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9 王都プレザントのアサシン 木精族純血党

 ナデジダ・ミルシテインは王族の一人だという。モスタルキーン総督も、幼い時にしかあったことがなかった。それでも幼さの残るナデジダの顔には彼もなじみがあり、ナデジダは王家の紋章を左手小指に有していた。キーン提督によれば、ナデジダは第一夫君の死後に婿入りしたスラーバ第二夫君陛下とミルシテイン王家ミリア・ミルシテイン女王との間の子供だという。だが、ナデジダは王家内で命を狙われたために第二夫君とともにホニアラの村に逃げてきたのだった。先日の土塊族の強奪者軍団は第三王女ナデジダもろともホニアラをせん滅するために来襲したに違いないというのが、総督の見方だった。ただ、強奪者軍団は、ナデジダの父親、スラーバ第二夫君陛下の身柄を奪えたものの、ナデジダ殿下をさらうことができなかったのだろうということだった。


・・・・・・・・・・・・・・


 総督府から王都プレザントへ向かう道は、広大な赤茶けた高原にあった。その平原の中央には孤立峰であるピナクル山が高くそびえ、その頂上部には王都プレザントが置かれていた。

 王都へナデジダ王女をお送りする隊列には、ホッパーが十数頭駆り出されていた。ジョナもアンヘルも苦労しながらまたがっていたのだが、ナデジダは慣れているらしく、総督のモスタルや代官のサンとと同様にうまく乗りこなしていた。とはいえ、代官のサンは王女を護衛する大役のせいか、臆病者といわれかねないほど気が気でないようすだった。それに、彼らにとって強奪者軍団がどこから来たのかを解明できないまま、ホニアラを後にすることは不安であり不満だったのだろう。他方、アンヘルにとって幼いナデジダ王女は、亡くした子供の代わりに愛情を注げる対象であり、それゆえに王女に深い愛情を注いでいた。

 

 さて、隊列が王都プレザントのあるピナクル山が大きく見えるところまで達した時だった。深夜になって野営地が正体不明の集団に襲撃された。 

 隊列は荷車を円陣に構えて野営していた。襲撃者たちはどうやら木精族だった。彼らは、星明りの中に黒く浮かぶピナクル山の大きな影を背にして、音もなく野営地に近づいてきていた。それに気づいたのは、代官のサンだった。

「総督、周囲の様子がおかしいです」

「何?」

「彼らは近づく前にこちらの様子をうかがっている段階と思われます。いつ襲撃してきてもおかしくはありません」

「わかった。全員を静かに起こせ。ただ、ナデジダ王女は幼い子供故に声をお出しになるかもしれない。彼女を守っているジョナ達を起こし、いつでも逃亡できるように準備させておけ」

 ジョナとアンヘルはサンに起こされ、忠告されたとおりにナデジダ王女をかくまいつつ荷馬車の一台に隠れた。それと同時に襲撃が始まった。ジョナたちの隠れている位置からは外の様子を見ることができなかった。それでもモスタル総督の命令する声や檄を飛ばすサンの声がひびき、剣戟と銃声、走り回る足音がしばらく続いていた。だが、やがて味方が次々に倒れていく様子が分かるようになると、サンがジョナたちのところに走りこんできた。

「どうやら襲撃者は木精族だ。王族派の一派に違いない。だが、なぜなのかはわからんが、明らかにナデジダ王女を狙ってきている。今は、王女を連れて脱出したほうがいい。私を含めて護衛を3人ほどが同行する。さあ急げ」

 この時、ナデジダはサンを見つめて声を上げた。その目は、はじめて理想の男を見出した幼い娘の視線だった。

「サン様、私を守ってくださる方」

「王女様、私はあなたに命を捧げるとお誓い申し上げます。ですから究極の場合、私がおとりになります。ぜひとも逃げ延びてください」

「サン様、死なないで!」

「そんな、簡単には死にませんよ」

 サンに急かされて、ジョナたちは王女とともにホッパーを駆って、手薄な敵方包囲陣を突破した。あっけにとられた敵方はすぐには追ってこられなかった。

 サンと護衛たちはジョナの後方に廻り、迫りくる追っ手を蹴散らしては戻る行動を繰り返した。それでしばらくは追手たちを防ぐことができていた。だが、追手にホッパーが撃ち転がされるごとに護衛たちが一人、二人、そしてサンまでが脱落していった。木精族の追手たちは転がされる護衛たちにかまわず、徐々にジョナに迫りつつあった。もはや、一匹のホッパーにまたがった三人が追い付かれるのは時間の問題だった。

 もうすでに、ジョナたちはピナクル山の反対側に達していた。それにジョナたちの周囲には見知った者はいなかった。ジョナはアンヘルに目で合図をすると、自らのアラベスクを働かせ、霊刀操の奥義を使った。次の瞬間、すべての追手たちは薙ぎ払われ、三人の他に息をしている存在は誰もいなかった。アンヘルは今更ながらにジョナの底知れぬ恐ろしさを目にした。また、ナデジダは何が起こったのかを理解できていなかった。

