った同僚も相当警戒していたはずだ。
もしくは、オルマスの部下がやったのか。どちらにせよいつも以上に警戒する必要がある。
少女は端末を閉じると握りつぶし、粉々になった破片を地面に捨て、踏み潰した。
(ただで死ぬ気はない)
少女もプロの暗殺者である。
何もせずに死ぬことは、彼女の暗殺者としての沽券に関わる。
そうして、少女は多少のプライドと共に、木々の生い茂る森を一歩踏み出し、屋敷に足を踏み入れた。
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