表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

極限的実存遊戯

作者: 牛乳ノミオ

「ホラー作家ほど損な職業はないですよ」

 雲生則夫のこもった声が、真っ白い仮面の下から漏れた。いくら覆面作家とはいえ、本当に仮面を被って来るとは思わなかった。ご丁寧に両手には手袋までしている。ここまで徹底されるとさすがにひく。まるで八墓村である。

――そんなに素顔を晒したくないならばインタビューなど受けなければいいのに。

 そんなことを言える立場ではないとわかっているものの、厄介という印象は拭いきれなかった。

「小説では作家の努力など無価値ですから」

 私は雲生氏の話もそこそこに、テーブルの上のレコーダーの心配ばかりしていた。録音中を示す弱々しい赤ランプを見つめながら、聞き取りにくい彼の声に苛立ちを覚えた。

「それはどういうことですか?」

 私の投げやりな質問に、雲生氏は仮面の頬をなでながら思案する風を見せた。

「例えば――僕の『蠕形の男』は読んでいただけましたか?」

「あ、はい」

 私は嘘をついた。

 取材相手、雲生氏のデビュー作である。当然手にはとったものの、他の仕事にかまけて結局読了はしていない。

 ……やばい。

「本当に? 面白かったですか?」

 ええとても、といい加減に答えた。私はボロが出やしないかとハラハラしながら、人聞きの粗筋を必死で思い出そうとした。

「強迫観念、の主人公の悲観? 切迫した心情が……はい、凄かったです」

 自分でもあまりに適当な感想だと思ったが、仕方がない。だって読んでないもの。

 雲生氏の白仮面は当然の如く無表情である。ぽっかり空いた両の眼が、全てを見透かしているようにこちらを見つめていた。

「まあ、強迫観念というより完璧主義者なんですがね。いわばアポテムノフィリアの一種であり、その根源は相反する願望から成り立つのです」

「えーとアポテムノ……フィリアですか」

「はい。欠損願望ですね。義手義足のような左右非対称の不安定さがもつアンバランスな美への偏愛。これが根源にある場合が多いといわれています。ま、一概には言えませんが」

「それで、主人公は」

「そう、その逆です。例えば片足だけ靴下を履いた状態って、なんか気持ち悪いですよね。その不快感を鋭敏に感じてしまうのです。右脚を怪我すれば、左脚にも傷が欲しい。右頬に火傷をおえば左にも。右手小指を失えば、左手も」

 私は初めて内容を知った。未読の小説の解説など聞いても仕様がない。興味もない。饒舌な雲生氏のブレスを見計らい、私は話を終わらすタイミングを狙っていた。

「左右対称という完璧の美を保ったまま、朽ちてゆく自分の身体。ここにファンタジーを見出ださずにいられましょうか。左右の傷は類似性が完璧であれば完璧であるほど神秘、超自然的幻想が産まれるのです」

「はぁなるほど。それで、ホラー作家が損、というのは」

 話題を戻そうとする私を遮り、雲生氏は続けた。

「完全を探求すると左右のちょっとした相違が気になってくるのです。切傷も火傷も完璧に同形状にはならない。過去の傷が邪魔になり、最終的には全身の皮を剥ぐことになるわけです。自分の皮膚を、こう、カッターでむいていくんですよ。どう思います?」

 どうと言われても困る。しかし、読んでないからわかりません、とは言えない。

「あ、あの。真に迫る描写でした」

「そうですか。では、実際そんな人がいると思いますか?」

「それは、さすがに」

「でしょうね。それが普通の感想です。自分の皮膚を剥ぐ人間などいない。いくら描写を重ねようが、どうせフィクション。たかがフィクションなんですよ」

 雲生氏の熱気が仮面の隙間から溢れた。無表情の筈の仮面が興奮するように左右に歪んだ。

「無知な批評家はリアリティがないとか、下らん空想に過ぎないとか。勝手なことばかり言いやがる。やつらは、単なる僕の妄言だと思ってるんです。パソコンの前でただキーボードを打っているだけだと思ってるんですよ。やつらは知らないんだ。僕がどれだけ努力しているか。僕がどれだけ真剣に執筆しているか。僕が、僕が……」

「ま、まあ落ち着いて。私は面白かったですよ」

「本当ですか。本当に面白かったですか。じゃあ特別に真実を見せてあげます」

 そう言うと、雲生氏は仮面に手をかけ、ゆっくりと顔からはずした。


 まるで、顔の皮膚をはがすように。



 


「僕はね、事実しか書けないんですよ」


 レコーダーには私の悲鳴だけが、はっきりと録音されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。佐藤つかさと申します。 極限的実存遊戯を読ませていただきました。 こ、怖い……。 感情が欠損した作家が欠損そのものに執着している――常人には理解出来ない彼だけの常識が仮面の下…
[一言] 不思議だな・・・ ノミオ作品で僕が楽しめない時には必ず、 河 美子先生の絶賛があるような気がしてきた・・・
2009/12/09 14:20 退会済み
管理
[良い点] この作品、牛乳先生の真骨頂ですね。 すごく怖いけど好きです。最近の先生の作品の中でも、自信作ではありませんか? 私も途中から、ひょっとしてと思い、ドキドキしながら読みました。分かっている…
2009/12/01 22:31 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