「ナデジダ王女様、これで大丈夫でしょう。さあ、王都に帰りましょう」

 ジョナはそういいつつ王都プレザントへ登っていった。


 王都プレザントはピナクル山の頂上部に建てられた城郭都市だった。そこは、ミルシテイン王家の居城がある王国の経済と行政の中心都市だった。城郭都市は、ピナクル山の頂上に厚く堆積したフォスフォライトを掘り下げて建物や城郭などとして加工されたものなのだが、以前は先史人類がフォスフォライトを採掘していたこともあったらしく、現在の寒冷で乾燥した気候によって今でもその時の施設や軌道設備がまだ使えそうな状態で残っていた。

 ここに都市が建設されるようになったのは、ピナクル山が交易ルートのランドマークとなり、そこから交易の要衝として発展してからだった。今では王国が東の隣国やそのさらに東にある国々との交易をおこなう上で、重要な大交易都市となっていた。だが。......。ジョナがピナクル山を上り詰めると、その平坦な頂上には無人の村や城下町と城塞が残されているばかりで、人は誰も残っていなかった。

「ナデジダ王女殿下、とりあえずミランダ第一王女やほかの王族たちがいるはずの城を目指しましょう」

 ジョナは廃墟の村々をめぐり、フォスフォライト特有の薄茶色を有している城郭へとたどり着いた。そこから、長い城郭をたどるとやっと城門が見えた。

「開けろ」

 ジョナは何度か大声で呼びかけた。だが、応答がなかった。今まで見てきた村々と同様に無人なのだろうか。ナデジダ王女はそのような状態からある提案をした。

「秘密の抜け穴があるわ」

 確かに抜け穴はあった。なんとかそこを潜り抜けると、その他方の出口は門番守衛の控室らしい一室だった。だが、そこに人影はなく、着替え用のいくつかの服が残されているばかりだった。

 ジョナとナデジダはそこで兵士用の服に着替え、城塞の一室から外に出た。無人の事務所から一歩出ると、そこは城門の曲がりくねった通路を抜けてから先が道路であり、それをたどっていけば城塞の中心である王家の居城に到達するのだった。


「お前たち、なぜここにいるのだ?」

 頭上から声がかかった。明らかにアサシンの格好をしていた。しかも木精族のアサシンだった。明らかに王族側の木精族アサシンたちなのだが、彼らはなぜかジョナたちを睨んでいた。襲われたジョナたちも驚いたが、襲った側のアサシンたちもナデジダ王女の姿を見て驚いていた。

「まさかな、飛んで火にいる夏の虫というべきかな」

 そういうと、アサシンはジョナたち三人をぐるりと取り囲んだ。好きを見て、ジョナたちは走り出した。ここで戦うわけにはいかないと感じられたためでもあった。だが、アサシンは城内の構造をよく知っているらしく、行く先々で先回りをされていた。

「お前たち、木精族なのだろ?。王族の側の人間たちだろうが? なぜナデジダ王女を襲う?」

 ジョナはそう言った。明らかに王族側の人間であれば、戦うことはできなかった。


 つかまったジョナたちが連れてこられたのは、城内の地下牢だった一角に設けられたアサシンたちの巣窟だった。

「お前たち、木精族なのだろ?。王族の側の人間たちだろうが? なぜナデジダ王女を襲う?」

「確かに我々は木精族王族純血党だ。この城に居られる第一王女ミランダ様をお守りするためにここに居るのだ。『なぜナデジダ王女を襲う?』だと? お前たちはミルシテイン王家に敵する存在ではないか?」

「王家に敵する? そんなバカな。僕たちは総督とともにホニアラ村で土塊族の襲撃からナデジダ王女を守ったんだぞ」

「ナデジダ王女を守った? 土塊族はナデジダ王女を押し立てて傀儡王家を打ち立てようとしているのだぞ。その土塊族がナデジダ王女を襲うわけがない。お前たちはミルシテイン王家の敵だ」

「そんなバカな」

「ナデジダ王女、あなたは幼いが今までおつきだった者たちは何族だったかね?」

 アサシンの頭目と思しき男がナデジダ王女に質問をした。すると、王女は土塊族とは言わず、火炎族だといった。

「何、火炎族がお仕えしていた、だと? 王女殿下、土塊族ではなかったのですか」

「火炎族じゃ。質問はもうよいであろう。もう飽きた」

「王女殿下、そうはいかないのです。殿下が今までいたところは貴女の王家を裏切ろうとする一派、土塊族の巣窟のはずです。そして、彼らはあなたを利用して王家を滅ぼそうとしているのです」

 なぜ、王族純血党が第三王女を襲うのだろうか。「木精族王族純血党」というからには、彼らは、反逆者から、王族を守るための機関であるはずだった。

「もういい、たくさんだ」

 幼いナデジダ王女は癇癪を起して騒ぎだした。それを抑えようと木精族の人間たちが殺到した時、ジョナはアンヘルの束縛を解き、ナジデダ王女を攫って巣窟を飛び出した。

「ジョナ、こっちだ」

 ナデジダは、地下牢にさえ入り込んだことのあるいたずら者だった。それゆえに幼いころに入り込んだことのある秘密の通路をよく知っている様子だった。三人が目立たない薄暗い隙間に入り込むと、追いかけてくるアサシンたちは追って来ることもできず、三人はまんまと逃げ出すことに成功していた。

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